入門初日のこと

 一週間後、入門後初の稽古だ。

 道着が到着していなかった場合を考えてジャージを持っていったが、杞憂きゆうに終わった。

 鈴木先生からビニール袋に入った新品の空手着を受け取る。早速ビニール袋を破り、空手着を引っ張り出す。

 鈴木先生が着方と帯の結び方を教えてくれる。

 先週言われたように、確かに少しサイズが大きかった。

 しばらくはすそを少し折って対応していたと思う。

 閉口したのは帯の長さだった。当時かなりのせぎすだったので、ただでさえ長めの帯が、締めても端がかなり余ってしまった。前蹴りの度に跳ね上がった帯の端が顔に当たってしまうのだ。

 帯のはしを帯に挟む知恵をつけたのは、入門して半年くらい経ってからだった。


 さて、入門初日の稽古である。

 準備運動が終わったら、私だけが市原先生に呼ばれて、道場の端で基本の基本をレクチャーされる。

 まずは立ち方、自然体。軽く拳を握り足は肩幅に開き、正面を見据えて直立する。

 次に前屈立ち。腰を思いっきり落として構える。通常とらない姿勢のため、はやくもふくらはぎが痛くなってくる。

 続いて引き手を腰に構える姿勢。

 拳を腰の脇に置き、突く時に回転させ、インパクトの瞬間には甲が上。

 この単純な動作が緊張しているとうまくできない。

 拳がいわゆる縦拳たてけんの状態になってしまったりもした。

 動作の姿勢の一つ一つに対し、市原先生にはガミガミ注意されたが、頭ごなしの否定や侮辱などは一切なかった。

 そしてガミガミ怒鳴るのはこの先生の通常の仕様らしいこともわかってきた。

 不機嫌な表情も多かったが、特に大きな雷が落ちることも無く、初日はなんとか無事に終了した。

 雑巾で床を清掃し、着替えて帰る支度をしている時、だがいきなり雷が落ちた。

 何をしくじったか判らず、顔を上げてオロオロしてたら

「道着には畳み方ってのがあるんだ!」

 空手着を急いでカバンに入れようと、丸めて押し込んだのが逆鱗げきりんに触れたらしい。

「出せ!」と怒りに燃える目でにらまれて、大慌てで空手着をカバンから取り出す。

 市原先生は道着を荒々しくつかみ、そして一転して丁寧に広げ、それでいてビシッと気合いを入れて道着を畳んだ。あまりの怖さで一発で畳み方を覚えた。


 その日帰宅して、道着を洗濯に出す前に、畳み方の練習をしてしまう。だって怖かったから。

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