第33話

「なるほど、そんなことが……ありがとな、助けてくれて」


俺はごつい男──グレーブスに、ミフィアの手伝いをすることになった成り行きを、大まかに話した。勿論、刀使いに襲われていたことも、俺がそれを助けたことも。


現在、俺とレイラとグレーブスは、入口近くの机の周りに置かれた椅子に──どうやら、奴隷の売買に関して会話をするために置かれているらしい──座っており、ミフィアを含む、数人の奴隷が荷物を運んでいる。


入ったばかりの、俺らが今いる部屋は、端的に言えば、ホテルのエントランスに似た造りだ。しかし、カウンターのようなものはなく、入口と、他二つの扉、そして、俺らが座っている椅子と、その前の机くらいだ。


「にしても、このドラゴン……売ったら白金貨百枚は下らないぞ。どうだ?」


「売りませんよ、こいつは俺らの貴重な仲間で移動手段なんですから」


「敬語はいらねーよ。あと、そんな畏まらくてもいいよ、嬢ちゃん。楽にしてくれて」


「は、はいっ」


レイラはさっきから固まっている。もしかしたら、筋肉ゴリゴリに恐怖を覚えているのかもしれない。


「どうした兄ちゃん。そんな目で見るなよ」


俺は現在、疑いの目をグレーブスに向けている。理由はというと、


「……もっと道化かと思ってたのに……イメージと全然違う」


そう。全然俺のイメージしていた奴隷商人と、性格が違うからだ。どっちかというと、レイラの予想が的中している。


どうやら荷物の運搬が終わったらしく、ミフィアがグレーブスに何かを報告してから、ミフィアは俺らの近くにある扉に、他は入口の向かいにある扉に入って行った。


「奴隷によって、行く方向が違うのか……?」


「いや、ミフィアは特別なだけだ。元々はあっちだったんだが、精神障害を起こしてな。止むを得ずこっちに移動させたんだ」


「へぇ……その、ミフィアについて、少し教えてくれないか?」


「なんだ、興味があるのか?」


「私も知りたいっ!」


レイラがはいっはいっ、と手を挙げて訴える。どうやら、緊張していたのではなく、この時を待っていたらしい。


「そうか……まあ、お前らはあいつを非難するような奴には見えないし……教えてもいいか。あいつが獣人だっていうのは、気付いていたか?」


「……全然」


「気付いてた。お尻のところ膨らんでたから、尻尾でもあるのかなぁ、って」


マジか。女子って鋭い。俺なんて全然気にしてなかった。


「流石だな。あいつは獣人──"狐人フォックス"ってんだけど、」


「でも、髪の色が黄色じゃなかったよ?」


髪の色なんか見えませんでしたよ、レイラさん?


「うむ、見えないようにしてるはずなんだが……分かる奴には分かるか。まさにその通りだ。あいつは"狐人フォックス"の中でも特別な、"白狐人ホワイトフォックス"だ」


「ホワイトフォックス……"アマツキツネ"ってやつ?」


「知ってるのか、嬢ちゃん。小さいのに詳しいもんだな」


ちょっと待って、全然分かんないよ!? アマツキツネってなに!?


「……レン、冒険者学園で何習ったの?」


「ゔ……いや、実はな? 魔物の討伐法なら父さんから聞いたのでなんとかなるから、あとは剣と魔法の特訓だけやって、歴史とかそういうのは寝てたんだよ……」


「……よく卒業単位足りたね」


「……まあ、学園の中で一番強かったからな、ははは」


苦笑いで誤魔化す。実際、冒険者学園は単位というものがあり、それが足りないと卒業できない、という制度もある。だが、俺は授業中寝てて、筆記テストの点が悪くても、実技で大抵補えたので卒業は可能だったのだ。


「それで、"アマツキツネ"ってあの反乱の種族だよね?」


「ああ。三十年前の"アマツキツネの反乱"。それ以来、"アマツキツネ"は多くの人に目の敵にされるようになったんだ」


そんな歴史があったのか……全然知らなかった。


「まあ、その辺は自分で本でも読んでくれ……俺とあいつが出会ったのは、八年前のことだ。あいつが五歳の時だな」


つまり、ミフィアは俺と同い歳ということらしい。


「この奴隷売り場を始めたのが七年前でな。あいつは、その前に出会った。村の中を歩いてるとな、路地から腹のなる音が聞こえたんだ。覗いてみると、髪も汚れて、服も布を羽織っているだけだった。今もそのままなんだが……」


ちょっと待て、今のセリフから考えられることは……まさか、


「……ミフィアのあの服の下は、何も着ていないのか?」


「……知らない方がいいこともあるぞ、兄ちゃん」


すっげー気になるけど、ここは話を進めてもらおう。


「進めてくれ」


「ああ……そのまま放置するわけにもいかず、元々奴隷を集めていた立場だった俺は、能力値の高い"アマツキツネ"は高く売れると踏んで、ミフィアを拾って、娘のように育てたんだ。その時はまだ、他の奴隷はいなかったからな。そして一年後、俺はここを開いた」


「そこで、ミフィアも奴隷として売りに出した……と」


「そういうことだ。しかし、流石に他の奴隷と違う対応をする訳にはいかなくなってな。奴隷用の対応を始めたんだ。それまではよく喋ってたんだが、それ以来喋る回数が減ってな。でも、まだその頃は精神の方も安定してた」


「もしかして、精神障害の理由って……買いに来た人から受けた、迫害、みたいなこと……?」


「そういうことだ。その上、奴隷を買うのといえば、大体男だからな……男への恐怖心がどんどん募って、周囲の奴隷ともコミュニケーションがとれなくなって、結局今の状況だ」


つまり、俺がミフィアに避けられていたのは、ちゃんとした理由があったのだ。


「なるほどな……ミフィアと、話って出来ないか?」


「あまり刺激をしないなら、構わんが」


「分かった。出来る限り刺激はしないから、呼んでくれるとありがたい」


「分かった……ミフィア、お呼び出しだ!」


すると、さっきミフィアが消えた扉が開いて、ミフィアがそっと顔を出した。それから身体も晒して──さっきと服が変わってないから、その下がマッパなのか、という疑問に駆られる──、そっと扉を閉める。こっちに歩いてきて、椅子の前に立つ。位置的に、レイラの向かいだ。


「座ってくれていいんだけど……」


「だとよ。座れよ」


ミフィアが小さく頷いて、椅子に座った。未だにフードは被っていて、顔はよく見えないし、髪は上げているのか、額が丸出しになっていて、レイラの言っていた銀髪は見えない。


「えーと……ミフィアはさぁ、ここにいるの、どう思ってるの?」


質問を投げ掛けてみる。これは、どうしても聞きたかったのだ。この奴隷売り場にいると、迫害を受ける。しかし、ここから出たら出たで、多くの人と接することになるのだから、むしろ影響が大きくなるかもしれない。つまり、どこにいようが被害は受けるのだ。それを踏まえての質問だ。


「──」


しかし、ミフィアは言葉を発さない。予想はしていたが、こうも黙り込まれると、無視されているようで地味に傷つく。


そして、俺はおもむろに立ち上がり、剣を抜いた。周囲の三人がそれを見て若干青ざめる。おそらく、俺が無視されたことに怒って、剣を抜いたと思ったのだろう。実際は違うんだけどなぁ……


そして俺は、身体を捻って、剣を右手に持って身体の左側に構える。丁度、右に水平斬りをする構えだ。勿論、この体勢になったのだから、するのは水平斬りだ。


「レンっ!」「待てっ!」二人の声が響いた瞬間、俺は剣を振った。

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