第34話
剣を振った──といっても、別に殺すつもりはまったくない。グレーブスに当たらないように注意しながら振り、ミフィアの首筋ギリギリで止める。
ミフィアは案の定、目を閉じている。ほか二人は立ち上がって固まっているが、俺が剣を止めたので、とりあえずは僅かに落ち着いたようだ。
「そういうことか……」
俺は剣をしまう。
「……どういうつもりだ。刺激はするなと言ったはずだ」
ただでさえ低いバリトンボイスを、更に低くして、唸るような声で俺に尋ねる。
「そうだな。刺激したことは謝る。ミフィアも、怖い思いさせてごめんな」
おそらく、頭を撫でようものなら拒絶されそうなので、言葉で謝っておく。
「これ、俺の父さんがしてた儀式みたいなものなんだよ。父さん曰く、これで反応によって、何が怖いのか分かる。らしい。でも、実剣が飛んでくるんだから、ビビらない方がおかしいし、絶対に剣にビビるんだから、他にビビるものなんか分からないのにな」
俺が苦笑しながら、今の動作の説明をする。
「ただ、受けたこともしたこともある……まあ、今初めてしたんだけど……俺が感じることは、これは単なるマッチポンプなんだと思う。怖い思いさせて、それをした本人が謝って、……そうして仲直りして、仲良くなろう、ってことだと思う。それに、死の恐怖を与えることで、他のことが怖くなくなる、なんて希望的観測もあったのかもしれない」
今、実際にミフィアにやってみて分かった。この儀式は、される側とする側の仲を深める上で、される側のメンタルを強める儀式なのだと。何が怖いのか分かる──確かに、間違いではないかもしれない。だって、死以上に怖いものをなくすためにするのだから、怖いものは死だけだと分かるのだから。
「てな感じで、少しは効果あってほしかったけど……そう簡単にゃいかないよな〜」
勿論ミフィアは、俺を拒絶の目で見ている。いや、むしろ悪化しただろうか。父さん、これ効果ある人、少ないかもよ?
「なあ、グレーブスのおっさん」
「なんだ、イカれた兄ちゃん……」
「その呼び名はやめてくれ……ミフィアって、いくらで売ってるんだ? 娘みたいに大事なのは分かるけど、結局は売り物なんだろ?」
「レン、そんな言い方は……」
「……売ってはいる。だが、お前がミフィアを大切にするか、これが俺が売る条件で一番大事にしていることだ」
「分かってる。酷いことはしないよ、俺からは。……ミフィアは、このまま売り場にいるのと、俺らと旅に出るの、どっちがいい?」
視線を向けて聞いてみる。さっきのやつのせいで、ちょっと拒絶の意思が強くなった気もするが、何故かそれ以外の感情も感じ取れる。しかしそれは、拒絶でないだけであって、好意とか仲間の情とか、そういうんじゃなさそうにも見えるが。
「俺らは戦える。外に行って、魔物に襲われたら守ってやれるし、誰かに悪口を言われたら、庇ってやれる。お前が強くなりたいと望むなら、その手助けもしてやれる。でも、ここにいたらいつまで経っても同じままだ。生きてるなら、変化は必ず起こる。それを恐れて、いつまでも引きこもってたら、ただ腐るだけだ。誰かの手を取るのも、人生において大事なことだぞ」
「──」
ミフィアは俯いた。俺の言葉をどう受け取ったか──俺には分からない。
俺はゆっくりとミフィアの横に移動する。グレーブスが止めようとするが、結局動かない。
「旅に出れば、楽しいことがいっぱいある。一人で寂しく引きこもってるより、みんなで旅をして、笑い合って、喧嘩して、仲直りして──たまに怖いこともあるけど、みんなといれば、それよりも楽しいことが多くなる。綺麗事に聞こえるかもだけど、これは本当だ。俺が保証する。ミフィア、お前は……怖いのか? 一人が」
ミフィアが震える。迫害され、閉じ込められ、一人になって、誰ともコミュニケーションも出来ず。レイラも似たような状態だが、それよりも酷い。精神障害も頷ける状態だ。レイラの時と同じ方法で助かるか──心配ではあるが、試した方がいい。効果があれば、ミフィアは救われるはずだ。つまり、──人の体温を与えることだ。
「嫌なら、突き飛ばしてくれ」
俺はミフィアの頭を胸に抱き入れた。ピクっと反応はするが、拒絶の反応はなかった。受け入れた──と考えていいのだろうか。
そっと頭を撫でる。拒絶は──されない。
「……ゎた、しを……」
「え?」
ミフィアが喋った。
「わた……し、を……見捨、て……なぃ?」
消え入るような声で、途切れながら聞いてくる。「見捨てないのか?」と。
「ああ、見捨てない。俺が生きている間、ずっと君のそばにいる。約束するよ、絶対に」
「……ほん、とぃ? みぅて、なぃ……?」
「ああ、見捨てない。安心してくれていい」
肩が何度か、ピクっと跳ね上がる。跳ねるのと同時、鼻をすする音が聞こえる。泣いている、らしい。
それからしばらく、ミフィアは泣き続けた。ここにいる誰も、何も喋らなかった。ただ、ミフィアが泣いているのを見つめ続けた。
♢
十分、くらいだろうか。ミフィアは泣き続けた。チェストプレートに額を当てていたせいで、額は赤くなっていた。泣いたせいで、目尻が赤く腫れていた。
そして、自分で被っていたフードを脱いだ。フードの中に折り込まれたいた銀色の、長い前髪がふさっと顔にかかる。長すぎて、顔がほとんど隠れている。そして、その銀髪の中に、三角形の耳がひょこっと現れる。
「……助け、て、くれる……の?」
「勿論だ」
「……じゃあ、一緒に……行きたぃ」
グレーブスが驚きの表情を見せる。レイラは安堵だろうか。
「グレーブスのおっさん、いいよな?」
「……はぁ。ミフィア自身が選んだ答えだ。俺はこいつの意思を尊重する」
「そうかい……それで、いくらだ?」
「タダだ」
「……もう一回言ってくれるか?」
「タダだと言ったんだ。ミフィアは俺の娘だ。結婚する娘の相手に、金を貰うものか?」
「いや、まあ、そうだけどさ……」
結婚という言葉を聞いて、マレル村を出た時のことを思い出すが、なんとかして記憶の奥底にしまう。
「ミフィアを売るってことは、お前は労働力を失うんじゃないか? いつも、買い出しは任せてたんだろ?」
実質、無料にこしたことはない。だが、俺としてはそれは少し納得がいかなかった。
「別に構わん。ミフィアはお前が連れて行け」
「あー……ここに台車みたいなのはないのか?」
「あるにはあるが……向こうの部屋だ」
グレーブスがミフィアのいた部屋を指す。
♢
「うわぁ……」
底には穴が空き、車輪は外れている。
「まさか……直すのか?」
「……出来る限りはやってみる」
そして、俺は作業を開始した。
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