職場でのこと その2

 前回の続きを少し。

 Rhマイナスの件、父は知ってました。母の姉、つまり私のおばさんも知ってました。

 で、母に話したところ「そんなことあるわけない。長年やってる職場の健康診断でも言われた事ない」だそうで、そりゃ血液型は病気と違うからいちいち警告なんてしないだろ。

 これだから健康を通り越して頑丈な人間は困る。

 今年(2020年)76歳になる母は、やっと「通院」というものを始めたくらいに頑丈で、それまで病院に行ったのは、虫歯治療と出産の他には「手の親指をボンネットバスにかれた」時だけという異様な頑丈さ。学校も一度も休んだ事がないそうで、だったらなんで産まれた子供が病弱だったのか少しは疑問に思いなさいよ。

 でも、病弱な身体で中学卒業の時に身長も150センチほどしかなかったからこそ強さへのあこがれがあったわけで、これが恵まれた体格のまま少年時代を過ごしていたら、空手やろうとは絶対思わなかったろうな。


 さて、お仕事の話に戻ります。

 24時間勤務の警備の仕事は、朝が早いです。

 夜1時に仮眠開始で朝5時起床。エントランスのシャッターを上げて新聞を仕分けして部署ごとに配布します。6時前には食堂のマスターが車で来るから、来たら駐車場入口の門を一時的に開けて車を通してから、マスターにカギと火器点検簿を渡す。

 正面入口のシャッターは6時に開放します。清掃の人が6時過ぎから出勤してきますので、最初に来た人にカギと火器点検簿を渡します。

 ビルの地下のボイラーのスイッチ入れたりあれこれやってるうちに7時を過ぎます。この時間は食堂と清掃、そして工事関係者くらいしか出勤してこないのですが、市原先生も7時半には出勤してくるのです。きっと毎朝5時起きで身体動かしてからくるんだろうなあと感心するやら呆れるやら。

 念のために書いておきますが、勤務開始は9時からです。一般の社員は8時過ぎてからやってきます。


 一見してサラリーマンとは思えないような見た目と行動の市原先生ですが、そこは間違いなくサラリーマンでありまして、私が警備の仕事を開始して数年後に、人事異動で私がいる新宿区某所のビルから板橋だか練馬だかに移る事になったようです。

 ですが、この新宿区某所のビルは割と重要な施設だったため、以前のように毎日出勤することは無くなりましたが、それでもちょくちょく制服着て現れておりました。


 ある朝、職場ビルエントランスで立哨りっしょうしていると、制服姿の市原先生が同年代の同僚と一緒にエントランスへ入ってきました。

 ドアを開ける早々

「オゥ! 元気でやってるか!」

 と、気合い丸出しの挨拶あいさつが飛んできます。

 その時は両足を肩幅に開いて両手を後ろに組む立哨の姿勢でしたが、瞬時に反応して両足が閉じて指先伸ばした気をつけの姿勢になってしまいます。

「ちゃんとやってるか!」

「押忍!」

「奥さんは元気か!」

「押忍!」

「子供は元気か!」

「押忍! イヤになるほど元気です!」

「そうか、奥さんによろしくな!」

「押忍!」

 まるっきり道場内の調子で挨拶すませてから、市原先生はエントランス内のエレベーターのボタン押します。

 エレベーターが到着するまでの間に、横にいた同僚の人が市原先生に

「生徒さん?」

 とたずねました。

 その時の市原先生は、「てへへ」と擬音が聴こえてきそうな、イタズラ小僧の表情になりました。


 エレベーターに乗り込む、今まで見た事もない顔をした市原先生を見ながら、私みたいな不出来の弟子でも自分の教え子が自分の職場にいるのは嬉しいのかと、少し驚いてしまいました。

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