職場でのこと その3

 また、職場での話です。

 市原先生がNTTで定年を迎える頃でした。

 この頃から市原先生は、まあこれまでも喜怒哀楽が激しい人でしたが、でも感情に不安定さを感じる事が多くなります。

 ある日、職場の中庭で会った時、市原先生は私に、そろそろ定年を迎える事、離婚するかもしれないことを伝えます。

 今までプライベートの事を話さなかった先生でしたのでちょっと驚きました。

「退職金は全部女房にくれてやる。そのかわり、こっちは今まで以上に空手三昧ざんまいの生活にしてだな」と、相変わらずの内容を口にしてからちょっと考えこんだ様子になり、


「とはいえ、まあ、あいつは俺にれてるからな」


 と、断言しました。

 今離婚がどうとか言ってませんでしたか?

 とは、さすがにけない。


 また、しばらくして職場正門前で立哨している時、会社から出てきた市原先生と会話を交わしました。

「最近、稽古行ってないんだよ」

 と、言われて驚いた。

 がんの手術をしたのだとか。

 私はなんと言うべきか分からず、「大変ですね」とか、そんなありきたりの台詞しか出てきませんでした。

 少し寂しそうな眼をした先生は「じゃあな」と言って駅に向かいます。

 覇気はきの無い後ろ姿を見て、こんなに白髪が増えてたのかとあらためて気づきます。

 この日が、市原先生の姿を見た最後になりました。


 その数ヶ月後、友人「Y」から、市原先生が本部の先生方と大ゲンカして1年間の禁足処分になったと聞きます。それを聞いて正直、ああまだまだ元気なんだなと思ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る