国際松濤館 市原重幸先生のこと

父親になること その2

　大会は、「失敗しなかっただけ偉かったな、よくやったよ」という結果でした。

型の動作を泥縄で復習しましたが、もう緊張と不安が酷（ひど）くて酷くて。

　試合前に、病院経由で会場にやってきた女房の姿を見つけた時は、久しぶりに「見知らぬ土地で迷子になった子供が母親を見つけた時の気持ち」になりました。いやホントに冗談でなく。

　来賓席には紋付袴姿（もんつきはかますがた）のC・W・ニコルさんの姿も見えました。この時既に日本国籍取得者、ウエールズ系日本人です。

　あと、少し記憶があいまいなのですが、確か今大会（2004年）のエキシビションとして、抜塞大の型の解説の演武を市原先生がおこなったと思います。複数を相手にした動作の解説として演武されてました。

　ところで、出産が近づくにつれ、なんだか試されているかのような事が続きました。

　当時の江戸川橋の派遣先へと出勤の途中、会社近くで「ドロボー！」と叫ぶ声が。

　声のする方を見てみると、作業服を着た男が道に飛び出してきて方向を変え、こちらに向かって走ってくる。そこから３馬身ほど遅れてセブンイレブンの制服を着た男が追いかけてくる。

　この時、脳内に「太陽にほえろ」の追跡場面のBGMがホントに流れました。

　彼らはまっすぐこちらに走ってくる。彼らと私の他に道路上に誰もいない。

　こりゃ私が捕まえなきゃいかん状況だなー。しかし突き蹴りは走って移動する相手には難しいなー。こういった場合は点の攻撃より線か面の攻撃だなー。なるほど高速移動するモビルスーツ相手にはビームライフルよりビームサーベルの方が有効なんだ。

　と、これもホントに脳内で一瞬に考えていました。

　で、回し蹴りはかわされた時のリカバリーが難しいと判断し、両腕広げてタックルかましました。

　1発殴られたら3発殴り返そうと思ってたのですが、タックルがカウンター気味に入ったのか、たいして抵抗もせずにおとなしくなりました。

　江戸川橋の交番に突き出してから大塚警察署まで同行しましたが、署内の刑事さんの「あれ？ 犯人は1人と聞いてたけど」という視線は忘れんぞ。

　署内でカンカンに怒ってるセブンイレブンの店長さんの話によると、弁当とドリンク剤を万引きしようとしてみつかり、事務所に連れて行ったところ店長さんを突き飛ばして走って逃げ出したと。これ窃盗に傷害がプラスされてるから強盗犯になるわけですが

「キツくしぼってやってください。それだけでいいです」

　という店長の発言で、彼は「犯人」にならずに済みました。

　この件で記録に残ったのは私の「遅刻」だけです。

　でも、お昼休みにセブンイレブンに昼飯買いに行った時、レジの店長さんと目だけで「ありがとう」「どういたしまして」と会話できたので良しとします。

　それから1カ月ほど後に、今度は昼飯を買いに行く途中で、前方からきたバイク便がすれ違いざまに皮のバッグを落としてそのまま走り去っていった。

　この時、ホントにテレビカメラを探してキョロキョロしてしまいました。絶対ドッキリだろうと思いましたから。

　バッグの中には免許証と現金と通帳と印鑑と銀行カードとクレジットカードで、これやっぱりドッキリだろうと思いながら交番まで行きましたよ。

　正直、生まれてくる子どもが大きくなって「うちのパパはすごいんだよ！」と無邪気に自慢できる、そんな存在でありたいと思ってましたから、見て見ぬ振りとか落し物くすねるとか、くだらない事は絶対したくなかったです。