第48話

 三日が経った。つまり、今日が宮薙潤との、決闘の日だ。


 現在俺は、央都の中心部に立地している、王城の個室にいる。レイラ達にエルを預け、現在部屋に一人だ。


 決闘のルールは単純で、“プロテクション”を使用したルール。どちらかが降参、気絶したら試合終了。使う武器は自由で、数も不問。俺もルールに則り、秘策を用意している。だが、王が何か企んでいないか——これは大きな問題点だ。


「……何かあったらあったで、その時だ。今は勝つことに集中するか」


 その時、扉がコンコンとノックされた。


「レン様。決闘の準備が整いました。すぐに闘技場の控えまで移動願います」


「分かりました」


 声をかけてきたのは、初めてこの王城を訪れた時に案内してくれたメイドさんだ。


 言われた通り、俺は王城の外れにある闘技場に向かう。室内型で、王城とは打って変わり、暗めな印象を持たせる。


 控室に入ると、黒装束の人物が立っていた。


「……あなたに魔法をかける役割を預かりました、アリーと申します。それでは、魔法をかけますので、私に近くに寄ってください」


 有無を言わせぬ感じで、アリーと名乗る黒装束が話す。俺は「はぁ……」と返事のようなものをして、アリーに近寄る。そして、詠唱が不必要な魔法のため、木製の杖を俺に向けて、


「《プロテクション》」


 魔法をかけた。しかし、この魔法はかつて言ったように、実際にダメージを負ってみなければかかっているかは分からない。それに、ここで自らを傷つけ、余計な魔力を使うのも勿体ない。この勝負、魔法は俺と宮薙潤との間で、唯一俺が勝てる要素なのだ。


 控室の外——つまり、闘技場内部から、音声拡大魔法を使った声が聞こえた。


『これより、央都騎士団前衛隊隊長、宮薙潤と、反逆者レンとの決闘が始まりますっ! この試合は、王直々に行われる正式な決闘です。皆さん、反逆者が痛みつけられる姿を、存分に楽しんでください!』


 何が反逆者が痛めつけられる姿だ。むしろ俺が宮薙潤の泣きっ面を拝ませてやる。


『それでは、先に、我らが隊長、宮薙潤の登場ですっ!』


 闘技場内から歓声が沸き起こる。そりゃあ、そうなるわな。我らが隊長、とか言ってるし。


『続いて、反逆者レンの登場です』


 テンションの下がった声で、俺の名前が呼ばれた。扉が開き、突如明るくなった視界を、目を細めて慣れるまで待つ。


 そして、扉から出た瞬間、太陽の光が俺の目を刺激した。どうやら、闘技場だけは屋根がないらしい。俺が姿を見せた瞬間、ブーイングが沸き起こった。観客たちは、どうやら賭けをしているらしく、魔法によって表示された数字は、俺の方には二、宮薙潤には数えるのも面倒な数が入っていた。そして、俺の数字が三になる。


 観客席を見回すと、ウェルミンの姿が目に入った。どうやら、わざわざ来てくれたらしい。しかも、恩人である宮薙潤ではなく、俺に賭けを入れてくれた。


 遂に、俺と宮薙潤が相対した。



「やっとこの日が来たな。お前、噂に聞いたんだが、“庶民の英雄”の息子らしいな」


「それがどうした。ここで今、俺の両親のことは関係ないだろ」


「そうだな。お前は、俺が倒す」


「俺こそ、負ける気はさらさらないからな。多少卑怯だろうが、勝つためになら人徳だって捨てるつもりでいる」


 軽く言葉を交わし、俺らは試合開始の所定の位置についた。お互いに剣を抜く。


 俺の装備はいつも通りだ。父さんのコートとチェストプレート、ウェルミンの店で買ったその他の服に、ポーチ、そして愛剣。宮薙潤も店で会った時と大して変わっていない。


『それでは——試合、始めっ!』


 司会の声が轟いた瞬間、俺は体が宙に浮いた。


「……えっ?」


 目の前に剣先が迫る。


「——っ! 《フレイムショット》っ!」


 地面に向けて魔法を放つ。爆発の勢いで、その危険地帯から距離をとる。どうやら、開始早々足を払われたらしい。


 立ち込める煙の中、宮薙潤が俺に向けて走ってくるのを察する。


 しゃがんで剣をかわし、前飛びで距離をとり、


「《ウインドカット》!」


 早速魔法を連続で叩き込む作戦に入る。魔法は、基本的に回避でしか避けることはできない。剣で弾いたり、破壊したりなどは本来無理なのだ。


 そしてもちろん、宮薙潤も魔法をかわす。クールダウンが終わった“フレイムショット”を宮薙潤の周りに撃ち込み、“隠蔽ハンディングスキル”を利用して、宮薙潤の視界から外れる。


 煙が消え、宮薙潤の姿が現れた瞬間、俺は奴へと剣を振り降ろす。勿論止められるが、ここからは剣で猛襲だ。連撃を叩き込み続ける。しかし、全て見事に弾かれる。動きで言えば、もしかしたらウィンブルよりもいいかもしれない。


 バックステップで距離をとり、剣を持つ右手を右横に水平に持ち上げて、“ルミナスカリバー”を発動させる。今の俺は、この剣技は最高十連撃まで可能だ。


 その最大火力をもって、宮薙潤に攻撃を仕掛ける。しかし、九連撃をことごとく弾かれ、残り一撃で鍔迫り合いへと変わる。


「どうした、そんなものか。やはりレベル一が相手じゃ、話にならないな」


「っ!」


 宮薙潤の言葉が止まると同時、右手にいままでとは比べ物にならないほどの圧力がかかる。剣を押し返され、俺は仕方なく後ろに飛ぶ。


「手本を見せてやるよ。その剣技は、こう使うんだ」


 宮薙潤が“ルミナスカリバー”を発動させる。最初の突進をなんとかかわすが、すぐに二発目が飛んでくる。宮薙潤は、細かくステップで移動し、攻撃の位置を替えながら攻めてくる。一か所から何度も攻撃を叩き込む俺とは、やはり違う。


 なんとか十七発、弾くことに成功した。


「……反応は悪くないな。だが、これでしまいだ」


 どうやら、まだ連撃が残っているらしい。熟練度は最高二千。この剣技は熟練度が百上がるごとに連撃数が増える。つまり、宮薙潤の剣士熟練度は、ほぼ二千。


 宮薙潤が振り降ろした剣と、俺が横に構えた剣が交錯した瞬間——手汗で剣が滑った。俺は、剣を取り落としてしまった。


「《ウインドバ——」


 防壁魔法を唱えようとした瞬間、腹部を鋭い痛みが襲った。俺は息を、赤い液体と共に吐き出す。服の色が変わり、視界が歪む。宮薙潤の剣から、赤いしずくが滴り落ちた。


 ——やっぱり、こういうことかよ。分かってた。分かってたつもりだった。どうせ、何かある、そう思っていた。こうなることも、予想出来ていた。でも、塞ぎきれなかった。俺が、弱いから。


 遠くでレイラとミフィアの声が聞こえる。エルが鳴いているのも分かる。痛みも、既に薄くなってきた。俺、ここで死ぬんだろうな。ウィンブルとの戦いのとき、一度は覚悟したことだ。今更恐れるつもりはない。つもりは、ない……はず、なのに。


 意識が遠のく。視界はどんどんフェードアウトしていく。死ぬって、こんな感じなんだろうか。だめだ、意識が、もう持続しない。


『まだ、諦めてはだめですよ。あなたには、まだまだ使命が残っているんですから』


 鈴のような声が、頭の中に直接響いた、気がした。意識が戻る。


「おい、しっかりしろっ!」


「だい、じょぶだ……剣を、抜け」


「で、でも……そうしたら、血が……」


「すぐ、に、回復、するから」


「分かった……」


 腹部の異物感が消えた。俺は腹部に手を当て、短く唱える。


「《ヒール……ハイ》」


 淡い光が俺を包み、痛みが僅かに引く。どうやら、九死に一生を得たらしい。


 口の中の血を吐き出す。もう一度だけ回復魔法をかけ、完全に傷を塞ぐ。


「……お前、魔法は掛けてもらわなかったのか?」


 宮薙潤が聞いてくる。


「かけてもらった……はずなんだけどな。どうせ、王が俺のこと恨んで、裏から操ってるんだろ。俺に“プロテクション”をかけないように」


「お前に魔法をかけたのは誰だ」


「確か、アリーって言ってたけど……」


「あいつか……アリー、出てこい!」


 宮薙潤が声を荒げる。そして、俺の控室から黒装束の女性が出てくる。間違いなく、さっき俺に魔法をかけたアリーだ。


「お前、何故魔法をかけていない」


 宮薙潤が剣を向けて問う。その剣には、俺の血がべっとりとついている。


「い、いえ……私は、確かに魔法をかけたはずです……何かの手違いがあったんじゃないでしょうか?」


 アリーがおびえながらも堂々たる態度で答える。裏に王が付いているからだろか。


「……そんなわけがあるか。手違いって言ったら例えばなんだ、言ってみろ」


「そ、それは……」


「……もういい。あまり責めるな」


「だが」


 俺には考えがある。今の言葉も、別に彼女を許すために言ったのではない。俺の第六感は、生物の感情を簡単にだが読み取ることができる。それを活用すれば、彼女が白か黒か、はっきりつけられるはずだ。


「……お前が言うなら構わないが」


「し、失礼しました……」


 アリーが闘技場から出ていく。


『ざまぁみろ』


 その思念が、俺へと伝わった。どうやら、俺の第六感は、一人の相手に全面的に集中すると、その人物の感情を超えて、考えている言葉まで分かるらしい。


「……なんとも、デリカシーのない能力だな」


「それで、決闘はどうする。俺としては、もうやめた方がいいと思うが……」


「続けよう。俺はまだ戦える……っとと」


 血が足りないのか、立ち上がると足元がふらついた。


 宮薙潤の態度や反応から見て、どうやら彼は俺に魔法がかけられていない事を知らなかったらしい。ウェルミンの言っていたことは、どうやら当たっていたようだ。


「まだ、秘策だって使ってないんだからよ。あと少しだけ、戦おうぜ。“プロテクション”は自分で付けるから……《プロテクション》」


 今度は確実についただろう。足元に落ちている剣を拾う。血の付いていないコートで持ち手を拭き、滑らないか確認する。


「……お前がやると言うなら、俺は逃げはしない。例えお前が万全じゃなくとも、俺は本気で行くぞ」


「望むところだ」

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