第79話

オロチの話を聞いたのは俺とヴィレルだけで、ほかのみんなは知らない。だから、魔王軍の使者を倒したということで、ヴァンパレス城で使者討伐パーティーを開くことになった──のだが、俺はどうしても食欲がわかず、みんなが盛り上がっている中、一人でテラスへと出ていた。


『お前らは消えるべき存在だ』


頭の中でオロチの言葉が何度も繰り返される。もしオロチの言葉が事実なら、人間と魔王軍の戦いの元凶は人間にあり、こうやって魔物や魔族を殺している人間は、間違いなく悪者側だ。


「……俺は冒険者として、どうすればいいんだ」


今日初めて知った事実かもしれない話に、俺は冒険者としての自信を失いかけていた。父さんに憧れ、敵を討つためにこれまで努力してきた。でも、俺が正義だと思っていた努力は、本当は悪へと繋がる道だったのかもしれない。


魔王軍の手先を殺すのは、もしかしたら人を殺すのと同じことなのではないのか。知恵を持つもの同士、本当は分かり合えるのではないのだろうか。


「悩んでおるようじゃの」


「……ヴィレルか」


背後──みんながワイワイやっているパーティー会場から姿を見せたのは、相変わらずゴスロリと呼ばれる服装をしたヴィレルだった。実際見た目はロリではあるのだが。


「俺は、どうすればいいんだろうな」


「迷うことなどない。お主が正しいと思うことをすれば良い」


「俺が正しいと思うこと……オロチの言ってたことは、事実なのか?」


「……事実じゃ。約千年前、初代魔王がこの世界に現れ、そして戦いが始まった」


♢


──魔王はヴィレルの予想によると、今のところでは六代目か七代目らしい。ヴィレルが魔王軍を出る頃は六代目だったらしく、それ以降に代替わりをしているかもしれないとのことだ。


千年前、魔王と名乗る魔族が現れた。彼は魔族の暮らす場所の提供を人間に求め、共に助け合いながら共存することを提案した。しかし、人間はその要求を受けず、領地を奪う不当な輩共と銘打ち、無理矢理に追い出そうと武力に働きかけた。その時は人間の戦闘能力など、魔族に比べて食糧動物と変わらない程度だったから、死者もほとんど共に出さずに終えたのだが、恐れをなした人間は魔族に領土を一部明け渡し、それ以来奪い返すために何度も攻撃を仕掛けたそうだ。


魔王軍は人間からの攻撃を防ぐため、魔獣を創り出し、野に放った。その当時はスライムやコボルドといった、人間でもある程度は対処出来る弱い魔物だけを放っていたらしい。しかしそれが逆に人間の怒りに触れたのか、攻撃の頻度は高まり、遂には魔法まで使い始めた。


そのまま拮抗は何年も続き、ある年初代の魔王がこの世を去ったらしい。二代目として初代魔王の子供が着いたらしいが、そんなことも露知らず、人間は攻撃を仕掛け続けた。二代目はかなり心が広かったらしく、何度も交渉に自ら出向いたらしいのだが、全て決裂。いや、全て追い返される羽目になった。


そのまま何代かの魔王が着任したが、四代目が着任した年、食料の採集に出ていた魔族の部隊が人間に襲われ、二十人いた部隊のうち、三人しか生き残りがいなかったという。そしてその部隊は、魔王の幼い頃からの仲良しが多くいたらしく、それに怒った魔王は、魔獣の強化を施した。


こうしてお互いに死者を出し合い続け、今から三十年前──“伝説の剣士”がこの世界に来たことにより、全てが変わってしまった。人間が強引に“伝説の剣士”から武器の作り方や戦い方を聞き出し、そして強くなったのだ。それに、“転生者”の出現も始まり、遂には人間が魔王軍を圧倒し始めた。魔王軍とて弱くはないのでそう簡単にはやられないが、安易に攻撃が仕掛けられなくなる程には、影響を受けた。


そんなことがありながら、時は今──



「……ちょっと待て。無理矢理ってどういうことだ? “伝説の剣士”は魔王との対抗手段を与えるために姿を見せたんじゃなかったのか?」


「それは人間が自由に解釈した挙句、都合の良い形に収めただけじゃ。妾自身が見てきたことなんじゃから、“伝説の剣士”の話は事実じゃ」


「……じゃあ、やっぱり人間が元凶……」


「そうなるの。そして、魔王軍はそれに耐えきれずに反撃した。どっちもどっちと言ってもいいんじゃろうがな」


「最初は人間だよ……こんな戦い、やるべきじゃない。俺はもう、魔物も魔族も殺したくないよ……」


俯きながら呟く俺に、ヴィレルは優しい言葉──などではなく、厳しい質問を投げかけた。


「お主はそれで良いのか? 夢にまで見た冒険者になって、ここまでの功績を出すほどに成長したんじゃ。それに、リューゼの敵は討たんでいいのか?」


「俺は……」


この戦いは、俺一人の力じゃどうにもならないことは分かっている。勝つことも、和解させることも。あまりにも俺の存在が小さすぎる。いや、むしろ逆の意味で大きいのかもしれない。反逆みたいなことしたし。


「……どうにかして、誰も苦しまない、寿命を全うできるような世界にしたいよ。でもそれには、俺は小さ過ぎるんだ」


「何を言うんじゃ。人間など、最初は誰もが小さいものじゃ。どうやって大きくしていくか……人生などそんなものじゃ。お主が正しいと思うことをすればよい。それを支持する者が現れた時こそ、人間が大きくなる時なんじゃからな」


「俺が正しいと思うこと……か」


ヴィレルが最初に言っていたことだ。俺の今の意見としては、魔物も魔族も出来るだけ殺さない。でも、父さんの敵は討ちたいし、人間にも死んでほしくない。


「……矛盾が酷い」


「レン坊よ」


「ん?」


俺が視線を向けると、ヴィレルが体ごと俺に向いていた。


「二つの選択肢があるときは、必ずどちらかを捨てる必要がある」


「それはまあ……そうだよな」


「じゃが、どちらも選ぶ方法も、ないわけではないぞ」


両方を選択すれば、それは俺はもう、生活しないと言っても過言ではないだろうか。食料の生産をどちらかでしたとしても、どちらかに利益が入ってしまうのだから。


「……死ねってこと?」


「あほう、そんなわけなかろう。リューゼもやっておったし、お主もしたではないか」


俺と父さんがしていたこと……?


「冒険者以外であるとすると……敵に条件を提示する、か?」


「そうじゃ。じゃが、その交渉が決裂した際は、殺す覚悟をすればよい」


なるほど、確かにそうすれば条件の一致で魔物や魔族を殺さないで済む。


「でも、会話のできない敵の場合は?」


「そのときはお主の好きにすればよい。人間に危害があるから殺すもよし、殺したくないから逃がすもよしじゃ」


理に適ってはいる。


「……分かった。これからはそうするよ。父さんの、意思を継ぐ」


「それでよい。お主がリューゼの意思を継ぐのであれば、あやつも幸せじゃろう」


その目はどこか遠くを見つめているように見えた。まるで、遠い過去を見つめているかのような──


「……ずっと思ってたんだけど、ヴィレルって父さんのこと、好きなのか?」


「……バカ言うでない。妾があんな小僧のことを好きになるなど、ありはせん」


歴戦の戦士さながら、動揺を見事に押し隠している。しかし、恨むような視線までは隠せていなかった。


「あんたと父さん、同い年だろ……それに、父さんの話ししてる時に、たまにヴィレル、視線が虚空を彷徨ってたからな。なんとなく、そんな気がしたんだ」


「たく……──」


ヴィレルの口が何か言ったような動きをしたが、その時ちょうど開いたテラスへの入り口の音のせいで、掻き消された。


開けた張本人は千鳥足で、フラフラと俺に寄ってきた。


「レン〜〜」


顔は赤く、俺に寄りかかると、ズルズルと座り込んだ。


「酒くさっ⁉︎」


俺は未だに幼女と心で思っている、今年十一歳の少女レイラからは、濃厚な酒の臭いが漂っていた。


「あ〜、もう……悪いな、ヴィレル。中に戻るよ」


「……あぁ、ゆっくりするがいい」



妾の初恋の人の息子は、理由は定かではないが酔っ払った仲間を背負って城の中へと入っていった。


「……死んでなお、妾を煩わせおって」


さっき呟いた言葉を、もう一度呟く。室内からはレン坊の「エミ、お前が飲ませたのかっ⁉︎」という大声が響いていた。


「……賑やかなことじゃ。何年ぶりじゃろうかな、こんなにも楽しく、賑やかで……胸を締め付けられるのは」


脅威の去った我が国を見下ろし、一つ溜息を吐いてから、室内へと戻る。そこではまだ、レン坊の怒りの声と、妹のエミの弁明の声が飛び交っていた。

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