困ったオジサンのこと その1
新しい仕事の新しい勤務地。そこで出くわす空手の師範。その状況はまさにこんな感じ。
「夢破れ流浪の果てに流れ着いた地で、彼は、かつて師と仰いだ男と思いがけず再会する」
なんだかよく出来たストーリーのような、でも設定が安直なような、とにかく事実は小説より奇なりというヤツです。
で、勝手に「これは天からの啓示だ、この職場は当たりなんだ」と思い込むことにして、職場に馴染むことに専念しました。
さてさて、新しい職場でかつての師を見つけたのと逆に、出て行った不肖の弟子が自分の職場に現れた人もいるわけです。
おそらくはそれまで職場で張り上げた事もないような気合いのこもった挨拶を、私の姿を見かけたら飛ばしてくるわけでして、いろんな意味で緊張感がありました。
ただ、警備の仕事は基本的に泊りがけの24時間勤務体系なのと、常に正面入口に立っているわけでは無いので、市原先生と毎日顔を合わせていたわけでもないのです。
それは通常なら問題ないのですが、片方に用件があって、すれ違いが何日も続くとフラストレーションが溜まります。(主に市原先生の方にですが)
ある朝出勤すると、前日から泊りがけだった先輩警備員から言われました。
「昨日の朝、君の名前叫んで警備室にパンチパーマの人が怒鳴り込んできてね、『ヤクザが怒鳴り込んできた!』と青くなったけど、首からNTTの社員証下げてるし……いやびっくりしたよ。あれが空手の先生? 君にこれ渡しとけって置いてったよ」
先輩警備員から渡されたのは、高木正朝先生の著書「嗚呼、風雪空手道」でした。
もう、先輩警備員に「すみませんすみません」と何度も頭下げました。
まったく、困ったオジサンだなあ。当時はそう思ってやれやれという感じでした。
その時は、この本が形見になるなんて考えてもいませんでした。
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