第27話
ギルドに着いた。上を見上げると、普通に空が見える。足元には幾つか瓦礫が落ちているが、どれも小さい。
「足元気を付けるんじゃぞ。ここで怪我をされても、わしはなんもしてやらんからの」
してやれん、と言わないあたり、自業自得じゃ、と言いたいのがヒシヒシと伝わってくる。
「分かってますよ……それで、機材はどこに?」
「あれじゃ」
ホウロウさんが指さす先にあるのは、カウンターがあったと思われる横長の出っ張りの奥にある、茶色の物体だ。遠目では、何がなにか分からない。
「……あれ、ですか」
「あれじゃな」
「……動きますかね」
「さあの。やってみんと分からん。どっちかやってみい」
俺はレイラと視線を合わせ、その結果「じゃあ俺が……」という風になり、俺が試すことになった。
ホウロウさんは、操作の経験があるのか、操作法を教えてくれた。
まず、物体の上部表面、手前側にある窪みに、腕輪を嵌め込む。次に、隣のパネルに魔力石──魔力が込められている石──を置くのだが、今はそれがないので、俺の魔力で代行する。パネルに手を当てて、魔力を流し込む。これは、魔法を使うのと同じ要領だ。基本的にイメージで動かす。
そして、十秒ほど流し込み続けた次の瞬間、──
「うおっ」「ほう……」「うわぁ……」
三者三葉の声を上げる。俺は驚きの声。ホウロウさんは目を細めて感嘆の声。レイラは突然出た輝く盤面を見て、目を輝かせての感動の声。
そう。俺の目の前に、光り輝く盤面が出てきたのだ。
「これが、"ウインドウ"というものじゃ。窓、という意味らしいがの」
「……これが、俺のステータスと、魔物の討伐数……」
そこに書かれていたのは、
『Lv.1 レン
攻:260 防:238 速:301 魔:138
直剣熟練度:370 魔法熟練度:45 二刀流熟練度:180
リザードマン:3 ウルフ:1 ネペント:10 カマイタチ:1 ホワイトコング:1 ゴブリン:25』
その他使える剣技、魔法だった。
「あぁ……俺って、言うほど敵倒してないんだな……」
「あはは……確かに、ラストアタックは大抵私だもんね……」
レイラが苦笑いする。俺としては、もっと倒している気分だったのに。
その後、レイラのステータスも見た。俺のを見られたのだから、お前も見せろ、という具合だ。
『Lv.58 レイラ
攻:148 防:110 速:210 魔:345
魔法熟練度:210 拳法熟練度:40
スライム:8 ゴブリン:12 トード:4 ジャイアントトード:2 ウルフ:4 ネペント:16 フラワーネペント:1 カマイタチ:1 ホワイトコング:5 デッドモンキー:7』
その他以下略。
「フラワーネペントって……」
「レイドネペントのことじゃないかな?」
「ああ、なるほど……拳法……?」
「あれだよ、ほら、見せたことあるでしょ? "フレイムブロー"。あれ、拳法の一つだからさ」
「ふむふむ……思ったより熟練度高いんだな、魔法の……」
「まあ、最近もたまに使ってるから、勝手に上がってるもん。そういうレンは、そこまで上がってないね?」
どうやら、俺をからかいたいらしい。
「まあな。お前が使ってるのは中級魔法だけど、俺のは初級だから、上昇速度が違うのは、当たり前だ」
俺が肯定したことにより、からかいは失敗に終わった。
「ふむ。機材は無事なようじゃの。錆が酷いようじゃが、魔法でなんとかなるじゃろ。助かったわい」
俺らはすっかり、ホウロウさんの本題を忘れていた。
「……そういや、そういう目的で来たんだった」
「目的を忘れるでない」
頭を軽く叩かれてしまった。言うほど痛くはないが、恥ずかしさが込み上げてきたので、痛がって隠しておく。
「さて、帰って飯にするかのう。キンとシュン、もう出来ておるじゃろうか」
ホウロウさんが出て行こうとするので、俺らは慌てて追いかけた。
♢
夕食は、いつも通り水っ気の多い、お粥的なものだった。流石にまだ作物は育っていないので、そろそろ買い出しも考えておかないといけない。
「さて、明日はどうすっかな……」
布団に寝転がりながら言う。出費を避けたいのは事実だが、俺らが(実際はレイラが)言い出したことなので、多少の出費は我慢せねば。
「エルが本当に大きくなるのか、確かめないとね」
「そうだな。まあ、一日でドーンはないだろ……と、信じたい。明日起きたら俺ら潰されてるとかやめてくれよ? 分かってるよな、エル?」
俺が呼び掛けるが、人間の言葉を理解しない上、そもそも今も寝ているのだから、反応があるわけがない。
「どんだけ寝るんだよ、こいつ……」
などとボヤくが、生まれたてなら人間も大抵は寝ているものだろう。文句は言えない。それに、生まれて初日から冒険に出たりしたのだ。疲れはあるのだろう。
「俺らも寝るか?」
「うん。エル見てたら眠くなっちゃった」
「じゃあ、おやすみ……っと、その前に」
二人揃ってそれぞれの布団に入った瞬間、俺はレイラを呼び止めた。
「……お前、なんで怒ってたの?」
「……今それ再燃させる?」
「だって……気になって寝付けるか分かんないし……」
「教えてあげない。レンが自分で理由を探してね」
ぷいっと反対側を向かれてしまった。こうなっては深追いするのはやめた方がいいだろう。仕方なく、俺も寝ることにした。
♢
翌朝──
俺は、ものすごい寝苦しさに襲われた。
「む、ぐ……」
すごく重いものが、俺を圧迫している。レイラが寝相でたまに乗りかかることはあるが、それの比じゃない。潰れていないのが奇跡だ。
「……なん、だ?」
起き上がろうとするも、起き上がれない。どうやら、全身が動かないらしい。しかし、視界には天井が捉えられる。つまり、のしかかっているのは、胸より下にかけてで……
視線を向けて、この重さの原因を突き止めた。
俺の腹の上には、巨大な、と言っても人間の全長には及ばないくらいの、輝く鱗で覆われた、太い腕と、胴体がのしかかっていた。
右に視線を向けると、まさにドラゴンの顔があった。
「ドラゴン……ドラ、ゴン……!?」
俺は、気付いてしまった。このドラゴンが何なのか。そう、この位置は間違いなく、昨日の夜エルがいた位置。つまり、このドラゴンは、エルということになる。
なんとか布団の中身がずれるのを利用して、エル(?)の脚から脱出する。そして、見た。
巨大な蝙蝠を思わせる翼。輝く鱗に覆われた胴体、尻尾、そして顔。
「……恐れていたことが、起きてしまった……」
どうやら、運良く壁をぶち破るようなことはなかったようだ。だが、
「……エル、どうやって外に出そうか」
まさに、それが問題だった。あと、
「……レイラ、潰れていないよな?」
そっとエルの顔の前を通って、レイラの方に回る。そして、ぎりぎりのしかかられていないレイラを確認した。
「無事なのはよかったが……」
──俺だけ踏み潰されてたのが、気に食わねぇ……!
と思うものの、やはりここはレイラも起こした方がいいだろう。
軽く揺すると、唸りはするものの、起きる気配は見せなかった。
「こいつ……」
そして、俺は強硬手段に出ることにした。そう。毛布を剥ぎ取るのだ。
バサッと剥ぎ取ると、レイラは薄目を開けた。
「……寒いんだけど」
睨みを聞かせて言ってくる。だが、知ったことか。今はレイラが冷えることより、エルの方が優先度が高い。
「問題が起きた、だから起きろ」
「問題ぃ……?」
訝しそうな目で見てくるが、関係ない。俺がエルの方を指さすと、レイラはそれに伴って視線をエルに向ける。そして、寝ぼけ眼が一気に覚醒した。
「……なに、これ」
「エルだ」
俺が答えを言うと、
「いや、だって、エルは……あの小ささだよ?」
現実を認められないらしい。
「事実、エルだ」
「……嘘だよね? 一晩で、こんなになる?」
「俺が知るかよ」
驚き覚めやらぬ、といった感じだ。俺も正直、内心は驚きがまだある。既にだいぶ収まったが。
「よし、それじゃあ一緒に問題の解決をするとするか」
俺がレイラの肩に手を置いてそう言うと、レイラはちょっと嫌そうな顔をした。理由は、不明。
「はいはい……」
まあ、一緒に考えてくれるだけ、マシだと考えよう。
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