第58話

 実に三日間、雨は降り続けた。八時間ごとに布を追加するという、実にめんどくさい三日間だった。ただ、布を大量に持ち合わせていたのは、運がよかったと言えよう。


 その布を、一枚一枚絞り、ポーチにしまっていく作業をしていたが、それも終わってそろそろ出発しようと思っていたところだ。


「流石に三日も帰らなかったら、心配かけちまうよな……戻ったら謝っておくか」


 そして、黒剣を剣帯に鞘ごと刺して、準備を終える。


 足元は、三日間降り続いた大雨のせいでぬかるみ、水たまりも結構ある。もしここで戦闘になれば、相当厳しいだろう。


「……最悪魔法での戦いだな」


 そして、カカリ山迂回のために、俺は歩き始め——るはずだった。しかし、ここで問題が発生した。


「カカリ山って、どっちだ」


 そう。どっちに歩けばいいのか分からないのだ。二分ほど迷った挙句、一つだけ方法を思いついた。


 その方法とは、第六感でレイラ達のいる方を探すのだ。パーティーメンバーの気配は、既に覚えているため、あいつらが村にいれば、そっちにカカリ山があるということになる。


「えーと、あいつらの気配は……あっちか」


 レイラ達の気配を背後に感じた。つまり、あのまま進むと、村とは真逆に進むことになったっということだ。これまた運がいい。多分。


 レイラ達の気配の方に進んでも、カカリ山の崖に直面するだけなので、北に向けて歩くことにした。しばらく歩いては気配の確認、というのを繰り返していれば、そのうち着くだろう。


 そして、二十分に一回確認するペースで歩いていたところ、三回目の時だった。その、気配が入ったのは。


「魔物の気配……もしかして、この前のフェニックスか……それに、こっちに来てるな」


 さっきも言ったが、今は足場がすこぶる悪い。空を飛んでいるフェニックスは、間違いなく天敵だろう。しかし、逃げるにしても同じことが言えた。足場の悪い場所を逃げる俺と、空を飛んで追いかけてくるフェニックスでは、どう考えてもフェニックスが速い。


「こういう時にエルがいれば……」


 そう呟いていたのに気付き、首を横に振る。


「戻ったらあいつらとは決別するんだ……頼っちゃダメだ」


 そして、剣を抜いた。飛行魔法が使えれば話は別だが、熟練度が圧倒的に足りない。俺の魔法熟練度は、現状ではまだ三百ちょっとなのだ。上級魔法が使えるギリギリのラインである。


 父さんの魔物ノートでは、フェニックスに物理攻撃はほとんど効かないと書いていた。当然だろう。フェニックスは体自体がほぼ炎なのだから。ただ、その炎を消せればまだ手段はある。


「でも、そんな高火力な魔法はない……くそ、詰んでやがる」


 ちょっとやそっとの魔法じゃ、フェニックスの炎は消えない。今なら『暴走』しても被害は食い止められるかもしれないが、その『暴走』の材料がない。


 このままじゃ、厳しいな……



「っ、レン様が危ない……っ!」


 ミフィアが言ったのは、レンが出ていって三日目のことだった。ミフィアもレンの特訓により、第六感を手に入れていた。だから、それでレンの危機を感じ取ったのだろう。


「どう危ないの?」


 私が聞いてみると、


「……凶暴な、魔物に襲われてる」


 その場にいた私とジュンとウェルミンが息をのんだ。ミナは、村の建物を直すための魔法を作っている。女神さまからもらった恩恵らしく、“魔法創造”という恩恵スキルらしい。


「……助けに行くにも、今はミナは手を離せない。テレポートもないし、俺らが駆け付けるのには、時間がかかるぞ」


「そうだよね……でも、もし敵がレンでも対処できない敵だったら……それに、昨日までの雨のせいで、地面がぬかるんでる。敵が鳥型だったら……」


 最悪の結末しか思い浮かばない。レンが対処できない敵といえば、ゴーレムのような物理耐性が高いやつや、フェニックスのような、身体が魔法属性で成り立っているやつなどだ。魔法剣士とはいえ、レンは主に剣で戦う。フェニックスならば、身体の炎を消せば物理も効くが、レンにそんな威力の魔法は使えない。


「どうすれば……」


「私を頼ればいいんですよ」


 そして、入り口から声をかけてきたのは、今は取り込み中であるはずのミナだった。


「お前……村の再建はどうなってるんだ」


「領主さんに頼んで、少しだけ時間もらったの。だから、私もレンさんの救助に向かえますよ、レイラさん。それに、私もレンさんが心配で、集中力が一割ほど下がってしまうので」


「たった一割なんだ……でも、助かる。お願いできる?」


「勿論です」


 強力な助っ人が私たちの味方になった。しかし、今レンがどこにいるのか、私たちは分からない。その辺りは、ミフィアに頼る必要がある。


「場所の指定は、ミフィアさんお願いね」


「……ん。場所は、カカリ山の向こう。山の中心からすると、大体東北東で、距離は二十メートルくらい離れてる」


「分かった。エル君は?」


「ここ」


 ミフィアが髪の中からエルを取り出す。というか、なんてとこに入れてんの。どうやって入れたの。


「よし。それじゃあ……——」


 ミナが詠唱を始める。そして、私たちの足元に、白い魔方陣が浮かび上がる。


「待ってください」


ミナが魔法を使おうとした瞬間、ここにいないはずの、ウェルミンの声が聞こえた。


「ウェルさん。どうかしましたか?」


「私も、行きます。武器が必要になるかもしれませんし……私も、戦うことくらいは、出来ますから」


そうは言っても、敵はかなり強いだろう。ウェルがもし死ぬようなことがあれば……


「自分の身は、自分で守ります。それに、私の武器がいくつかあれば、敵によって使い分けも出来ますよ」


ウェルが腰のポーチを叩く。そこに武器が入っているのだろう。


「分かりました……出ないでくださいね。行くよ、《テレポート》」


 そして、私たちはレンを助けるために、転移した。ウェルミンも一緒にいたが、それは後から色々と影響があるので、ここでは気にしない。



 フェニックスの火の玉を、既に二十回は避けた。雨のお蔭か、木が燃えることは現状ないが、それも時間の問題だろう。フェニックスの高温のせいで、少しずつ木も地面も乾きだしている。


「《アクアバレット》!」


 フェニックスに向けて、魔法を放つ。火の玉のせいで上空の木の葉は、ほとんどが消滅している。なので、最初は見えなかったフェニックスの姿も、今となっては丸見えである。


 魔法がフェニックスに当たり、シュウという音を上げる。しかし、それは魔法が一瞬で蒸発した音で、ダメージは一向にゼロだ。


「勝ち目がない……っ!」


 呻いた。今の俺ではこいつには勝てない。いつもならレイラ達に頼るところだが、生憎今日はそばにいないし、帰って別れようと思っているやつに頼るのはどうかと思う。


 とはいえ、ここで死んではレイラ達にその提案もすることなく別れることになって……


「……逃げながら戦うか。地面が乾けば、少しは逃げやすくなるはずだ」


 その時だった。


「《アクアプリズン》!」


 聞きなれた声が聞こえた。牢獄魔法と称される魔法の一つで、水属性の牢獄を作る魔法だ。その魔法が、フェニックスの姿を隠す。そして、声の正体が姿を現した。


「レン、大丈夫っ!?」


「っ!」


 予想は当たっていた。レイラだ。結局、俺はまたこいつらに頼ってしまうらしい。


「《ボルテニックランス》!」


 続いて響いた声は、ミナの声だ。水属性の魔法に雷属性の魔法を加える、ダメージ増加の定番だ。


「レン様、大丈夫……?」


「無茶ばっかしやがる奴だな、お前は」


 そして、ミフィアにジュンまでもが現れる。


「……」


 普段なら喜んだだろう。しかし、今の俺は悔しかった。


「はい、ジュンさんは武器持ってないんだから、今はこれを使ってください」


 そして、最後に聞こえ来た声は、予想外の声だった。ウェルミンの声である。


「お前……なんで」


「私も戦えることくらい、レンさん知ってるでしょ。それに、ジュンさんは武器を持ってないんです。私がいなきゃ、ジュンさんは素手で戦うことになるんですよ」


 確かに、ウェルミンは戦うこともできる。それは俺も十分承知している。なんせ、スカルドラゴンを討伐しに行った際、共に戦ったのだから。


「レンさんとミフィアさんも、この剣を使ってください。私は、弓矢で後方支援しますので」


 そう言って、ウェルミンは離れていった。渡された武器はジュンと同じもので、青色の剣だ。


「なるほどな。水属性の属性武器か。これなら、フェニックスにもダメージは与えれるな」


 ジュンの言う通り、この青い剣は属性武器と呼ばれるそれだった。でも、その手助けすら俺にとっては悔しい気持ちを増幅させる材料で……


「今は気にするな。お前の考えは、この戦いの後で全員で聞いてやる」


 ジュンの言う通りだろう。今はこの戦いが最優先事項である。それは同感だ。


「分かった……とにかく、この戦いを終わらせる」


 黒剣を鞘にしまい、ウェルミンに渡された武器を構える。

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