総本部道場と英会話のこと その1

 国際松濤館の総本部で稽古を続けた事で、思わぬ副産物がありました。

 英会話能力が上がったのです。

 英検やTOEICの点数にはすぐ結びつかないレベルですが、でも「伝える能力」と「伝わる自信」は確実に身につきました。


 外国人道場生も多い総本部で稽古すると、金澤前館長を筆頭に海外指導を繰り返してきている先生方が「ブロークンだけど凄く分かりやすい英語」で指導してくれます。


(正拳で当てる部位、人差し指と中指の付け根から第二関節までの部分を指差して)

「ワンインチ、ディス・ワンインチ・イズ・ベリーインポータント。ユー・マスト・コンセントレーション。ユー・アンダースタンド? 」

「オス!」

 万事、こんな感じです。


 他にも「パワー・フロム・ボディ、テクニック・フロム・ピップ」(力は腹から、技は腰から)とか、「ニー・ベント」(膝曲げる)とか、文法的にはアレでございますが、しっかり通じるんだからノープロブレム。


 で、稽古だけじゃなく、その後の国際色豊かな飲み会も、上品とは言い難い日本語と英語が飛び交う事になりまして、ブロークン英会話スクールの延長戦が始まったりします。

 この飲み会が結構楽しかったんですよね、いろんな人の面白い話が聞けて。

 オーストラリア出身のダニー・ハキムさんは、そこらの日本人より高段者、まさに武道家でありました。組手をしたことがありますが、こちらからの攻撃は届かない遠い間合いにいたと思ったら、瞬きする間も無く目の前に拳がある。こんなのどう対処すんのよってレベルの人でした。現在は「Budo for Peace」の代表をされてます。

 ダニーさんはユダヤ系で、飲み会の時にみんなから「ダニーさんはダスティン・ホフマンに似てる」と言われたんです。そしたらダニーさん曰く

「僕の兄はもっとそっくり。ある時彼がビジネスで日本に来たら、泊まる予定のホテルの前にものすごい数の人がいた。何があったのかと思ったら、その中の1人が兄を見て『あ!』と声をあげた。その後はホテル前の人達が一斉に兄の方に走ってきて、驚いた兄はカバン持って走って逃げた。後で分かったけど、たまたま同じホテルに、来日していたダスティン・ホフマンが泊まっていたと。その後はどの店に行ってもダスティン・ホフマンに間違えられたので、もうダスティン・ホフマンで通した。どこでも店はタダだった」(もちろん英語です)

 それ聞いて全員爆笑でした。楽しい思い出です。


 なかには酔って議論ふっかけてくる人もいます。これは国籍民族関係ないですね。(酒飲まないイスラムを除く)

「俺の友人はオランダで極真だ。だから同じ世界大会に出られない。俺の弟はイギリスでJKA(日本空手協会)だ。同じ松濤館なのに同じ大会に出られない。なんで空手はこうなんだ! 細かく細かく分かれている! なんでセンセイ・カナザワはJKAから独立したんだ!」

 こんな日本語でも説明が面倒な話題を英語でまくしたてられて、飲み会のメンバー全員がメンドクセーという顔になりました。

 で、この時は私が「ライク・ア・レリジョン」と言ったんですね。そしたらわめいていた彼がピタリと黙ったもんで、周りのみんなが「今何て言ったの?」と訊いてきました。だから「宗教みたいなもんだ、って言ったんです」と答えました。あれは我ながら良い回答だったなと。


 ちなみに、後に知り合う女房は、ロンドンに1年間語学留学してました。そんな女房も私の英会話能力をほめてくれます。国際松濤館流英会話恐るべし。


 さて、世界中に指導に出たり、世界中から稽古に来たりと、国際松濤館に英語は不可欠な要素ではあります。センセイ・カナザワだけじゃなく、他の先生方も英語を使って指導します。

 ですが、市原先生が英語使って指導している姿を見た記憶は無いですね。

 でもボディランゲージ(というか、肉体言語と言うべきか)で、ちゃんと伝える事は伝えてますから、それはそれで凄いよなと。


 では、市原先生は海外指導をしていなかったのか、と思われる方もいるでしょう。

 1年の半分以上を海外で指導してまわっていた金澤弘和前館長と違って、本業がNTT職員だったこともあり、市原先生はずっと総本部にいるイメージがありました。


 ですが、まるっきり海外に出ないわけでも無かったようです。

 手元にある古い国際松濤館の会報「天地人」を見ると、1991年(平成3年)は7月1日から8日まで、オーストラリアまで館長と指導に出てますし、翌年の1992年(平成4年)は6月29日から7月22日と1カ月近くもかけて、イタリア・スイスの合宿に参加しています。


 しかしよくそんな長期の休みを取れたもんだよな。

 まあ、あの迫力で休暇申請の書類を出されて、拒否できるサラリーマン上司がいるとも思えないのではありますが。

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