金澤弘和「館長」のこと その3

 今回は金澤弘和「前館長」を「館長」の表記で統一します。


「武道には大乗だいじょう小乗しょうじょうの面がある」と言ったのは、山田英司氏だったと思いますが、これ、言い得て妙でして、少し解説いたします。

 大乗小乗というのは、仏教の分類なんです。小乗仏教は、出家や修行を通じて個人がカルマを克服し、悟りへの道を歩む教えです。乗り物が小さいという意味で「小乗」、救いは個人の修行の先にあります。

 反対に大乗は、大きな乗り物という意味で、全ての人が救われるという教えです。日本に根付いたのはこちら、大乗仏教です。とにかく衆生しゅじょうを取りこぼし無いように救う教えですので、仏像の手足の指に水かきがあるのもそのため。一人でも多く救えるようにとの造形です。

 この対立概念が、そのまま武道にも当てはまると山田英司氏は主張されたわけです。なるほど、大会へ出場して優勝を目指す、または超人追求的に強さを求めて修行をする、これらは確かに小乗的です。

 対する大乗的な面としては、より多くの人を一定レベルまで鍛え上げる、それほど強くない人も取りこぼすこと無く黒帯まで引っ張り上げる、そういった役割ですね。20年間虚弱体質だった私なんかは間違いなく、この大乗的側面によって救われたパターンです。


 ここまで長々と大乗小乗の話を続けたのは理由がありまして、これから書くエピソードには、この対立する概念を理解してもらう必要があるためです。


 その日の稽古には、めずらしく国内にいた金澤弘和館長(当時)と、市原先生が指導にあたりました。あと一人、田中先生か鈴木先生がいたと思うのですが、すみませんはっきりと覚えていません。

 準備運動を一通り終えてから、館長は事務室に移動しました。間近に迫っている世界大会関連も含めて、国内にいるうちに目を通しておかなければならない書類も相当数ありますし、型や組手に移る前の基本動作に関しては、他の先生方に任せて問題ありません。普通なら。

 この時の稽古には、海外から来た人がいました。初めて見る人で、どこから来たのか私には分かりませんでした。

 帯は黒帯だったと思いますが、少し自信ありません。

 とにかく、その海外から来た人は、帯の色には不釣り合いに、動きがフニャフニャしていました。そこは覚えています。

 で、市原先生が徐々に沸騰していくんですね。

 市原先生が彼の動きや姿勢を修正させても、いっこうにピシッとしません。市原先生の声のボリュームが上がります。彼はその声におびえてなおさらビクビクオドオドしてしまう。

(ダメだよ。間違ってもいいから気合い入れてピシッとしなきゃ)

と思うのですが、当然口に出せるわけもありません。

 しまいには「それが前屈立ちか!」の怒鳴り声と共に、市原先生の蹴りが彼の軸足を蹴り飛ばします。一見してケガさせるような蹴りではなかったのですが、軸足の踏ん張りが全く効いてなかった彼は見事に前屈立ち逆突きの姿勢のままひっくり返って側頭部を床にぶつけてしまいました。

 これを見て「可哀想に」と思う反面、「なんだ今の蹴り! 教わってないぞ!」と驚く自分がいました。それが空手の蹴りでなく柔道の出足払いだと知るのは数年先になります。

 話を戻しますが、ひっくり返った彼はいきなり泣き出して更衣室に飛び込んでしまいました。そしてすぐ、荷物一式抱えて空手着姿のまま道場を飛び出してしまいました。

 道場での騒ぎに、事務室にいた館長も気がつきます。事の次第を確認した館長は、その場で市原先生を怒鳴ります。「人様の子供を預かっているという意識は無いのか!」という一言は記憶に残ってます。館長の空手を教える際の姿勢を再認識させられました。

 その日の稽古終了時、黙想と道場訓の唱和の後の、館長の言葉がまた強烈でした。

「空手の動きには、一つ一つちゃんと意味があるんだ! 平手は制裁、拳は制圧、蹴りは侮辱だ! 意味も考えずに、たーだ道場に来て汗を流してビール飲んで、それで気持ちよくなって、それだけじゃ何もならないんだ!」


 うわ、これはキツイ……市原先生の面子を道場生の前でペシャンコに潰した。

こんなに館長が怒ったのは初めて見ました。

 なんせ館長は、後に出版される「我が空手人生」の中で、「おこらない」「いばらない」「おそれない」の3つを自分に課していたと書いています。その館長が禁を破って面罵めんばするわけです。

 この時は、どちらのスタンスも理解できて、かつ市原先生が怖くて逃げ出した海外から来た人の気持ちまで理解できて、どうしていいかわからなかったです。


 直立したまま両の拳を握りしめ、険しい顔で俯いたままの市原先生は、先生と同年代の大内先輩に、噛み締めた奥歯から絞り出すような声で「大内さん、今夜は付き合えよ」と言います。「押忍」で応じた大内先輩は、横にいた私にも付き合うよううながします。


 その夜は、道場のある久が原で2軒、東急池上線終点の五反田で1軒、計3軒の飲み屋に付き合いましたよ。酒弱いのに。

 なお、大内先輩はそのあと更に1軒付き合った模様。

 でも、誤解無きよう言いますが、市原先生は金澤館長に対し、一言も悪し様に文句を言いませんでした。ただ、「昔と違ってやりにくい、俺たちのやってきた空手は云々」とは言ってましたが。

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