第28話

 俺たちは、悩みに悩んだ。結果、エルを部屋から出すのは、正直無理だ。そう結論づいた。


「でもだからって、出さないわけにはいかないよな……」


 エルは未だに夢の中。一向に起きない。起きたら起きたで、立ち上がって尻尾で壁ぶち破られるかもしれないが。


「とりあえず起こさない? 張本人が寝たままじゃ、どうにもならないでしょ?」


 レイラが俺のさっきの心配をかき消すかのような発言をした。


「……でも、それもそうなんだよなぁ。エルにもし、何か特殊な能力があるなら、起こさないとなぁ……あるわけないけど」


「エルー。起きてー」


 レイラがエルの鼻先をバンバン叩いて起こそうとしだした。


「おいぃっ!?」


 急いでレイラをエルから引き剥がす。


「ばっかじゃねえの!? あれでエルが暴れでもしたら、どうしてくれんだよ!?」


「うぅ、だってぇ~……レンに無理やり起こされて、ちょっとムカッてしてるんだもん……」


「その件は悪かったって! だから頼むから、エルを起こすのは優しくしてくれ!」


「むぅ……じゃあ、今度ご飯奢ってね」


「はいはい……」


 バカめ。俺がご飯を奢るということは、お前の金も減少するということだぞ。俺等の金は共通なんだからな。


「それで、どうやって起こすの?」


 と、言われてみたものの、起こし方など分からない。俺はどっちかというと、起こされる側なのだから。


 なので、エルの顔の前に移動して、「起きろー」と呼び掛けてみる。すると、エルが鼻をフルルル、と鳴らして、ゆっくりと目を開いた。そして、鋭い眼光で、俺に琥珀の瞳を向けてきた。


「お、起きた」


「……なんで、私が乱暴にしたときは起きないで、レンが優しくしたら起きるのかなぁ……」


「そりゃ、俺が親だからじゃないか?」


 そう。俺はエルの刷り込み相手に選ばれたのだ。だから、エルは親である俺の声に反応したのだ。


 しかし、エルが起きたところで部屋を出せるわけじゃない。なので、「じっとしてろよ」と告げてから、レイラの元に向かう。


「それで、どうするんだ?」


「どうするもこうするもないよ。もう、部屋を壊さないと出れないもん」


「……それはやめた方がいい。修繕費が絶対かかる」


「だよねー」


 結局、エルを外に出すにはこの家を壊すしかないのだろうか。そして、俺はこんな呟きを漏らす。


「……エルがもう一度、あのサイズに戻ってくれたらなぁ」


 次の瞬間、エルの姿が消えた。


「「……え?」」


 俺たちは同時に驚きの声を漏らし、固まった。しかし、エルは消えたわけではなかった。簡単に言うと、


「縮ん、だ……?」


 視線を下に向けて見たエルは、昨日一日中見ていた姿と、大差——いや、まったく一緒だった。白銀に輝く羽毛に包まれた身体。さっきまでとは比べ物にならない、つぶらな瞳。まさしく、昨日の生まれたばかりのエルの姿だ。


「どうなって、るんだ……?」


「さ、さぁ……夢でも、見てるのかな?」


「いや、そんなはずは……」


 頬をつねってみる。痛い。間違いなく現実だ。いや、これで確かめられるかは知らないし、この頬をつねるという確認法は、すごく古いが。


「とにかく、外に出てみる? 今なら、出れそうだし……」


「……そう、だな」


 俺らは、エルを俺が抱き上げて、部屋から出た。すると、どうやら馬の世話を終えて、体を洗ったばかりのホウロウさんがいた。この村に風呂などあるわけがないので、勿論水浴びだが。


「どうした、騒がしかったが……む、成長はしておらんのか」


 髪を濡れたまま、薄着で話しかけてくる。この姿はこの一週間、何度か見かけたのだが、どうしても豊満な胸が強調されてしまい、視線をそらしてしまう。


「いや、成長したのかどうか、よく分かんないんですよ……なんで、今からそれを外で確かめようかと……」


「人の目を見て話さんか。礼儀悪く見えるとさんざん言っておろうが」


 そうだけど! そんなんだけどっ! 年頃の男子の前でそういう格好するの、控えてくれませんかねえ!? レイラと風呂入った時もそうだったけど、思ったより俺って女子の胸とか裸とか、苦手なんですよっ!


 声を大にして言いたかったが、流石にこれは言えない。そして、俺が大丈夫な女子の胸や裸は、家族限定だ。つまり、エミと母さんだけ。あの二人、元気にしてるかなぁ……


「えっと、多分レンは、ホウロウさんの格好を気にしてるんだと思います。レン、その……エッチなことには敏感なので」


 レイラが苦笑しながら説明した。確かに合っている。合ってはいるのだけれども……っ


 もっといい方あんだろぉがっ!?


「ふむ、そういうことか。それは済まん事をしたの。もっと早く言ってくれればよかろうに。おっと。話がそれてしもうたな。外で何をするんじゃ?」


「ええと……」


 早く着てください、いつもの厚着を。目を逸らしたまま話すとか、俺自身結構悪く思ってるんですから。


「外で、エルが成長してるのか、試そうかと……」


 この説明は、正直合ってる自信はない。しかし、胸のことで頭がいっぱいで、他のことに気が回らないのだ。煩悩とは、恐ろしいものだ。


「ふむ。では、わしも拝見させてもらうとするかの」


 そして、やっとのことで自分の部屋に入り、厚着を着てきた。俺の精神はボロボロだ……



 外に出て、俺はエルを地面に降ろした。エルはそのつぶらな瞳で俺を上目遣いに見つめてくる。なんかこう、ぐっとくるものがあるな。なんだろう。これが父性というものだろうか。


「よし、エル。大きくなれるか?」


 この指示で合っているだろうか。しかし、これ以外にどう言えばいいのだ。さっきの姿になってか?


 そして、俺の指示を受けたエルは、翼をはためかせて空中に浮いたかと思うと——いつの間に飛べるようになったんだ——、くるりと前回りに回転した。次の瞬間、


「のわっ」「おっと」「ひゃあっ!?」


 急に巨大化したエルから距離をとるため、俺らは驚きの声を上げながら、それぞれ一歩後ろに下がった。そして、高さは約二メートル、全長四メートル近い、鱗が光り輝く、成獣のクリスタルドラゴンへと、姿を変えた。


「ふむ。変身みたいじゃな」


 いや、どう見ても変身だろ。


「成長はしていたみたいじゃな。ただ、体のサイズを変えられるという、特殊な体質を持っておる……というところじゃろうか」


 何故かホウロウさんは、そこまで驚きを見せていない。レイラに限っては、悲鳴まで上げていたというのに。


「驚かないんですね……」


「まあの。体のサイズを変えれる体質、というのは中々聞かんが、おってもおかしくはないじゃろうな。じゃが、何があっても驚かんつもりでおったが、実際意外と驚いてるんじゃぞ? 内心では」


 内心だろうが。表に出さなきゃ分かんねえよ。というか、今日俺ホウロウさんへの無言のツッコミ多いな。


「ふむふむ。これは便利な能力じゃのう」


「エル、戻っていいぞ」


 俺が言うと、エルはさっきと同様、体の大きさを元の子供サイズに戻した。


「エル凄いねーっ! 体の大きさ変えれるんだぁっ!」


 レイラはエルを抱き上げ、子供の様に(実際子供だが)頬ずりをしだした。まあ、ほほえましい光景ではあるが。レイラの金髪と、エルの銀色が、すごく輝いている。なんというか、豪勢な雰囲気を感じえないな。金と銀といえば、超高級品だし。そもそもエルはクリスタルドラゴンだから高級だけど。


「さて、今日はどうするつもりじゃ?」


「えーと……鞍ができてるなら、とりあえずエルの飛行の訓練したいんですけど。できてます?」


「勿論じゃ。そんなこともあろうかと思って、しっかり作っておる。死んでしもうたシュンのとこの馬の皮を使ったんじゃが、なかなかに強度はあるぞ」


 うわ、それ滅茶苦茶使いにくいやつじゃん。気持ち的な面で。


「えーとまあ……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


「うむ。少し待っとれ。持ってきてやるわい」


 ホウロウさんが家の中に入り、二分ほどして出てきた。その手には、茶色のものが持たれていた。


「こっちが手綱で、こっちが鞍じゃ」


 ホウロウさんが手渡してくる。確かに、強度は凄くよさそうだ。


「レイラ、エルこっち持ってきて」


「はーい」


 レイラがいつの間にやら遊んでいたエルを連れて、こっちに駆けてきた。エルは既に、空を飛んでいる。


「エル、大きくなってくれ」


 クルルと一声鳴き、再び前回りしたところで、巨大化した。この前回りの意味と、巨大化の原理はいまいち分からないが。


「よし。これ、どう着けるんですか?」


「翼の周りに掛けて、鞍をつけい。手綱は首にその首輪を巻いて着ければよい」


 言われた通りにつけてみる。すると、寸法も図ってないはずなのに、ぴったりだった。


「どうじゃ?」


「ぴったりです。エルも嫌がってる感じないですし」


「ふむ。ならよかったわい」


 そして、俺はエルの背中に着けた鞍に跨る。


「エル、飛べっ!」


 俺が叫ぶと、エルが翼をはためかせて、飛び上がろうとした。しかし、上手いこと上がらない。


「……あれ?」


「もしや、鞍が邪魔なのか?」


「いや、そうじゃないみたいですけど……ああ、なるほど……」


「どうしたんじゃ?」


「慣れてないだけです」


 ホウロウさんとレイラが、ずっこけた。まあ、そりゃそうなるだろう。俺もそんな感じだった。気付いた瞬間は。


「仕方ないの……練習あるのみじゃ。どうせしばらくはおるつもりなんじゃろ?」


「まだ村の復興終わってないもん」


「最後までいるつもりはないけどな……一応、もうしばらくはいます。その間、こいつの練習させます。レイラ、こいつどのくらいの速さで飛べるんだ?」


「央都からマレル村まで、休みなしでぶっ通し三日だって」


「三日ぁ!?」


 これまでの苦労が全て意味ないものになる短さだった。


「……今までの苦労は一体」


「まあ、楽しかったしいいじゃん。これからもやろうよ、旅」


「まあ、そのつもりだけど……とまあ、そういうわけなんで、こいつが飛べるようになったら、リューレンまで買い出しとかも一日でできるんで」


「ふむ。……やはり置いていかんか? わしもそいつの有用さに、どうも欲しくなってしもうたんじゃが」


「賭けは賭けですよ、ホウロウさん。今更意見かえるのはなしです」


 バシッと言ってやった。ホウロウさんは「うっ……それもそうじゃな。わしが間違っておった」と謝ってくれたので、良しとしよう。


 そして、それから半月間。俺はエルに乗る練習、エルは飛ぶ練習に時間を費やし、とうとう村を出ることになった。

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