第60話

 水を纏った俺の白剣と、存在自体が炎のフェニックスの剣が交錯する。交わった点から、プシュゥという蒸発の音が鳴り響く。


 お互いに距離をとり、俺の装備魔法と剣技を織り交ぜた攻撃と、フェニックスの単純な攻撃が交錯し合う。フェニックスの攻撃は単純だが、その分威力と正確性が高い。俺の変則的な攻撃にも簡単に対処し、隙を見て高火力の攻撃をしてくる。かなり厄介な敵であることは間違いない。


 それに、俺の切り上げで隙ができた際に攻撃しても、その攻撃は炎の体を何の抵抗もなく貫通し、一切のダメージをももたらさない。


 バックステップで距離をとった瞬間、


「エル、今っ!」


 というレイラの声と共に、エルの放つ熱線がフェニックスを襲う。しかし、その熱線が消滅した後に、フェニックスの体には一切の痕を残さない。つまり、効果はない。


 今はなんとか俺が攻撃を受けてターゲットを引いているが、随時魔法を使用している以上、魔力の枯渇はそう遠くない。それに、剣技もクールダウンが終われば、場合を見て即座に発動しているため、集中力と体力もそこまで期待できない。


 もし、俺のそのどれかが切れた瞬間、俺は焼き殺されて、後ろの仲間たちにターゲットが向き、抵抗の手段がないあいつらは即座に消滅するだろう。それだけはなんとしてでも避けたい。


 そして、再び俺の水を纏った剣と、フェニックスの炎の剣が交錯する。蒸発の音が何度も響き、その度に俺の魔力が余計に減っていることを感じさせる。魔力が枯渇に近付くことは、焦りも誘発する。


 フェニックスの剣が俺の顔の前を過ぎ、前髪を少し焼く。若干の焦げ臭さを無視し、仕返しとばかりに攻撃をする。しかし、それはさっきと同じで通り過ぎ、まったくダメージを与えない。


 そして、完全に攻防が逆転する。壁牢獄の中にフェニックスがいた頃には、間違いなく優勢だと思っていた。しかし、今となっては完全にその影は跡形もない。


 フェニックスの森をも焼き尽くす攻撃によって、完全に形勢逆転、俺らは敗色濃厚になった。このままでは、本当に時間の問題かもしれない。


 フェニックスの重い単純な攻撃を、躱しと捌きで、なんとか回避する。そして、魔力もだいぶ枯渇へと近づいてしまった。このままでは、あともって二、三分だろう。


 今のうちにみんなが逃げてくれればありがたいが、恐らくあいつらは逃げないだろう。あいつらは既に冷静さをほとんど失っている。それに、魔力が尽きれば、脱力感が相当ひどくなる。場合によっては、三日ほど動けなくなることもあるらしい。


 つまり、レイラとミナは、既にほとんど動けないと考えた方がいいだろう。


 そんなことを考えていると、右脇腹をフェニックスの剣が掠めた。肉と皮膚、服とコートが焼けて、鋭い痛みが俺を襲う。


 血管が焼けて固まり、出血はないみたいだが、左手でその傷を押さえて、フェニックスから距離をとる。“ヒール”をかけたいところだが、もうそんな魔力も残っていない。“アクアソード”を保つのも、そろそろ限界に近く、もう絞り出しの魔力でしかない。


「らあっ!」


 最後の望みを込めた一撃は、ヒト型となったフェニックスの心臓部を斬り抜いた。一瞬炎が弱まった気がしたが、もしかしたら錯覚かもしれない。生きることへの渇望が見せた、幻覚かもしれない。


 そして、剣に纏った水が消滅し、俺を耐えがたい脱力感が襲った。立っているのすら辛い。視界がフェードアウトし、五感情報はどんどん弱くなっていく。


 振り絞った力でフェニックスの方を見ると、俺のすぐそばで剣を振り上げていた。両手で振り上げており、さっきよりもサイズが大きくなっている気がする。幅も長さも、さっきまでの二倍はあるかもしれない。


 弱った触覚が、僅かに熱さを伝える。そして、フェニックスが剣をわずかに後ろに引いた。勢いをつけて振り下ろすのだろう。本調子の俺なら、その一瞬の隙を見て攻撃を仕掛けるだろうが、今の俺には、もうそんな気力はない。


 その時、俺の体を風が押し飛ばした。よって、俺へ向けられたフェニックスの剣はスカぶりに終わった。俺には状況が理解できなかったが、どうやら助かったらしい、ということは理解できた。


 そして、次にはフェニックスを渦潮が覆い隠す。確かこれは、水属性と風属性の混合魔法で、超級魔法の一つ、“アクアサイクロン”だったと思う。風魔法で作り出した竜巻に、水魔法で作り出した水を含ませて渦潮を作るものだ。


 渦潮が蒸発ではなく、魔力霧散で消滅した後には、炎が半分ほどまでに弱まり、炎の剣が消滅したフェニックスだけがいた。そして、六本の水の槍がフェニックスの両腕、両足、頭、胸を突き刺した。これは、さっきレイラが使っていた“スプリンクラーランス”だろう。更に炎が弱くなる。


 一体何が……そう思った瞬間、俺の中の脱力感が一気に消滅した。理由は分からない。魔力がこの短時間で回復した——可能性としてはこれだが、まずありえない。もしかしたら、誰かが魔力を俺にくれたのかもしれない。しかし、魔法を使えるレイラとミナは、既に枯渇状態。この場に他に魔力を与えることの出来る人物は残っていない。


 いや、集中して気配を感じ取ってみると、ここから二キロほど離れた地点に一人の人の気配を感じ取った。もしかしたら、この人物が原因……さっきの魔法もそうかもしれない。


『奴の心臓部を狙え。核がある。それを破壊すれば、こやつは消滅する』


 脳内に響いた声は、この場の誰のものでもなかった。知らない気がするが、何故か記憶の奥底が疼く……僅かに鼻声っぽさがある、特徴的な声だった。


 そして、その内容……フェニックスの倒し方だろうか。核といえば、スライムのような印象だが、本当にそうなのだろうか。


「……今は信じたほうがいいよな。魔力も回復しているし……今しかチャンスはない」


 水の槍はまだ残っている。使っている術者は、相当な高レベル高熟練度なのだろう。


 考察はここまでだ。一気にけりをつける。


 再び詠唱を経て、“アクアソード”を展開する。右手首を青い魔方陣がゆっくりと回転する中、俺は腰を落として“ルミナスカリバー”を発動させる。


 そういえば、フェニックスの胸のあたりを攻撃したとき、若干炎が弱まった気がする。もしかしたら、それは錯覚や幻覚ではなく、核を水が掠めたからなのかもしれない。


 地面を蹴り、まずは指定された場所以外を攻撃する。ここまで弱まっていれば、多少の攻撃は効くはずだろう。予想通り、フェニックスが奇声を上げる。水の槍の影響も相まって、更に炎が縮こまり、そして水の槍が地面に落ちるほど小さくなった。そして、胸の位置にあった場所だけが強く残った。


 残った一撃に、全精神力と魔力をつぎ込み、核に向けて全力で剣を振り降ろす。この戦い、始めての確かな抵抗感を受けて、剣を地面に刺さるまで振り抜いた。


 そして、僅かに残っていた小さな炎は、消滅した。


 俺たちの、勝ちで終わった。

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