第62話

「じゃあ、よろしく頼む」


「分かりました」


ミナが魔法を詠唱する。そして、俺の足元に魔法陣が現れ、ミナがその中に入ってくる。既に他のメンバーはホーセス村に送った。


「……なんで入ってきてんの?」


「私いないと帰れないじゃないですか。レンさんはもう、央都に留まる必要がないんですから、私の同行は必須ですよ」


言われてみればそうだ。元々、俺一人で行こうとしたのは、戻ってこないという意思表示のためだったのだ。しかし、解散の件はなくなったために、もう戻らない必要がなくなった。ということは、ミナが来てくれないと帰れない。


「そうだな。それじゃあ、頼む」


「はい。少し我慢してくださいね……《テレポート》」


そして、浮遊感と共に目を閉じた。



目を開けると、王城の入口前にいた。数日ぶりに見るが、色々あったせいで、懐かしくも感じる。


「治癒草は……あるな。作り方が分かんないけど……」


そう。本当は治癒草の加工法を村の誰かに聞いてから来るつもりだった。しかし、あまり時間はかけられないために、それをすっ飛ばしてきた。というのは嘘で、実際は完全に頭から抜け出ていた。


「大丈夫でしょう。王城には薬草の加工に慣れてる人が何人もいますから。誰かは出来ますよ」


「だったらいいけど……」


「よくお戻りになった。お待ちしていたぞ」


出てきたのは、王の代理をしている、ミユリスの父親、現王の息子である。額に脂汗を浮かばせて、息を荒らげて姿を見せた。


「どうかしたんですか?」


ミナが聞く。


「じ、実は……娘が、ミユリスがいなくなったんです!」


「またクエストを頼みに行ったのか?」


「いえ……クエストはあなたたちが受けたことは伝えましたし、一晩中、見張りがいました。しかし、朝になってその見張りが流血して倒れていて……そして、ミユリスがいなくなっていたんです。部屋にずっといたはずです。部屋の前にも見張りがいたはずですが……」


「流血して倒れていた、か。部屋は?」


「荒らされていました。ミユリスが暴れたのかもしれません……」


「ここで話すのもなんです。中に入って、もう少し情報を聞かせてください」


「分かりました……」


そうして、一度俺達は王城に入る。そして、病室として扱われているらしい部屋へと向かった。


「ここに寝かせているのが、昨夜誘拐犯に斬られたと思われる騎士団です」


 そこには、体中に包帯が巻かれた、男四人女二人の騎士がベッドに寝かされていた。包帯には、若干血が滲んでいる。既に止まっているのだろう。


「大事がなくてよかったですが……この六人は、騎士団の中でも有力なはず……」


「はい。ですので、今朝この六人が流血して倒れているのを見た時、相当衝撃を受けました。彼らはジュンさんも認めるほどの実力者ですから」


 あのジュンが認めるほどだ。俺が戦って勝てるかどうか、微妙なラインかもしれない。しかし、いくら夜だったとはいえ、その実力者六人があっさりとやられたとあっては、相当厳しいかもしれない。


「……お願いです。ミユリスを助けてくれませんか? 勿論報酬は出します」


「それはいいですけど……敵が誰なのか、特徴とかは分からないんですか?」


「はい……目撃者はこの六人とミユリスだけです。なので、このうち誰かが目を覚まさない限り、情報は入りません……」


「そうですか……」


「王の病気についてはどうするんだ?」


「薬草の加工に時間がかかると思います。なにせ、十五年も前に流行った病です。加工できる薬剤師がいるかどうか……」


「ならいい。治癒草は渡しておくよ。あの王には恨みがあるからな。もうしばらく痛みを味わい続けてればいい」


「……残り何日で父は死すのですか?」


「一週間はきってるな。急がないと時間切れだ」


「分かりました……王が復活する前に、なんとかミユリスを連れ戻してください」


 王が目覚める前。何故そうなるのだろうか……ああ、そういうこと。


「あんたも、王が怖いんだな。ちょっと卑怯な手を使うくらいには」


「勿論です。いつ首をはねられてもおかしくないですから。あの方は簡単にやってのけます」


「だろうな……よし、ミナ。ささっと行こう。あまり時間かけてレイラ達を心配させてもいかねえ」


「そうですね。では、行ってまいります。王様のこと、お願いしますね」


 そして、俺達は王城を出た。



「でも、クエストとして受けたはいいですが、どうやって探すんですか? 聞き込みでもするんですか?」


「んなことしたら、国は大惨事だ。なんであのおっさんが王にばれないようにしてると思ってんだ。もし国民に王女がさらわれたと知られちゃ、いつ耳にするか分からないだろ」


「そうですね……でも、そうなると探す手立てがありませんよ?」


「まあ、そう焦るな。俺の第六感を使えば多少探す手立てはある」


「……第六感って言っても、あなたはミユリスちゃんの気配を覚えてるんですか?」


「いんや、全くわからん。でも、誘拐されたってことは、恐怖心があるはずだ。なら、俺はかなりの距離まで感情は感じ取れる。それを利用するんだ」


「なるほど。確かに、央都内で恐怖の感情なんてなかなか見かけませんよね。とりあえず、それを頼りましょう」


 俺は頷いて、目を閉じて集中する。王城は央都の中心にある。今はその門の数メートル離れた位置にいるから、ほぼ中心だ。そして、央都内の感情をすべて見る。しかし、その中に恐怖の感情は——


「——ない」


「……ダメじゃないですか」


「だって、これも滅茶苦茶有能ってわけじゃないんだよ。寝てたり隠蔽ハンディングしてたりしてりゃ、感じ取れねえんだもん」


「そうですか……つまり、ミユリスちゃんは現在、寝ているか隠蔽ハンディングしている、ということですか?」


「もしくは既に……」


「やめてくださいよ、縁起でもない」


「悪い。ちょっと嫌な予感がしただけだ。俺も一度レイラを攫われたことがあるけど、その時は睡眠薬だったらしい。ミユリスが誘拐の時間に起きていたかは分からないけど、少なくとも眠らせていないと、連れていくのは難しいぞ」


 第六感でも見つけることができないとなると、この捜索は難航するかもしれない。聞き込み不可、情報なしだ。しかも、制限時間は一週間。央都内を歩き回って、見つけれるかは不明だ。


「……それこそ、誘拐犯が魔王軍だったら、もっとめんどくさいな」


「魔王軍、ですか……可能性としては、ゼロではないかもしれませんね」


「ああ……」


 魔王軍のことだ。央都で大問題を起こしている隙に、攻め入って崩壊させようとか考えていてもおかしくはない。


「誘拐犯は騎士団も倒せるくらいに強い……冒険者なのは間違いないな」


「はい。でも、央都には騎士団に匹敵する冒険者は、それなりにいます。その方々全員を疑うことになりますよ」


「そうだな」


 変に疑いをかけて恨みを買うのはごめんだ。最初から犯人に辿り着きたいところだが……


「警察犬とかいてくれたらなぁ……」


「なんだそれ」


「犬ですよ。訓練を受けた。誘拐された人を匂いで探したり、災害で土に埋まった人を探したり、爆弾や薬物を探したり。色々なことをするんですよ。場合によっては犯人を捕らえたりも」


「へぇ、それも“二ホン”の知恵か……確かに便利かもしれないけど、ここは央都だ。もし抱きかかえられてたら、匂いなんて僅かに残ってたとしても、他の人とごっちゃまぜだ」


「そうかもですね……どんどん方法が減っていく……」


 他に探す方法が思い付かない。手がかりの一つや二つがあれば、少しは楽になるかもしれない。


「……めんどくさいクエスト受けちまったなぁ」


 往来の中で、俺はそう呟くのであった。

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