第61話
戦いが終わり、どうやらレイラとミナも魔力が回復されていたらしく、ミナの転移魔法でマレル村へと戻ってきた。ポーチの中を確認すると、ちゃんと治癒草は残っている。時間切れまでは、あと大体一週間くらいだ。
現在、俺達は村を元に戻すのをどうするかについて、領主たちと話していた。
「ミナの“魔法創造”で作れるっていうのは、俺らがレンのところに行く前に話したはずだ。でも、それができるのにはまだしばらくかかると思う」
「そうか……三日間は、この領主宅でなんとか過ごせたが、食料が心もとなくなってきた。どこかにしばらくの間仮住居があれば助かるが……」
「ミナ、転移魔法ってあと何人分残ってる?」
俺が聞いてみると、
「この村の全員を送るとなると、ホーセス村が限界ですね……あと、魔力を全部使っちゃうと、一日は何もできなくなりますよ?」
「そっか。いや、それでいい。村の皆をホーセス村に送ってくれ。あそこなら、俺らで交渉すれば何とかなるはずだ。食料は俺らで用意してもいい」
「確かに、ホーセス村って私たちが領主も同然だもんね」
レイラがそんなことを言い出した。
「バカ言うな。あそこは今はホウロウが領主だ。勝手に領主名乗んじゃねえよ」
「でも、あそこの更生は私たちがやったんだよ?」
「いいから、変なこと言うな……ミナ、そういうわけだから頼めるか?」
「分かりました。では、すぐに送ります。レンさんたちはどうしますか?」
「……少しの間だけ、みんなに残ってもらいたい。フェニックス戦で一緒にいたメンバーだけでいいから」
「分かりました。では、村民を一か所に集めてくれませんか? そこで一斉に転移させますので」
「了解した。すぐに集めさせろ!」
執事やメイドらしい人が、「承りました」と答えて、今現在いる領主部屋から出ていった。
「では、私も先立って行っておきます」
領主も立ち上がり、部屋を出ていった。今ここに残っているのは、フェニックス討伐組だ。
「にしても、あの魔法なんだったんだろうな。お前ら三人じゃないことは明らかだ」
「……ああ、フェニックスの時のか」
「確かに、すごかったよね、あの超級魔法。あと、そのすぐあとになんか魔力回復したしさ。あれ、なんだったの?」
「私もです。あの魔法の直後、魔力量にはそれなりに自信がありますが、一瞬で全回復しました。魔力を送ってもらったというのは間違いないですが、レンさんはともかく、レイラさんや私の魔力を同時に全回復させるのは、至難の業だと思います」
レンさんはともかく、という言葉に若干悲しくなりながら、その言葉を受ける。魔力を送った主、つまり、あの謎の人物は、尋常な魔力量ではないということは確かだ。超級と上級の魔法を放った後にも拘らず、三人分の魔力を全回復させるのだから。
その時、扉がノックされて、
「準備ができました」
というこの領主宅の執事の声が聞こえた。
「じゃあ、行きましょう。早いところ皆さんを送って、レンさんの話を聞いてしまいましょう」
「そうだな。内容は大方予想した通りだとは思うけどな」
「賛成。あと、私ちょっとお腹空いた。早く何か食べたい」
「食い意地女が……そうだな。内容が分かってるなら、手短に済む。話が終わったら、俺は央都に治癒草を届けに行くから、お前らはホーセス村で待っててくれ」
俺の最初の呟きにレイラが睨みを利かせたが、それを無視して最後まで言い、部屋を出ていった。他の奴には、有無を言わせるつもりはない。
♢
「《テレポート》」
ミナの魔法により、俺の妹含むマレル村の村民全員がホーセス村へと送られた。そして、この場所には俺を含む、レイラ、ミフィア、エル、ジュン、ミナ、ウェルミンの六人と一匹が残された。
「準備は整ったな……じゃあ、俺が言いたいことは予想がついてるらしいから、手短に意見と理由を言うぞ。……俺は、パーティーを解散しようと思ってる。理由は、次俺が『暴走』したら、お前らを殺しかねないからだ。それだけは、どうしても避けたい」
俺の発言に、驚く者はいなかった。俺の意見は完全に予想と一致していたらしい。
「レン、私は解散は反対。だって、もっと皆と冒険に行きたいし、皆と暮らしたいもん」
「ミフィアも、反対。死にたくはないけど、レン様に殺されるなら……魔物に殺されるよりは、受け入れれる」
「……俺は意見を変えるつもりはない。お前らは、ホーセス村で暮らしてくれると助かる。それに、お前らには戦う理由はない。冒険者でいる理由も、ないんだ」
レイラとミフィアは、レイラは予想だが俺への負い目から一緒に戦ってくれているのだろう。ミフィアは、俺が奴隷として買って、戦えと命令したからに過ぎない。
「だから、もうお前らは危険なことはしないで、安全なところで過ごしてほしい」
「……レン。私が戦う理由って、なんだと思う?」
「そりゃ、俺への負い目とかそういうのじゃ……」
「確かに、最初のころはそのこともあって戦ってた。だって、私のせいでレンは村を出ていったんだもんね……でも、レンと冒険してるうちに、楽しくなったの。エルやミフィアとも会えた。すごく楽しかったんだよ。だから、いつまでも冒険を続けたかったの」
俺も、確かに楽しかった。いつまでも続けたいのは、俺も同じだ。でも、俺のせいでこの冒険が終わるのは、どうしても嫌だった。
「確かに、レンが『暴走』したときは、本当に怖かった。死ぬかもって思った。……私にはレンみたいに、魔王を倒すとか仇を討ちたいとか……そんな大きな理由があって戦ってるわけじゃない。多分、ミフィアもエルもそうだと思う。でも、理由もなしに命は掛けないよ」
それはそうだろう。人間、理由もなしに行動する人なんていない。例え、それが自己満足のためでも、自分が満足したいから、という明確な理由がある。無意識でも、中には理由が存在するはずだ。
「私は、レンを守りたいの。それが魔王を倒すような大きな目標から見れば、ほんの小さな理由だっていうのは分かる。でも、私はレンを守りたいの。それじゃ、足りないかな?」
「……俺は、確かにお前らを今までずっと頼ってきた。それに、さっきのフェニックスの時も、何度もお前らが助けに来ることを願った……でも、それじゃダメなんだ。魔王を倒すには、自分一人で戦えるくらい、強くないといけないんだ……」
「“転生者”は一人で挑むから負けるんだ。俺は仲間を増やして、魔王なんかぶっ殺してやるよ」
「——っ!」
「細部は違ったかもしれないけど、聞き覚えあるんじゃないかな」
レイラが知っているのは当然だろう。これを俺が宣言したとき、レイラは冒険者ギルドの二階にいたし、俺も相当な大声で宣言したのだから。
「私、これ聞いた時にこの人凄いな、って思ったんだ。“転生者”を否定する人なんて、今まで一度も見たことなかったし、いくらなりたてだからって、ここまで自信があるのは尊敬できるなって……だから、あの時レンと一緒に冒険出来て、すごく嬉しかった」
レイラが言っているのは、ネペント討伐の時のことだろう。俺も、あの時のことは忘れようにも忘れられない。色んな意味で。初めての冒険であり、レイラとの出会いであり——母さんとの最後の思い出の一幕だから。
「それから村を出て、一緒に冒険して、仲間も増えて、村まで更生しちゃって……私が冒険者になったのは、活躍したらお父さんとお母さんが私のこと見てくれるって思ったからで、こんなすごい冒険をしようなんて、考えもしなかった。でも、そんな冒険ができた」
「それは……俺も、正直言うと予想してなかった。色々あったけど、今じゃどれも思い出だし……でも、そんな生活を送ったからこそ、お前らに死なれたくないんだよ……」
「死なれたくないのが、レンにとっての私たちだけだと思う?」
「それは、どういう……」
「簡単。私も、多分ミフィアもエルも、レンに死んでほしくないの。レンは、知識もあって強いけど、勝てない敵もいる。今回のフェニックスみたいに。だから、私たちはそんなどこで死んじゃうか分からないレンを、守りたいの。手助けして、一緒にいたい。ミフィアとエルがどう思ってるかは知らないけど……私、レンのこと好きだから。好きな人を守るのって、理由にならない?」
レイラは顔を紅くして言う。予想していなかったせいで、俺は今驚いている。面白い顔をしていることだろう。
「俺は……もう、嫌なんだ。大事な人を、失うのは……今まで、多くの人の死んでいく姿を見た。大事な人も、何人も死んでいった。これ以上、大事な人を失いたくない。少なくとも、俺が生きている間は、もう、死んでほしくない……」
目の前で死んでいった人の顔、全てを思い出せるわけじゃない。でも、それでも何人かの顔は思い出すこともできる。父さんや母さん、初めての冒険の際に死んでいった同級生、リューレン村でゴブリンやホワイトコングに殺されていった人々、ホーセス村で更生中に飢餓で死んでいった人。ほかにも、まだいるだろう。そのくらい、俺の目の前で多くの人が死んでいった。数で言えば、百は下らない。
俺は地面に座り込む。悲しみと悔しさが俺を包み込み、力を奪い取る。そして、——頭が何かに包まれた。
「レンは、そうやってすぐに自分でなんでも抱え込んじゃうよね。悪い癖だと思うよ……だから、その抱え込むものを、私たちにも抱えさせてよ。レンの苦しみを、私たちにも分け与えてよ。それで、レンが少しでも楽になるんだったら……それも、レンを守りたいっていう、私の戦う理由の一つだから」
頭のすぐ上でレイラの声が聞こえる。どうやら、レイラに頭を抱かれているらしい。頭頂部の尖ったものは、レイラの顎だろうか。額に触れる柔らかいものは、レイラの胸だろうか。
「ミフィアも、レン様……ううん、レンのこと、守りたい。レンのこと、す……好き、だから……レンは、ミフィアを救ってくれた。だから、恩返ししたいし、一緒にいたい」
左側から、ミフィアの声が聞こえる。直後にエルの鳴き声もだ。ミフィアがエルを抱えているらしい。しかし、それを確認できない。レイラが、俺の頭を抱えているから。
「……もし……もし、お前らが、俺の『暴走』で死ぬ覚悟があって、俺とまだパーティーでいたいっていうんなら……条件を、一つ付けたい」
「いいよ、なんでも言って。私たちにできることなら、何でもするから」
「……生きてくれ、俺よりも長く」
「分かった」
「……ん」
レイラとミフィアが了解の言葉を言い、エルも恐らく了解の意で鳴く。
「じゃあレン、私からも条件ね」
俺の頭を解放して、レイラが言う。
「……何の条件だよ」
「レンがリーダーでいるための条件。二つ」
「俺より多いじゃないか……」
「当たり前でしょ。リーダーなら、メンバーよりも重責を負わないと。それで、内容だけどね、……私たちを、守ってね。私たちがレンより長生きするには、レンが守ってくれないと無理だから。それで、もう一つは、『暴走』の能力を操れるようになること。『暴走』の条件って、レンが怒りに飲まれることだと思うから、操れるようになるまで、頑張って怒りを抑えてね」
レイラが笑いながら言う。しかし、当然のことだろう。俺が『暴走』を操れないと、レイラ達に被害が及ぶのだから。この条件は、俺の出した条件を呑むために必要なことだ。
「……分かった。二つ目は時間かかると思うけど、絶対、約束する。お前らを、俺が守る」
「それでよし」
そうして、俺の出した解散の意見は、簡単に壊され、これからも一緒に旅を続けることが決まった。
「チョロいな」
「チョロいね」
「でもまあ、いいんじゃないか。変に解散するよりはマシだろ」
「そうだね。あのパーティーじゃないと、面白くないしね」
そんなジュンとミナの呟きは、俺には聞こえなかった。
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