第82話

「なぁ、ヴィレル」


「なんじゃ」


「なんか面白い話ししてくれよ。すげー暇なんだよ」


ミフィアの尻尾事件から一晩が過ぎ、レイラ達は最近よく行っている買い物、ジュンとミナはクエスト、エルは昼寝中で、現在リビングには俺とヴィレル、そして珍しくエミがいた。


「そんなこと言われても、パッと思いつくわけなかろうが……そうじゃな、お主らは海には行ったことはあるのか?」


「ないよ。この辺、海なんかないだろ? 結構内陸の方だって聞いてるし」


「私もそうやって習った。海なんて簡単に行けるとこにはないでしょ」


「それが人間の間違いのひとつじゃな。言っておくが、魔王軍の領地は、人間に比べて何倍も広いんじゃからな」


「「……マジで?」」


俺とエミの声が重なった。


「マジじゃ。それ故に、人間の住むこの辺りからは、そこまで遠くない場所に海ならあるぞ。詳しく言えば、この“ラキュール”からお主のドラゴンを使って、東に一日半じゃな」


「エルを飛ばして、一日半……」


つまり、ここから海までは央都とマレル村の距離の半分しかないってことか。そう考えたら、こことの距離は、マレル村よりも海の方が近いんじゃないか?


「海……真っ青な大きな水溜り……」


「話によると、海の近くには火山があって、温泉もあるらしいのぅ」


ヴィレルが悪戯をするような表情で言う。惹かれるとこはあるが、これは間違いなく誘導だろう。このまま話を聞けば、間違いなく嫌でも行くことになりそうだ。まあ、俺も興味がないわけではないが。


「……行きたい」


そして、それに気付けなかったらしいエミが、ボソッと呟く。ヴィレルが目を細める。やはり、これを狙っていたようだ。


俺は頭を右手で押さえて、溜息を吐く。


「行かないからな」


「「何(で!?)(故じゃ!?)」」


二人の悲鳴にも似た声が響く。というか、ヴィレルも行きたいから誘導尋問みたいなことしてたのかよ。


「央都じゃ今は魔王軍がいつ来るか分からない状況だ。そんな中で遊ぶのは、俺としては反対だ」


「問題ないじゃろう。何かあれば妾が転移でお主ら共々送ってくれよう」


「……それでもだよ」


今の方法なら問題は無いのだが、ほぼ無尽蔵と言われるヴィレルでさえ、魔力は有限なのだ。出来る限り消費は抑えたい。


「とにかく、俺は海には行かないし、お前らを行かせるつもりもないからな」


ヴィレルが小さく舌打ちする。


「海もいいけど、せっかく暇なんだから父さん達の話してくれよ」


「話逸らした……」


「逸らしおったな……まぁ、いいじゃろう。これも約束じゃしな」


ヤマタノオロチとの決戦前、ヴィレルとは“事が終わったら両親の話をする”という約束をしていたのだ。


「といっても、妾が話せるのは二人が十代後半の頃からじゃぞ」


「それでもいいよ。それに、父さんの幼少期の話は母さんに聞いてるから」


「ならそれ以降も聞いてるじゃろうに……。まあいい。妾が魔王軍から飛び出たことは知っておるな?」


「あぁ」


「知らない」


俺とヴィレルの視線がエミに向く。確かに、ヴィレルが元魔王軍の一員ということは戦闘中に聞いたことだから、エミが知らない可能性もある。というか、俺以外知らないんじゃないか?


「まあ、妾は元々魔王軍の一員じゃったんじゃ。長くないる故、割愛するぞ。妾は魔王軍を出た後、央都を飛び越えてノーラル村などという廃村の南側にある、魔物の巣に篭っておったんじゃ」


「その村なら俺も行ったことあるよ。かなりボロボロだったけど、保存食が何故か大量にあったんだ」


「そうかの、何故あったのかは謎じゃな……妾が行った頃は、まだ人間は存在しておったんじゃがな。それで巣に篭って数ヶ月が過ぎた頃、一人の人間がその巣へと近寄ってきたのじゃ」


「二人じゃなくて?」


エミが俺も抱いた疑問を先んじてヴィレルに問いかける。


「うむ、あの時はリューゼのみじゃった。どうやら、森の中で迷ったらしくての。その頃はあやつも無名の冒険者で、そのくせ高難易度のクエストばかりを受けるやつじゃった。その時のクエストは、最近頻出するようになった、貧血症状の原因を探る、というものだったんじゃが……」


間違いなく原因は、


「お前か」


俺が呆れた顔で呟くと、


「仕方ないじゃろうが。妾とて吸血鬼じゃ。血は吸わねば干からびてしまう」


「やっぱりヴィレルって吸血鬼だったんだ。空飛んでたからそんな気はしてたけど……」


そういえば、エミにはほとんど前知識がないんだったな。でもまあ、最悪話の中で理解してもらおう。


「うむ、妾はこの世界に唯一存在する吸血鬼じゃ」


「唯一? ほかの吸血鬼は?」


「残念ながら、魔王城に残った妾の同族は、皆“転生者”にやられてしもうた。……あと、いちいち話を折るでない、進まんじゃろうが」


何故か焦った感じのヴィレルが、僅かに頰を赤らめて俺らを叱責する。


「わ、悪い。進めてくれ」


「うむ……妾はリューゼにリューレン村に戻る道を案内し、その場でフィミルの紹介を受けた。その頃はまだ魔王軍としての意識が残っておって、少し敵対意識を持っておったのじゃが……リューゼは巣に戻ろうとした妾に、一緒に冒険者として旅をしないか、などと言ってきたのじゃ」


目を細めたヴィレルの表情は、どこか寂しさを感じる。しかし、口元には微かに微笑を浮かべていて、思い出し笑いでもしているかのようだ。


「最初は断ったのじゃ。冒険者になれば、元々所属していた魔王軍を敵に回すことになり、ずっと仲の良かったかつての親友とも、戦わねばならなかったから……しかし、リューゼの戦い方は少し違った。あやつは、出会った魔物の個体個体に人間に二度と危害を加えないなら、見逃すと言って一度だけ救いの手を差し伸べたのじゃ。妾は、何故そんなことをするのか、全くわからなんだ」


ヴィレルはこの前、父さんはこの争いの馴れ初めを知っていたと言っていた。つまり、父さんがそのような戦いをしていたのは、その話を知っていたから、なのだろう。


「……一度、リューゼに聞いたことがある。何故、話すことの出来る出来ない関係なく、魔物も魔族も生かそうとするのか、と。その返答は……馬鹿げたものじゃったがな。確か、俺は殺しなんかしたくない、じゃったかのぅ。矛盾甚だしい理由じゃが……今になって思えば、あやつらしいといえば、あやつらしいんじゃな。レン坊もその血を受け継いでいるようじゃしな、リザードマン三体にサシで挑みおって」


「い、いいだろ、勝ったんだから……」


「──それ以来、妾は魔王軍にいたことを二人以外に伏せて、冒険者として活躍し、いつの間にか騎士団隊長になっておった。そして、隊長になって一年後──魔物と魔獣の軍団が攻めて来たのじゃ」


「その戦いが終わって一ヶ月後、ヴィレルと父さん達は騎士団を辞めたんだよな、確か」


「うむ」


「何か理由はあったのか? いくらなんでも隊長になって一年で騎士団を辞めるのは、早すぎると思うんだよ。その魔物の襲来と関係があるんじゃないかって俺は思ってるんだけど」


「うや、関係の有無は妾らにも分からぬ……じゃが、妾の見立てでは、魔王の奴が妾から情報が流れることを恐れてのことじゃったんじゃろう。だから、もしかしたら妾のせいで央都、及びそこに住む民衆に危害が加わったのではないか、そんな存在が隊長などと名乗っていていいのか、と思い、二人と相談した上で脱退したんじゃ。実を言うと、あの襲来には魔王もいたんじゃ」


「魔王が……それは、六代目の?」


「うむ、確か、その時は既に百五十近い年の頃じゃったろうか……そこで、妾が魔王軍の情報を漏らさないと契約をした上で、この侵攻は収まったんじゃ」


「そんなことがあったのか……」


さっきから無言なエミに視線を向けると、話が難しかったのか、眠りに着いていた。


「全く、まだ子供な奴だ……」


「良いではないか。さて、お主はどうする?」


「もうちょっと聞かせて欲しいな、父さん達の話」


「勿論じゃ」


ヴィレルが父さんのことを好きなのを知っている俺は、父さんについて語れる相手がいることが嬉しくて彼女の表情が柔らかくなっていることに気付いていた。既に寂しさも見えなくなっている。


「海ぃ〜……」


海の夢でも見ているのか、エミが寝言を呟いた。俺は一度溜息を吐いてから、


「しょうがない、行くか……」


「太っ腹じゃのう」


「あまり長居はしないからな……」


「安心せい、別に無理に泳げなどとは言わん。お主は保護者じゃ」


「……俺がカナヅチなの知ってんの?」


「うむ」


イタズラ笑顔を向けられ、俺は再び溜息を吐いた。ちなみに、俺はマジでほとんど泳げない。

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