第30話

"スレーブ村"に入った。門自体がすげーでかいし、それを何らかの方法で、人力ではない方法で開けたのだ。魔法かと思ったが、魔力を使った痕跡は見つけられない。


「……どうやって開けたんだろうな、あれ」


「魔法じゃないかな。ギルドにある機械と似た感じの」


「ああ、納得」


村に入ると、当然のことのように視線が集中した。


「あれって、クリスタルドラゴンだよな……」「クリスタルドラゴンに馬車を引かすとか、どんな贅沢だよ……」「お母さん、すっごいキラキラしてるねっ! あれってドラゴン?」


といった、様々な声が聞こえてきた。レイラは馬車の中に隠れて、姿を見せないようにしている。ちなみに、"リララ村"でも、こんな感じだった。


俺は別に慣れているわけではないが、人の視線をスルーするのは学園の時からよくやっていたし、このコートのおかげもあって、"隠蔽ハンディングスキル"で存在感を薄くすることができる。場合によっては、俺は業者台に乗っていないも同然になるのだ。エルが勝手に引いている馬車、ということになる。


しかし、かといってこのまま村の中を移動し続けるわけにはいかない。誰かに宿の場所を聞かなければならないからだ。


そこで、馬車を一度止めて、近くを通っていた中年の男性に声をかけた。


「あの、すいません」


「は、はあ……なんでしょうか?」


目立つから関わらないでくれ、という気持ちがヒシヒシと伝わってきた。ほんと、すみません……


「えぇと……この辺に、馬車の置ける宿ってありますか? できれば、ペットがいけるところがいいんですけど……」


「それなら、村の南の方に"隷紋ホテル"というところがある。そこなら、馬車も置けるし獣人とかも連れて行けるから、ペットも大丈夫だろう」


「ありがとうございます」


礼を言って、迷惑料として銅貨を一枚手渡し、南に向かった。"スレーブ村"は、西門から入るので、右側に進めば、その"隷紋ホテル"も見えてくるはずだ。



「うおおおおぉぉぉ〜〜〜っ!!」


レイラがすごい声を上げた。しかし、その気持ちも分かる。俺も、もう少しで「うおおおおぉぉぉ」と叫びそうになった。


俺達は、あの男性から聞いた通り、南に向かって、"隷紋ホテル"へと来た。そして、エルを縮小化して中に入ったところ、想像以上の光景を目にしたのだ。


超高価そうな床、壁、天井。更に、央都ですら見かけることはほとんどないと言われている、ガラス張りの窓。いつもの宿は木製の内開きの扉を開け閉めするタイプなものだから、初めて見るガラスに目を奪われた。


そして、カウンターに立つ男性も、すごく気品溢れる人で、髪も整え、服も整え、姿勢も整え。全てが整った、完全体とでも言いたいくらいだった。


「レンっ、すごいっ、超すごいよっ!!」


「はいはい、すごいすごい、落ち着け落ち着け」


俺はレイラの頭を押さえて、今にも飛び跳ねそうなのを止める。しかし、俺もこの興奮を隠すのが精一杯だ。一瞬でも気を抜いたら、レイラと同じようになるだろう。


奴隷も入れることが出来る宿と聞いたものだから、もっと古めかしくて、野蛮な感じに思っていた。しかし、ここまで高価なところだとは、誰が思ったことだろうか。周囲の人でさえ、貴族的な高級感がある人ばかりなのだ。エルがいなければ、俺らは間違いなく場違いな存在だっただろう。


 俺はカウンターに近付き、さっき俺が完全体と評した男性に話しかける。正直、追い返されそうで怖い。


「宿泊と馬車置き場を借りたいんですけど……」


「こちらで承っております。何日の宿泊でしょうか?」


「えと、何日かは分からないです。しばらくこの村にいるので、後払いとかできます?」


「承知しました。その小さなドラゴンは?」


「えぇと……」


 一応さっき道端で聞いた時はペットと言った。しかし、本当にペットでいいのだろうか? とは思うものの、他に表し方が思い付かなかったので、結局、


「ペットです」


 と言っておいた。


「かしこまりました。人数と部屋の数をお願いします」


「二人と一匹で、部屋は一部屋でいいです」


「ベッドはシングルとダブル、もしくは二つの部屋がありますが、どうしましょうか?」


 シングル? ダブル? 何それ。


 俺はいつの間にかすぐ横にいたレイラに、どれがいいか聞いてみた。


「んー……じゃあ、ダブルで」


「かしこまりました。それでは、このお部屋をお使いください」


 そして、男性が鍵を渡してくる。鍵は意外と普通で、リューレン村で泊まった、あの分業宿のと、大差はないだろう。


「それでは、馬車置き場を案内いたしますので、馬車までお願いします」


 俺は言葉に従い、ホテル前に置いてある、馬車まで男性を案内した。そして、馬がいないことに疑問符を浮かべていた。


「あの、馬は……?」


「エル、頼んだ」


 エルがクルルとないて、羽ばたいて前回りと言う、いつもの動作をして、巨大化した。近くですると俺らが巻き込まれることは、ホーセス村での練習で学んでいるため、少し距離をとって、だ。


 勿論のごとく、男性は驚きの表情を見せた。


 しかし、俺はその男性を放置して、エルに手綱を着け、馬車を繋いだ。いや、むしろこれは馬車と言うより、竜車だな。基本的に竜車は地竜が引くものだが。


 俺が業者台に座ると、慣れだろうか、本来の仕事を思い出して、驚き冷めやらぬといった状態のまま、俺らを案内した。レイラは馬車の外で男性の横をついて行く。馬車置き場は、ホテルの裏手にあった。その横は厩らしく、馬が何匹かいた。


 ホテルの中に戻り、男性に見送られて俺らは鍵に書かれた部屋へ向かう。307号室らしく、数字からしておそらく三階だろう。エントランスの端に行くと、階層転移装置があった。


「三階っと」


「こんなのあるんだねー。初めて見た」


「同じく」


 壁を筒状にくりぬいたような感じで、足下にはどうやら、特殊な魔法陣が描かれていた。この下に魔力石があるらしく、魔法陣で転移魔法、魔力石で魔力の補充、といったところだろうか。


 三階のボタンを押した数秒後、身体が光に包まれて、浮遊感があったかと思うと、気付いた時には三階へと着いていた。まさに瞬間移動だ。


「うわぁ~……」


 レイラが階層転移装置から出て、目の前にあるガラスから外を見た。見えるのは建物ばかりだが、高いところから景色を見るなんて、めったにあることではないので、俺もこの景色を綺麗だと思ってしまった。


「こんなに高いところに来たの、初めてかも……」


 カカリ山登ったろ。と、言いたくなったが、俺らが登ったのは中腹までで、そもそもカカリ山は頂上に行かないと、木が邪魔で景色は臨めない。なので、そういう意味を込めえての初めてなのだろう。俺はカカリ山の頂上なら登ったことがあるので、初めてというわけではない。でも、最後に登ったのはいつだったか……


「レン、部屋行こっ。早くゆっくりしたいっ!」


「はいはい」


 苦笑いしながら答える。父さんとの思い出に、感慨に耽ろうとしたところで、邪魔をされたが、耽ってしまったら、その後がどうなるか分からないので、むしろ良かったかもしれない。


 部屋はエントランス同様、スゲー広くて、綺麗だった。床はカーペットが敷かれ、窓は勿論ガラス。正直、後払いで払えなかったらどうしよう、と思いつつ、俺もこの部屋を堪能することにした。


 飯や風呂は、このホテル内で済ませられるらしい。なので、今日はゆっくりのんびりすることにした。長旅——と言うほどでもないが、一週間ほどの疲れが残っていたので、ベッドに入った瞬間、レイラが隣にいることも気にならないまま、即行眠りに落ちた。

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