第47話

「知っての通り、俺の親は”庶民の英雄”のリューゼとフィミルだ。物心ついた時には、既に剣と魔法の特訓が始まってたし、文字が読めるようになってからは、毎日のように父さんの魔物まとめノートを読んでた。結構楽しかったぜ。九……いや、十年前か。その頃に妹が生まれた。生まれた時からお兄ちゃんっ子でさ、いっつも俺のすぐそばにいるんだよ」


「妹、いたんですね。初めて知りました」


「そうなのか? てっきり、父さんがお前の親に伝えてるかと思ったんだけど」


「いえ。あの時の会話では、レンさんのことしか言ってませんでしたよ」


「そっか……まあそんな感じで、結構楽しく暮らしてた。でも、六年前の“魔王のいたずら”で父さんが死んだ。二年間くらいふさぎ込んでた……けど、今から四年くらい前に、冒険者学園に“リザードマン”が三体押し寄せてきたんだ。先生も一人死んで……俺が倒して、それ以来自信を取り戻して、今に至る、って感じかな」


「そんな事件があったんですね……次は、私の番でしょうか」


「そうだな」


 ウェルミンは思い出すように俯いて、大体一分ほど間を開けてから、話しだした。それは、俺がかいつまんで話したようではなく、しっかりした物語の様に話し出した。


「——父は、生まれた時からすごく腕のいい鍛冶師でした。鍛冶学園でも、すごくいい成績ばかり残して、周囲に羨ましがられるぐらいに。しかし、父が十代後半のころ、レプラコーン領を出て、この村、“プラコール村”に来たんです。そして、すぐにこの店を建てました。最初のころは、鍛冶妖精が作る武器だ、って評判になったんです。でも、それも長続きはしませんでした。父はすごくこだわる人で、一つの武器を作るのに、何日もかけていたんです。それも相まって、商品は高かったですし」


 なんだろう。似たような話をどこかで……


「そして、どんどん客も減っていきました。そんな中、父が二十代半ばを迎えた頃、店に一人の女性が現れました。私の母です。母はレプラコーンでありながら、武器よりも裁縫が得意という、奇妙な人でした。まあ実際、この出会いが初めてだったわけではないんです。元々二人は同じ鍛冶学園で授業を受けていました。母はよくいじめられていたらしく、父はよくそれを止めていたらしいですよ」


 なんだろう。既視感を感じる。ここまでの話、どこかで似たような……


「そして、二人は結婚しました。それ以来、この店では衣類の販売も始めて、何とか景気を戻すことに成功し、今も店が続いています。結婚から三年後、母が私を身ごもりました。レプラコーンも、人間と同じように胎生なんですよ。知ってました?」


「い、いや、知らなかった……てっきり、周囲の妖精オーラ的なのが集まってぽわーって現れるものかと……」


「ふふ、みんなそんなものなので、大丈夫ですよ。それに、身ごもったはいいんですが……私、もしかしたら生まれてない可能性もあったんです。何があったのか、詳しくは知りませんが、私の出産は、難産だったらしいです。私を産めば母が死に、母が生きれば私が死ぬ……そんな感じだったんです。それで、母はしっかりとその説明を受けて、父の出産反対を押し切り、私を生み、その場で亡くなりました」


「それって……インなんちゃらなんちゃらセントってやつか」


「インフォームド・コンセントですか?」


「そうそれ。あ、わり、話の腰折って。続けてくれ」


 ちなみに、インフォームド・コンセントとは、“転生者”が伝えたらしい、“二ホン”と言う国の、医療的な考え方らしい。医師の説明をしっかり受けたうえで、自分でどうするか決める、ということなのだそうだ。ちなみに、似たようなのに自己決定権というものもあるらしい。


「はい。父は、私が幼いころから、鍛冶と裁縫について、たくさん教えてくれました。鍛冶学園では筆記テストはそこまでできませんでしたが、実習テストでは、毎回一位でした。レプラコーンだから、と周りからは言われましたが、それも気になりませんでした」


 ウェルミンは似てると言った。しかし、似てるなんてものではない。冒険者と鍛冶師、母が生きているいないの差はあるものの、ほとんど一緒だ。両親の関係から、生まれてからの俺たちの生活まで。俺も筆記はまだしも、実習では毎回一位だった。その時、いつものように“庶民の英雄”の子供だからな、と言われていた。気にはしなかったが。


更に言えば、俺の父さんとウェルミンの父さんに関しても共通点が多い。リューゼは生まれつき剣の腕は"転生者"並で、すごく周囲から尊敬されていたらしい。冒険者になった後は、冒険者学園で仲良くなった俺の母さん、フィミルと共に行動し、高難易度のクエストばかりを受けていたらしい。しかし、リューゼが冒険者として活躍しだしたと同時、"転生者"が現れだした。そのせいもあって、高難易度クエストはほぼ消化され、簡単なクエストは弱い冒険者に譲るというのが定義だったらしいリューゼは、受けるクエストがなくなってしまった。


かといって、何もしないわけにはいかなくなり、央都で騎士団に入ったらしい。しかし、そこでも目立った功績は上げれなかった。その時に魔物の集団が央都を襲い、その時たまたま居合わせたリューゼとフィミルは、後に"庶民の英雄"と呼ばれるようになったのだ。それから数年後、俺が生まれた。


ここまでの話を聞いて、俺はウェルミンが他人ではないような気がしてきた。


「……そして六年前、父は亡くなりました。死因は──"魔王のいたずら"です」


「……え?」


"魔王のいたずら"は、ほとんどの死者が冒険者のはずだ。なのに、ウェルミンの父親がそれで死んだ?


「ありえるのか、そんなことが。だって、"魔王のいたずら"の死者は、九割以上が冒険者のはずで……」


「逆に言えば、一割は鍛冶師、農家、酪農家ですよ。噂で聞いただけなんですが、"魔王のいたずら"の死者は、魔王軍の侵攻を食い止めることに一役かっている人ばかりだったらしいです」


レプラコーンの鍛冶師とくれば、勿論魔王軍の侵攻を食い止めるのに、一役かっているだろう。その噂が事実なら、選ばれてもおかしくはない……のだろうか。


「……それ以来、私はしばらく塞ぎ込んでました。お店も閉めて、大体二、三年程です。そんなある日、開いていないはずのこの店に、客が来たんです。その人は、こう言いました。『鍛冶妖精が経営している武器屋だと聞いた。俺の武器を作ってほしい』その時は拒否したんですが、それでも押し切られて……でもその人は、その剣がボロボロになるまで駆使して、今では別の剣を使っているんですが、騎士団の隊長にまで成り上がりました」


今の話から察せられるのは、


「……それが、宮薙潤だった」


「そうです。お世話になった、というのは、その件です。彼にとってはまったく関係ないですが」


"転生者"だったから、というのもあるだろう。しかし、自分の作った武器で騎士団隊長になった。その事実は、ウェルミンを勇気づけるのに十二分に役割を果たしたはずだ。


「それから、お店を少しリノベーションして、今の経営状態になりました。父とは違って、趣味で武器を作って、それを販売。注文を受けたら、冒険者に素材の収集を頼んで、注文通りの武器を作る。衣類に関しても同様です」


「そっか……色々、あったんだな」


「お互い様に、ですね」


似たものどおし、何か通じるものがあったのだろうか。一緒にいると、レイラと一緒にいる時とは別の安心感があった。


「……レンさん。私は、潤さんのことを、優しい人だと認識しています。彼は、王様が企んでいるような不当なものには、許可は出しません。なので、安心して戦ってください」


ウェルミンは商人だ。鍛冶師だから武器を見る目があるのは間違いないが、商人として、人を見る目も鍛えられているだろう。


「……分かった。ウェルとあの男を信じるよ。……そこでなんだが、一つ頼み事があるんだ」

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