白帯の日々のこと その2
1991年6月29日、土曜日。
スーツ姿で大学へ行きゼミに出席。終了後、昼飯を食べ読みかけの本を読んで、それから四谷の道場へ向かう。
この日は通常の稽古の終了後に昇段昇級審査がある。
緊張しながら四谷の鈴伝ビルの階段を降りると、道場の入口にはいつもより大量の靴が
初めて見る顔が多い。審査を受けるために特別に本部にくる人もいるのだと知った。
会話を交わしている人もいるが、ほとんどの人は緊張して一人で黙々と練習している。私もその一人で、周囲とぶつからないように注意しながら鏡の前で平安初段の動きを復習してた。
何度も練習していたが、やはり不安だ。型の教本の平安初段のページはコピーしていつも持ち歩いていた。自分なりに注意点をいろいろと書き込んでいた。
型や基本もだが、五本組手は大丈夫だろうか。あれは相手がいないとタイミングつかめないからなあ。
そんなこと考えながら一人で型を復習していたら、ふいに道場の張り詰めた空気が一気に丸くなるのを感じた。
何だ? 何事? そう思い振り返ると、スーツ姿の男性が道場の入口に入ってきたところだった。
初めて見るスーツ姿の男性。いや違う。私はこの人を知っている。
道場内の面々が全員動作を止めて「押忍!」と挨拶した。
館長だ! 金澤館長だ! センセイ・カナザワだ! 本物だ! 初めて見た!
私も慌てて「押忍!」と叫ぶ。
金澤館長は、柔和な笑顔で道場を見回して、少し伸ばし気味に「押忍!」と挨拶した。
「空港から直接来ました。間に合ってよかった」にこやかに金澤館長は語った。
金澤館長の周囲に市原先生はじめ師範の方々が集まり、様々な報告事項を伝え、指示を仰ぐ。道場生たちは皆めいめいの練習を再開する。しかし確実に先程とは違う。
空気が、違うのだ。
つい先程までピリピリと張り詰めていた空気が、館長の登場で一気に丸くなっている。
なんだ、これは。
こんな人がいるのか。
これが、金澤弘和館長を初めて目の当たりにした時の強烈な印象だった。
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