結婚してからのこと その1

 2003年(平成15年)、結婚して埼玉県某所のアパートでの生活を始めました。結納から結婚式までうちの両親は「事故車を高値で買ってくれるお客様が現れた中古車ディーラーの気分」だったようです。

 式は2003年の4月半ば、新婚旅行はその翌日から東南アジアに行きました。

 こう書いてピンときた人もいるかと思います。そう、SARS流行の時期だったのです。

 いやー、行き帰りの飛行機もバリ島のホテルも、ガラガラでしたねー。帰りの飛行機なんて、肘掛上げて座席3人分使って横になってる人いましたよ。

 この時のSARSですが、私たちが行った(バリ島のある)インドネシアでは、首都ジャカルタに1名しか罹患者りかんしゃがいませんでした。いや、危険なけに出たわけでなく、このSARSが中国人のコミュニティ中心に広がっていることと、意外にもインドネシアには中国人コミュニティが少ないこと、この2つを理解してましたから、バリ島は大丈夫だと判断しました。これも例の活動のおかげでゲフンゲフン。

 冗談ではなく、バリ島では我々の方が警戒されてました。地理関係がわからないと理解しにくいと思いますが、SARS流行の場所からは東京の方がバリ島より近いのです。(バリ島・広東省間は約3500キロ、東京・北京間は約2100キロ)


 当時夫婦揃って派遣社員でしたが、派遣先から「帰国して1週間何事もなかったら出社するように」と通達が出て、「わーいまだまだ休めるー」と喜んでいました。バカですね。


 とかなんとかやってるうちに月日は流れいろいろ落ち着き、そろそろ道場に戻ろうかなと考えるようになりました。

 ただ四谷と違い久ヶ原は、埼玉から通うには遠いんですよね。しかも仕事帰りに寄るには勤務地からのルートの問題もある。この頃はやたら出張がある業務だったもので。


 そんな時、大塚に国際松濤館の道場が出来ていたことに気づきます。それも四谷時代からお世話になった鈴木先生が開いている。


 さっそく女房と相談して、2人で通うことに。でもまず女房に見学させて、判断はそれから。

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