次の魔王軍使者

第83話

結局海には行ったのだが、今は関係ないのでここでは話さない。ちなみに、色々と忙しい初海体験だった。


そして、海から帰って二日が経ったある日の朝、遊びの疲れも抜けだし、俺たちはちょっとラキュールの商店街に全員で来ていた。勿論、ヴィレルも一緒だ。


目的は特にはないが、簡単に言うと遊びだ。ジュンが猛反対したのは簡単に予想がつくだろうが、賛成五、反対一、ノーコメント二では、当然行くことになる。


「こんな時に遊ぶなど……」


「諦めて今は楽しめよ。こういう機会、魔王軍が動きだしたこれからでは、なかなかないだろうからな」


城を出て既に三十分は経っているはずなのに、未だに愚痴を溢すジュンへと呆れながらも諦めを促す。


「ねぇ、あれって何?」


レイラが指差した先には、簡単な広場があり、小さなテントが張られていた。奇芸団にしては小さすぎると思う。赤と白の縞模様のテントの入り口には、看板に“マリオネットステージ”と書かれていた。


「“マリオネットステージ”……?」


「人形劇か何かだろ。魔王軍が動いてるってのに、呑気なものだ……」


「もう、そんなこと言わないの。こんな時だからこそ息抜きも大事なんでしょ。……折角ですし、見て行きませんか?」


ジュンの皮肉をミナが諭し、そして提案した。俺としては別に見ても見なくてもいいのだが、レイラ達が目を輝かせているから、間違いなく見る羽目になるだろう。


「いいんじゃないか。何の劇かは知らないから、見て後悔しないようにしろよ」


レイラ達がうんと大きく頷く。やはり、少女というのはこういう演劇ものを見るのが好きなのだろうか。


そして、俺たちはそのテントへと入っていった──



時と場所は変わり、ここは魔王城、時はレン達がエルの能力について話している頃。七代目魔王となったまだ幼い少女の前に、ひとりの黒いタキシードを着た執事然とした男が左手を背に、右手を左胸に当て、軽く礼をしていた。


「魔王様、どうやら、オロチがやられたようです」


「……誰がオロチを殺した?」


「レンという少年のようですね。わたくしの調べによると、この少年はリューゼの息子のようです。その戦いには、ヴィレルも参加していたのこと」


「ヴィレルが⁉︎ ……何故。あの二人は仲が良かったはずなのに……そのレンとかいう奴に誑かされたか……?」


「どうでしょうか……」


礼を解いた男が、左手をポケットに突っ込み、右手を横に伸ばして紅茶の入ったカップをその手に引き寄せる。それを一口啜り、深く息を吐く。


「……次は、わたくしが向かいましょう。前回は失敗に終わりましたが、今度はわたくし自身が相手をします。ヴィレルに関しても問題ありませんよ。私の能力は、並大抵の者では対抗出来ませんから……」


「あぁ……頼むぞ、リオ。絶対に生き残って、帰ってきてくれ」


「御意に」


そして、謎の力でカップを元の机に戻し、もう一度礼をする。口元には、下卑た笑みを浮かべ。



劇の内容は、簡単だった。少なくとも、俺にとっては。


タイトルは“庶民の英雄譚”であるのだが、そこから察せる通り、父さんと母さん、そしてヴィレルの話だったのだ。


「なんたってここで父さん達の話を……」


「まさか、妾の出る話じゃったとは……」


俺とヴィレルは、どことなくぐったりした様子でテントから出る。


「面白かったねー。人形だからどんなものかと思ったけど、魔法で動かしてるみたいだったし、戦闘シーンとか大迫力だったね」


「それに、お父さんとお母さんの人形、凄く似てた。なんか、思い出しちゃうなぁ……」


俺は両親の誇張された話で気恥ずかしいのと、二人を思い出して辛いの二つの理由で、現在お疲れ中だ。


「あんな話があったんだねー。何年間もここにいたつもりだったけど、“庶民の英雄”のこと、あまり知らなかったもんね」


「よくある成り上がり物とよく似た話だったけどな」


「レンのお父さんとお母さん、凄かった」


「クルル〜」


ちなみに、エルは今日はずっとドラゴンの姿で、ミフィアの腕の中にいる。


というか、誇張された話で凄いと言われてもなぁ……


「何故あそこまで忠実に再現するのやら……」


「……あれ、忠実なの? 誇張されてないの?」


「いや、多少の誤差はあったが、ほぼ同じじゃったぞ」


マジか。


「そういえば、マリオネットって人形って意味なのか?」


「いえ、実際の意味は操り人形です。こう、糸とか使って、人間が腕や脚を動かすんですよ」


ミナの動きからなんとなくイメージをしていると、俺のポーチの中で短い長調の音楽が流れた。


「メールか。なにかの素材採集かな……っと」


ポーチからスマホを取り出し、後ろからレイラとエミが覗いているのを無視して、ウェルからのメールを確認する。そして、俺の中を激震が走った。


「ヴィレル、転移魔法、央都まで頼むっ‼︎」


俺の鬼気迫る頼みから何かを感じ取ったのか、ヴィレルが即座に詠唱を始めた。


「レン、なんて送られてきたんだ?」


メールを見ていないジュンが聞いてくる。レイラとエミは驚愕の表情で固まっているが、構う状況ではない。


「……魔王軍の“使者”が現れた」


「「「──っ⁉︎」」」


ジュン、ミナ、ミフィアの三人の表情が変わる。ヴィレルは予想通りだったのか、終わりかけの詠唱を続ける。


「よし、魔法陣の中に入れ。妾も同行する」


「ありがたい」


そして、俺らの足下に白い魔法陣が現れ、ヴィレルもそそくさとその中に入る。


「《テレポート》!」


さっきジュン達に知らせるために言ったが、ウェルから送られてきたメールの内容を、もう一度言おう。


『帰還要請。魔王軍の使者がダンジョンを占拠した。すぐに帰ってきて!』



転移魔法で姿を現したのは、央都の王城、そしていつのまにかほとんど修復されていた王室だった。


室内を見回すと、そこには騎士や術者は一切おらず、ウェルと王であるケールカバルスがいるだけだった。こんだけ広い部屋だと、なんとなく物寂しく感じるが、今はそれを考えてる暇はない。


「“使者”が動き出したのは、本当なのか?」


王に向けて、ジュンが一番に問いを投げかける。


「ああ、間違いない。定期的に魔王軍側に存在するダンジョンには騎士団数名を送っているのだが、先日、二人の騎士とひとりの術者が居なくなった状態で帰ってきたのだ」


つまり、その三人はその“使者”にやられたというのだろうか。


「そして、残って帰ってきた三人は、口を揃えてこう言ったのだ。『敵は黒い執事のような服を着た、優男だ』、と」


「それって……」


「……恐らく、ヴィレルさんのところに行く前に攻めてきた使者と同じでしょうね」


つまり、能力は確定していないが、もしかしたら人を操る能力を使うかもしれないということだ。


「……いつそいつが攻めてくるか分からない。早めに対処した方がいいな」


「同感です」


「あぁ、俺も同じ意見だ」


「……」


ヴィレルは、何も言わなかった。元魔王軍の一員なだけに、もしかしたら敵に心当たりがあるのかもしれない。しかし、魔王と情報を流さないという契約をしてしまっている以上、ここで情報を出すわけにはいかないのだろう。


「どうする、俺たちだけで対処できるか?」


俺がジュンに聞いてみると、


「行き先はダンジョンだ。大人数で行っても手狭になるだけだ。それに、敵に同時に数十人も操る能力があるなら、少ない方が対処もしやすいだろう」


「そうだな……よし、それじゃあ俺たちだけで行くか」


右手を強く握り締め、決意を決める。決心はしたものの、やはりまだ生ある魔王軍の奴らを殺すのに多少の抵抗感があるが、最初に条件を断られたら、殺さなければいけないのだ。だから、このままではだめだ。決意を決めなくてはいけないのだ。


「レン、大丈夫。私達なら勝てるよ」


強く握り締めた右手を、小さな柔らかい手が包み込む。レイラが握っているらしいが、それで落ち着いてしまうのだから情けない。でも、レイラのお陰である程度決意は固まった。


「ああ、そうだな。俺たちなら、やれる」


「では、あのダンジョンに向かったことのある術者に送らせよう。アリー、来い!」


うげ、よりによってそいつかよ……


そう、いまこのロクデナシ王が呼んだ術者は、俺がジュンと決闘した際に、俺に“プロテクション”を掛けるフリをして、結果的には生きていたものの、殺そうとした奴だ。


「失礼します……」


そして、前と同じ格好のアリーが部屋に入ってくる。一瞬目が合って怪訝そうな顔をされたが、すぐに目を逸らされる。別にいいけど、結構俺って嫌われてるんだな……


そんなことを思っていると、扉の端から純白の髪が見えた。


「ミユリス……?」


純白の髪は知り合いにもいるが、あそこまで艶やかなのはミユリスくらいだ。それに、ちっちゃいし。


ミユリス(?)は、一度肩を大きく震わせた。俺に気付かれて驚いたようだ。そして、おずおずと姿を見せた。


「あ、あの……」


俺へと近付いてきて、その手に持つ何かを渡してきた。


「……これ、御守り。助けてくれた、お礼だから。それだけだから」


そして、何か恐いものでも見たかのように、もしくは、赤くなった顔を隠すかのように、またもやそそくさと部屋を出て行った。


手渡された“御守り”を見てみると、この世界では普遍的な小さな木製の小刀だった。一瞬でよく分からなかったが、今に思えばミユリスの手には、いくつもの傷があったように思える。


心の中でありがとな、とお礼を言っていると、嫌気が差したのか、更に不快そうな顔をしたアリーがさっさとしろよとでも言わんばかりに、俺を睨んでいた。


ミユリスの御守りをポーチにしまい、ついでに二本の剣を剣帯に装備する。準備が整ったと思ったのか、アリーがそそくさと詠唱を始める。こいつ、結構悪い性格してそうだな……


「気を付けてくださいね」


魔法陣の少し離れたところで、ウェルが言う。


「当たり前だ」


そう返しておき、小さく頷く。俺以外のみんなも装備は整っていて、いつでも出発可能なようだ。


「では、いきますよ。《テレポート》」


何故か怒り気味な声で唱えたアリーの魔法は、問題なく発動し、ミユリスを探しに行ったダンジョンへと向かった。

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