総本部道場と英会話のこと その2

 海外から稽古に来た人についてもう少し。

 1993年(平成5年)12月25日のクリスマスの日の昇段審査に、イスラエルから確か三段の審査を受けに来た人がいました。

 この人の外見が印象的でしたね。高い鷲鼻わしばな、大きなくぼんだ眼窩がんか、浅黒い肌、長めの黒髪は頭頂部が薄く、そして凄い跳躍力。もうね、どこから見ても立派な烏天狗からすてんぐでした。古代に中東から日本に来た人達が山伏やまぶしの元祖となり天狗伝説を生み出したという説を、私は支持します。

 で、昇段審査が終わって、彼は無事に三段となりました。

 嬉しかったんでしょうね、その後の道場内での忘年会で、彼は大量に酒を飲み、寿司をガンガン食べました。ユダヤ人の戒律について少し知識があった私は、「おいそれイカだよ、タコだよ、貝だぞ。それエビだって。あんたイスラエルから来たんだろ? ダメだよそれ食べちゃ!」

 ユダヤ人は海の生き物のうち、ヒレとウロコの無い生き物は食べてはいけないのです。旧約聖書に書いてあります。

 で、彼の答えは

「オーケー、オーケー、ノープロブレム。メリークリスマス!」

 どこがユダヤ人じゃ!

 この後、彼はいきなり歌ってコサックダンスを踊り出し、そして座り込んで静かになったな、と思ったら、急に食ったもの吐き出した!

「いっぱい飲ませるからだ!」と側にいた我々を怒ったのは、確か市原先生と澤田先生だったか。

 彼、イスラエルの現役の士官だったそうだけど、今頃どうしてるんだろ。中東のニュースを見るたびに思い出します。


 ところで、総本部の指導員を海外に派遣する理由ですが、ちょっと言葉は悪いですけど「品質管理」があると思います。

 まだ総本部が四谷だった時、海外から審査を受けに来た人がいました。それ自体はよくあるのですが、その人は当時白帯だった私から見ても「基本ができてない」人だったのです。

 例えば追い突きをしたら、そのまま身体が前方に流れてしまう。見ていて「こりゃダメだ」としか言えない。でも先生たちは、丁寧に対応して、「Y字型のゴムのパチンコは、台を持つ手が前方に動くとゴムの威力は弱くなる。わかるだろ。今から足を動かさずに突くように」と、教えていました。

 こういったことは、師範の指導を信じて母国で何年も体に染み込むまで真面目に取り組んできた生徒にとって悲劇です。正確な動作はより効率的に力を伝達します。つまり不正確な動作だと攻防に非効率的であり、ひいてはいざという時の自己の安全確保に支障が出ます。

 ですので、現地の師範には生徒の人生に責任があるわけで、さらにその師範を指導する人は、その数十倍数百倍の責任を背負うこととなります。


 空手指導の厳しさは、その部分に根を張った故だと思っています。そして市原先生の指導は、とりわけ厳しかった。先生が信じて学んで伝えようとしていた空手は、厳しい稽古の先にあるべきものでした。その信念に基づいて、自分を律し弟子を指導していました。


 その市原先生が、私たちの目の前で、金澤弘和前館長から怒られてしまうのです。

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