第59話
レイラの放った水牢獄が蒸発する。フェニックスの炎は、多少は弱まっただろうか。
フェニックスが火の玉を飛ばしてくる。狙われたのは、レイラとミナだ。しかし、余裕をもって回避をする。
フェニックスが、今度は自分から突っ込んでくる。咄嗟に詠唱を唱え、終える。そして、
「──《ウォールプリズン》」
俺の詠唱が終わり、地面スレスレに降りてきていたフェニックスが壁牢獄に姿を消す。そして、俺はその牢獄の上に立ち、剣を貫通するまで突き刺す。そして、
「《アクアバレット》!」
詠唱の必要ない、中級魔法を放つ。俺の熟練度では、そこまで連射はできない。そこで、
「レイラ、ミナ、この中に水属性の魔法を放ちまくってくれ!」
俺がしていることを理解したらしい二人が、レイラは俺が刺したままの剣を、ミナはジュンが持っている剣を借りて、それを突き刺す。そして、俺では噛んでしまいそうな速度で詠唱を始める。先に詠唱が終わったのは、上級魔法を詠唱していたレイラだ。
「──《スプリンクラーランス》っ!」
この魔法は、水属性の槍を多方向に放つことの出来る魔法だ。そして、更に上位の魔法を詠唱していたミナの詠唱が完了し、
「──《ハイドロポンプ》ッ!」
……聞き覚えのない魔法だった。
「あいつ、ここで魔法作んのかよ……しかも、まるまるパクリじゃねーか」
「え、あれって今作ったやつなのか?」
「そうだよ。俺も一通り魔法は知ってるけど、あれはあいつが今創り出した、色々パクリな魔法だ」
パクリ、ということは、元ネタがあるのだろうか。残念ながら、俺も"ニホン"のことはそこまで詳しくはないのだ。
しかし、そもそも何故俺がフェニックスを壁牢獄に封じ込めたのかというと、フェニックスは水牢獄は蒸発させてしまう。しかし、炎の牢獄では逆に活性化する。風なども容易く突破するだろう。しかし、かなり上位の魔物とはいえ、所詮は鳥だ。俺の魔法とはいえ、結構な魔力を注いだ壁牢獄は、そう簡単には破壊できないからだ。
それに、土でできているため、内部に水を溜めることが出来る。フェニックスが蒸発させても、外に出ることがないため、そのうち飽和水蒸気量マックスを超えて、やがては水が溜まっていく。そうして炎を弱らせていく作戦だ。
「……これ、結構時間かかるな」
「そりゃそうだろうな。フェニックスのせいで内部の気温は相当高いだろうしよ」
科学の授業で聞いたようなことを試しているだけなのだが、気温が高いと飽和水蒸気量も大きくなるらしい。つまり、時間がかかる。
「まあ、壁牢獄が壊されるまでは大丈夫だろ……」
壁牢獄が高温になる可能性はあるが、その際はあの二人には退避してもらうしかない。それか、あの外にもう一重作るか。
「……あれ、私の武器溶けちゃうよね」
「……あの犠牲は無駄にはならない。時には諦めも大事だぞ、ウェル」
「うぅ……」
確かに、フェニックスの温度をもってすれば、水属性とはいえあの剣もただでは済まないだろう。少し悪い気もするが、言った通り、時に諦めも大事になってくる。
「二人とも、暑くないか?」
「暑いけど……耐えれないほどじゃない」
「もうしばらくこのままでいけます」
どうやら、二人ともなんともないようだ。多少汗をかいているように思えるが、それは帰ってから風呂に入ってもらうとしよう。
♢
そして、十五分が経った。二度壁牢獄を重ね直し、現在も水を入れ続けている。溺れ死んでくれてもいいけど、それで死ぬかは分からない。
「……フェニックスって、もっと強いものと思ってたけど、こんなあっさり勝てるものなのか?」
「……お前、それ死亡フラグもいいとこだぞ」
「死亡フラグ……ああ、言ったらそいつが死んじゃうっていうあれか……大丈夫だろ、多分。そういう迷信とかオカルトは信じないから、俺」
「……死んでも俺らじゃどうも出来ないからな」
さっきから少し気温が上がっているような気がする。しかし、それ以外で特には問題ない。というか、暇になってきた。あの二人も、まだ魔力は持つようだし、少しのんびりしていても大丈夫な気がしてきた。
「……ちょっと待て。暑くないか?」
「そりゃあ、そうだろ。特に問題ないんじゃないか?」
「いや……こういう時によくあるのは、フェニックスがあの中で特別な攻撃を溜めている、ということだ。その影響で暑くなっている可能性もある……ミナ、レイラ、離れろっ!」
ジュンの言葉を聞いた二人は、首を傾げながらも剣をそのままに、壁牢獄から離れた。しかし、何も起こらない。
「ほら、なんともないじゃないか」
「……一応屈んでおけ。何が来るか分からない」
「だからだい……」
いきなり、さっきまでとは違う気配を感じ取った。位置は、壁牢獄の中だ。つまり、フェニックスの気配。しかし、さっきまでとは違う。簡単に言うと……『暴走』に似たような、何か──
「……何か来る」
俺が呟くと、壁牢獄に亀裂が入った。それは少しずつ大きくなり、
「伏せろっ!」
俺が叫んで伏せると同時、全員が伏せたか確認も出来ずに、視界がホワイトアウトした。猛烈な熱を感じる。
少し光と熱が収まったのを感じ取り、目を開けて周囲を見る。辺りは──焼け野原と化していた。
「みんなは……っ!?」
辺りを見回すと、なんとか全員いた。どうやら、ミナとレイラが先立って防壁魔法を放っていたらしい。全員、無傷とは言わないが、大方無事と見ていいだろう。
「……なんだ、あれは」
そして、空中にある影──いや、もう光と言った方がいいだろう。サンサンと燃え上がるそれは、既に鳥の形をなくしていた。形的に見ると、人型だろうか。
「……フェニックス──ではないな。もう、クトゥグアじゃないか」
「クトゥグア……?」
「ああ。俺らの世界には、"クトゥルフ神話"っていうのがあるんだ。そこに、炎の化身だかなんだかで、クトゥグアっていう邪神がいる。身体自体が炎だとか書いてたな……まるで、そいつだ」
「……兄さん、ごめん。魔力が、そろそろ厳しい」
「レン、私も……」
頼みの魔法組が魔力切れしかけている。これは、かなり厳しくなってきたかもしれない。ウェルミンの渡してきたあの水属性の属性武器も失った。あの実体ない敵に物理攻撃が効くのか──望み薄だろう。
「……レン。お前が俺らの頼みの綱だ。魔法は、もうお前しか使えない」
「……でも、俺はそこまで高火力の魔法は使えないぞ。上級魔法が限界だ」
「分かってる。それでいい。少しでも、ダメージを与えれば……」
ジュンもかなり焦っているらしい。冷静さを失っている。
「……出来る限りやってみる。でも、期待はするなよ」
黒剣を手に取──ろうとして、熱すぎて触れなかった。
「何やってるんだ」
「……いや、これ金属製だから、熱くて」
仕方なく、ポーチの中のスカルドラゴンの角から作った白剣を取り、鞘から抜いて、鞘だけポーチに戻す。そして、素早く詠唱を唱え、
「──《アクアソード》」
装備魔法のひとつだ。足場がよくなり、周囲の木もなくなったが、普通に戦っても勝てる気がしない。
俺が剣を構えると、ジュンが言うにはクトゥグアという邪神までもが、その手に炎の剣を持ち、構えた。
頬を汗が伝い、顎から落ちたところで、地面を蹴った。
「らああぁぁっ!」
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