第32話

 俺の目の前には、現在、ちょっとした山があった。何の山か、と思うだろう。その山の正体は——


「……買いすぎだろ」


「でも、これだけいるんでしょ?」


 少女が頷く。そう。目の前にあるのは、少女が必要と買った、買い出しの品なのだ。その量、エルが容易に入るだろう麻袋満杯、約三十袋。その袋一つの重量、およそ十キロ。


「……こりゃあ、エルに骨を折ってもらうしかねえな……はぁ」


「エルの骨折れちゃうの!?」


「ちげーよ。骨が折れるくらい頑張ってくれってことだ」


 レイラの心配をてきとうにあしらい、どうやってエルに運ばすか、思案する。


 俺の持ち物で現在使えそうなものは……


「……これくらいか」


 俺はポーチから縄の束を取り出す。一本五メートルほどの縄、十五本だ。何かに使うだろうと思って入れておいたのだが、まさか、こんな形で使う羽目になるとはな。


「それでどうするの?」


「簡単だ。これで二つの袋を繋いで、エルの背中に引っ掛けるんだよ。そうすれば、簡単に運べる。だから、エルには頑張ってもらうんだよ」


「ふむふむ。頭いいねぇ、レンは」


 いや、このくらいすぐに思いつくだろ。などと思いながら、俺は手早く袋を縄の端に結び付ける。


 それをすべての縄を使い、最終的に二袋が余った。


「んー……これはお前らが持て。俺はエルに指示出さないといけないから」


 別に持っててもいけるのだが、正直めんどくさいので、ここは任せておく。


 いつもの動作でエルには大きくなってもらい、俺はエルの翼の付け根に手をかけ、地面を蹴って勢いでエルに跨る。今回は三人乗りなので、邪魔になるだろう鞍は使わない。俺はズボンを穿いているので、鱗で痛くなることはないだろう。レイラと少女は、我慢してもらいたい。


「よし、レイラ。順番にそれ、こっちに投げてくれ」


「はーい」


 レイラが十キロ近いその袋一つを、俺に向けて両手で「ほっ」と言いながら投げてくる。俺はそれをキャッチし、前から順番に、左右のバランスをとれるようにしながら、引っかけていく。


 全てを引っ掛け、レイラがエルに飛び乗るのに、手を貸す。そして——


「君も乗りなよ」


 立ち尽くす少女に話しかける。しかし、少女は困惑しているのか、唇を噛んだまま動かない。そして俺が大丈夫と声をかけようとした。


「だ——」


「大丈夫だよ。私もレンもエルも、何も悪いことはしないから。奴隷売り場まで案内してよ。私たち分からないからさ。ね?」


 レイラに先を越された。しかしまあ、レイラにはそこまで拒否反応がないから、むしろ良かったかもしれない。


 少女は不安そうな顔をするが、レイラが手を伸ばすと、一瞬触れるのを躊躇ったが、すぐに握って、レイラが引き上げた。


「よし、エル。無理に飛ばなくていいから、ゆっくりあるいて——のわあぁあ!?」


 俺は歩いて、と指示を出したのに、エルは自分の限界を超えようとするかの如く、人間三人に加え、俺らの竜車と重さの大差がない荷物を背に乗せて、飛び上がったのだ。


「お、お前ら、ちゃんと掴まってろよっ!」


 そういうと、レイラが俺のコートの腰の部分を掴んだ。荷物を持っているためだ。俺も急いでエルの背中に両手を付く。少女は、気にしている余裕がない。


「あのおっきい建物?」


 レイラが質問をする。数秒後、


「あのおっきいの目指して!」


 どうやら、今の質問に少女が頷いたらしい。


「よし、エル、ゆっくりでいいからあの建物にぃぃ!?」


 そして、またもや俺の指示を無視して、かなりの速度で飛んだ。距離はそれなりにあるが、一分もたたずに着くくらい、かなり速い速度だった。こいつ、反抗期か?


その間、レイラが「内腿痛ーぁいっ!」と叫んでいたが、ガン無視した。



エルが着地はゆっくりすると、俺はエルから飛び降りる。


「レイラ、荷物こっちに投げ落としてくれ」


「むぅ……」


何故か膨れるが、やはり荷物は自分のものではないので、まずは縄で結べなかった荷物を、慎重に俺の方に投げ落とした。俺もそれを慎重に受け取り、扉の近くに置いていく。少女に持ってもらっておいた荷物も受け取る。次は、縄で結んだ荷物だ。


「縄で持ち上げて、こっちに落としてくれ」


「はいはーい」


レイラは近くの縄から、「よいしょぉ〜っ!」と、少女らしからぬ掛け声を上げながら、持ち上げて「いくよ」の掛け声で落としてくる。俺はレイラが持ち上げる方でない荷物を持ち、レイラが落としてくるのを受け取る。


全て終わると、レイラが降りてくるのを手伝い、レイラが俺が距離を置かれている少女の降りるのを手伝う。これで、後は荷物を奴隷売り場に入れれば終わりだ。


「騒がしいな。何かあったのか?」


その時だった。奴隷売り場の入口の扉が開いて、一人のごつい男が出てきた。かなり鍛えているのか、筋肉がすごく、声もバリトンで響く。目は体格ほどキツくなく、どっちかというと穏やかそうだ。頭には布を巻いていて、髪があるのかどうかは分からない。


 その男は、少し周囲を見渡してから、俺が助けたフードの少女が視界に入った瞬間、


「なんだ、ミフィアじゃないか。そっちの二人は、お前の知り合いか?」


 少女が首を横に振る。もしかして、この男が言った“ミフィア”というのが、名前なのだろうか?


「えぇと、俺ら、道中でこの子に会って、買い出しの手伝いしたんですけど……あの、あなたがもしかして、この店の店主ですか?」


「ああ、そうだが。もしかして、兄ちゃんは“転生者”なのか?」


「いや、よく言われますけど、違います。完全にこの世界の人間です」


「ふむ……まさかとは思うが、そのドラゴンは——」


 この後に何が続くのか察した俺は、その後の言葉を繋げる。


「クリスタルドラゴンですよ、正真正銘の」


「まさか、本物を見れる日が来るとはな……」


 正直言うと、卵から生まれた時点でそこまでレアではないんじゃないか、と思っていたのだが、こうやって俺ら以外の人と会わせてみると、反応からレアなんだということが伝わってくる。俺、運の悪さは自慢できるくらいだったけど、こうなるとそれも怪しいな。


「どうだい、ちょっと中で話でもしないか? 奴隷も見ていってくれていい」


「それじゃあ、お言葉に甘えて。エル、戻っていいぞ」


 クルルと鳴いて、収縮する。そして、安寧の地だとでも言うかのように、俺の頭に乗ってくる。


「……どういう原理だ」


「さあ、俺らも分かりません」


 男の呟きに、軽く答えておく。実際分からないが。

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