第31話

"スレーブ村"に着いて、一晩が経った。昨日はあのまま熟睡してしまい、結局風呂も飯もなしの状態だった。


朝になって目が覚め、風呂に入って飯を食い、現在はレイラと二人で村を探索中。街と言っても過言ではないくらい広い。


「にしても、流石は私服産業が盛んなだけはあるな。私服店ばっかだ」


「ばっかじゃないでしょ。他にもあるじゃん」


と、レイラは言っているのだが、現状半分近くは私服店だ。他は食料店か、宝石店だ。細かく言えばもっとあるが、基本的にその三種類ばっかだ。


その時だった。俺は、第六感で感じてはいけない気配を感じ取った。


「……レイラ。しばらくエルを頼む」


「え、は? 急に何?」


俺は、頭の上で寛いでいるエルを、レイラに手渡す。レイラがエルを両腕で抱え込んだのを見送り、俺は全速力で駆け出した。感じた気配は──殺意だった。それも、魔物ではなく人の。殺意のそばには、一人だけ人の気配があった。


レイラが「どうしたのっ!?」と叫んでいるが、今は気にすることが出来ない。もしかしたら、その殺意ではない気配を持つ人物が、殺されてしまうかもしれないからだ。



「おいっ、なんとか言ったらどうなんだっ!?」


腰に曲刀を剣帯で吊るした、髪で右眼の隠れた男が大声をあげる。男の目の前にいるのは、フードを目深く被り、光の失われた青色の瞳で、フードの下から男を見上げる一人の少女だった。


「ごめ……ぁぃ……」


聞き取るのも困難な声で、少女が謝る。しかし、


「ああ? なんだって? もっとデカイ声で言えよっ!」


男が地団駄を踏み、ダンッという音が響く。


「め……ぃ……」


さっきよりも消え入る声で謝る。男の左眼に、殺意の光が増していく。それと反比例して、少女は目に涙を浮かべる。


「あぁもーいい……ムカつく。死ね、奴隷のガキ、、、、、が」


男が腰の曲刀を抜き去る。そして曲刀を振り上げ、振り下ろ──


「させるかっ!」



俺は全速力で走り続けた。殺意の気配は、少しずつ濃くなっていく。もう一つの気配から感じるのは、まだ細かくは分からないが──恐らく恐怖だろうか? そっちも少しずつ濃くなっていく。


「こっちか……間に合ってくれ……っ!」


足を止めずに、気配のある場所へ向かう。レイラとエルの居場所は、俺が最初駆けて行った方に向かっているらしく、今も移動している。


気配にどんどん近付く。


そして、残り数メートルになった。ここは、どうやら住宅街の密集地らしい。その少し外れに、その二つの気配が存在する。


次の瞬間──ジャリィィン!


「──っ!」


今のは間違いなく、剣を鞘から勢いよく抜く音だ。残りは目の前の角を曲がって、路地裏的なところに入るだけ。


そして、勢いを少し落として、角を曲がる。視界に入ったのは──曲刀を振り上げる男と、その奥にいる焦げ茶色の全身を覆える、フード付きマントを着た、恐らく少女だ。男は曲刀を、今にも振り下ろそうとしている。


俺は地面を蹴って飛び上がり、横の壁を蹴って方向を変える。そして、そこでレイラにレンも使えた方がいいよと勧められて覚えた、"体術スキル"の武技、"オーバーヘッド"を繰り出す。"オーバーヘッド"は、転生者が名付けたらしく、上から蹴り落とすような攻撃だ。


「させるかっ!」


そして、男の右手を蹴り落とす。


「ぐあっ」


男の持つ曲刀が地面に突き刺さる。俺は右足から着地して、少女を守るように構える。


「なんだてめぇ……その奴隷のガキの仲間か?」


「奴隷? ……いや、俺はただの通りすがりだ。この子とは初対面だ」


「なら邪魔すんなよ……そいつは俺に喧嘩売ってんだからよ。殺しても問題はねぇだろ?」


問題しかねーよ!


「悪いけど、俺は誰かが死ぬのが嫌いなんだ。それが、人や魔物の手によるものなら、尚更だ」


「けっ、そんな綺麗事通用するかよ。この世の人間は死んでなんぼだ。生きるなんてどっちみち価値ねえんだよ」


「そんなことあるか! 冒険者なら、苦しむ人を助けるのが役目だろ。生きる価値は、その人のやることに関係する! この世界は全ての人がそれぞれ役割を持ってるんだ。だから、生きる価値のない人なんかいない!」


俺は声を荒らげて男に言い放つ。綺麗事、結構だ。なんとでも言えばいい。だが、これは俺の本心なのだ。誰になんと言われようと、俺は誰にも死んでほしくないし、生きる価値は全ての人にあると信じる。


「けっ、綺麗事並べやがって……それこそ、俺らは魔物から守ってやってんだ。それなら、奉仕をしてもらっても、それが生きる価値なんじゃねーのか? ああん?」


男は俺の言葉を肯定した上で、更に自分の意見を押し通そうとする。


「村の人達は税金を払っている。作物を作っている。俺たちを支えてくれているんだ。そこに奉仕なんか、必要ない。それだけ尽くしてくれているのに、それ以上を望むのは本末転倒だ」


「はぁ? 税金? そんなの、これっぽっちじゃねえか。報酬金の一部でしかねえんだぞ? それで貢献とか、笑わせてくれるぜ。作物も、俺らがいなきゃろくに作れねーくせによ」


男はくっくっと笑いながら言う。流石に頭にくる。しかし、なんとか怒りを抑える。


「お前には、冒険者の誇りがないのか? そんなんで、冒険者をやっているのか?」


「ああん? さっきから綺麗事並べまくりやがってよぉ……ガキのくせに、大人を馬鹿にしてんじゃねえぞオラ!」


男が地面に刺さった曲刀を抜こうとした。しかし、男が力を入れた瞬間、──パキンッ


「──っ!」


曲刀が半ばから折れた。しかし、原因は既にわかっている。


「その刀には、欠けがあった。自分の身を守る武器の手入れも出来ない奴に、人なんか守れない……それこそ、奉仕を求める資格なんかない。わかったら、とっとと失せ……」


男が曲刀を投げ付けた。俺に向けて、逆手で。


運悪く、俺の右頬を刃が掠めていった。頬に切り傷がつく。


「面白くねえ……覚えてろよ、ガキどもが」


男はそのまま、悪態を吐きながら路地から出て行った。


俺は深い溜め息を吐き、後ろにいる少女に視線を向ける。


「大丈夫?」


しゃがんで視線を合わせて聞くと、


「──っ!?」


「え……?」


すごい拒絶されたような気がした。目を見開いて、俺から距離をとろうとしている。どうやら、怯えているらしい。


「レン〜……やっと見つけたぁ〜……」


その時だった。レイラが姿を見せたのは。エルが羽ばたいて俺の頭の上に乗る。ホント、こいつ俺の頭の上好きだよな。


「悪い」


急に走り出したことを苦笑しながら謝る。


「それで、何がどうなったの?」


レイラが息を切らしたまま聞いてくる。俺は起こったことを大まかに話した。


「──なるほどねぇ。この子?」


「そう」


フードのせいで、顔はよく見えないが、可愛らしい顔をしていると思う。ただ、人を恐れている節があるが。


「首輪、だね……」


「ん?」


レイラが俺と同じようにしゃがんで──何故か拒絶されない──、少女を覗き込む。そして、そう呟いた。


「奴隷紋、ある?」


少女がピクっと反応を見せるが、すぐに右腕を持ち上げて、裾をめくる。そこには、青色、、の魔法陣が描かれてあり、それがおそらく奴隷紋というものだろう。


「青いね……まだ売られてる身ってことか。なんで外にいるの? 逃げ出した?」


少女が小さく首を横に振る。


「違うか。じゃあ、なんで?」


レイラが今度は、正解を求める質問をする。少女は迷っているようだが、やがて決心したのか、小さな声で


「……ぃ、だぃ……」


そう言った。俺にはなんと言ったか全く分からなかったが、レイラには通じたのか、


「買い出しかぁ……奴隷商さんも、奴隷使い荒いねぇ。何か手伝えることってある?」


俺らもどのみち、今日明日には奴隷売り場は寄る予定だった。なので、この子づてに寄るのも、なんら問題はない。


少女は再び迷っていたようだが、おもむろに立ち上がり、


「……ぃて、きぇ……」


そう言った。


「分かった」


相変わらず俺には何を言っているか、特定に時間がかかるが、今回は二人の感じから、「着いてきて」と言ったことを悟った。

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