第26話

 俺たちはホーセス村に向かって歩いていた。そして、やっとのことで森を抜けた。既に空は赤く染まっている。


「もう夕方か……結構時間かかったな……」


「レンがもっと早く決断すれば、すぐすんだのに」


 おそらく、“バーニングネオ”のことだろう。


「しょうがないだろ。お前になんかあったら嫌だし……」


「えっ……」


 レイラが何故か頬を染めて、一度足を止める。しかし、俺はそんな様子にも気付かず、話を続ける。


「今からギルド行って、晩飯に間に合うかな……——おい、どうした?」


 レイラが立ち止まっているのに気付いて、視線を向ける。レイラは、頬を紅く染めて、口をもにょもにょさせている。眉が顰められ、何かに怒っているらしい。


「お、おい、どうした……?」


「知るかっ————!」


 レイラは大声で叫んだ。しかし、俺にはレイラが何で怒り、俺に叫んだのか、全く見当がつかなかった。そして、その後十分、耳鳴りが酷かった。



 レイラは未だに若干拗ねている。何が気に障ったのか、俺が聞いても教えてくれない。エルは、俺達のそんなことも露知らず、俺の頭の上で呑気に寝ている。


「……で、なんだっけ」


 レイラがいつもより若干低い声で聞いてくる。


「あ、ああ……えと、このままギルド行って、晩飯間に合うのかなぁ~……って思ったんですけど」


 顔を紅くしたまま、睨みを利かせてくる。レイラは顔が整っているせいで、他の人が怒った時より、かなり怖い。そのせいか、俺は最終的に敬語になってしまった。


「どうだろ……ギリギリじゃないかな。村まで後二十分くらいでしょ? だったら、機械の状態にもよるけど、修理とかしなきゃ、間に合うんじゃないかな……」


 すぐにいつもの喋り方に戻った。もしかして機嫌がよくなったのかな、と顔を覗き込むと、すぐに睨みを利かされる。どうやら、まだご立腹のようだ。


「……なあ、機嫌直してくれよ」


「やだ。レンが私に悪いことしたから、許さない」


 子供かよ……いや、まだ十歳だから子供なんだけどさ……


「いま私の悪口考えたでしょ」


「考えてないよ。事実を確かめただけだ……」


 俺の考えていることが分かる? そんなオカルト、あるわけがないだろ。……ないよな? というか、事実を確かめたのは、実際事実だし。だってこいつ子供だし。


「また考えたでしょ」


「お前が子供なのを確認しただけだ……」


「む……私子供じゃないもん。レンの方が子供だもん」


 なんか無茶苦茶なこと言いだした。しかし、俺にとってはこいつが「もん」と言い出した時には、大抵機嫌が直りだしている証拠になるので、ありがたい兆候だ。


「はいはい、俺はまだ十三で子供ですよ。けど、俺より下のお前は、もっと子供だな」


俺は屁理屈で言い返しておいた。レイラが膨れて俺を睨むが、言い返せないのか、「むぅ……」と唸るだけだ。


マレル村を出てから約二ヶ月。俺達は随分と親しくなっただろう。レイラはずっと俺にひっつきっぱなしだが、むしろそれが、俺にとっては救いになっていた。独りじゃない。誰かレイラがそばにいる。人の体温が触れられる。それが存在するだけで、人というものは、簡単に安心してしまうのだ。


そして、俺はまだレベル一で、これからもそうだろう。熟練度やステータスは上がろうとも、レベルは一生一のままだろう。そんな俺を守ってくれるのが、今はレイラ一人だ。細かく言えば、他にもいるのだろうが、やはり一番はこいつだろう。


「……いつもありがとうな、レイラ」


無意識に、呟いていた。今まで、そこまで多く伝えてこなかった、心からの感謝の言葉。


「え、きゅ、急になに……?」


まあ当たり前だろうが、レイラは頬を再び紅くして、驚いている。


「何でもねえよ。ほら、急いで帰るぞ。時間がないんだから」


少ししてから、自分が何を言ったのか理解し、照れ隠しでそう言っておいた。いきなり歩くスピードを上げたものだから、レイラが「まってよーっ」と、急いで追いかけてきた。



そんなあれこれがあった、二十分後、俺達はやっとのことでホーセス村の南門前に立っていた。


「やっと着いた……」


「ホントだよ……」


照れ隠しの後、スピードを上げたせいもあり、二人揃って息を切らしていた。荒い呼吸をしながら、ホウロウさんが魔法で直した門を見やる。


俺らが来た時は、実にボロかったのだが、今では新品同様だ。


「とりあえず、入るか」


「そう、だね」


同時に深呼吸をし、息を整える。俺が門に手を触れさせ──ようとした瞬間、門が内側へと開いていった。


二人で呆けた顔をして見ていると、


「帰ってきおったの。小僧」


おそらく魔法で開けたのだろう、ホウロウさんが立っていた。何故俺らが帰ってきたのが分かったのか、実に不明だ。


「何故分かったのか……そんなところじゃろうか。簡単じゃ。お主らの声がデカすぎるんじゃ。主にそっちの小娘がのう」


およそ三十分前、レイラが何故か叫んだ時のことだろうか。あの時、既に村のすぐそばにいた。徒歩三十分なのだから、そこまでの距離はないだろう。それに、レイラのあの大声だ。僅かにでも村に届いていても、おかしくはない。つか、よく俺の鼓膜よ、耐えてくれたな。


「……そんなに叫んでた?」


「うん、すごかった。実は十分くらい耳鳴りしてたりして」


「……ごめん」


今になって謝っても遅い、と思うのだが、実際レイラを怒らせたのは、(理由は定かではないが)俺のせいなので、悪いとは思っていない。ただ、何に怒ったのか──それが知りたい。


「イチャコラ話しておらんと、ギルドに行くんじゃろ」


ホウロウさんが呆れた目で見てくる。


「そうそう。ホウロウさん、着いてくるんですか?」


「当然じゃろ。わしも元は冒険者じゃ。この村が復興した際、ギルドマスターはわしになるじゃろうから、機材の関連は、わしにとっても大事なんじゃからな」


この言葉に、俺はすごく安心を覚えた。ホウロウさんがこの村の復興に尽力してくれているのは、行動を見ていればわかるが、その先まで見据えているのだから、その必死さが垣間見えた──ような気がしたからだ。


「そうですね。じゃあ、行きましょうか……それで、どこにあるんです?」


別にボケたわけではない。元々聞いていなかったのだから、知るわけがないのだ。


「着いてこい。案内はしてやる」


俺はエルのせいで痛くなってきた首を揉みながら、ホウロウさんのあとを追った。レイラは「おっさんくさいよ〜」などと言ってきたが、この辛さを知らぬこの小娘に、同じ気分を味合わせたくなった。まあ、そのうちやらせてみせよう。後悔させてやる。


そして、俺達はホウロウさんのあとに着いて、ホーセス村の中心にある、村の端からも若干見える(風化のせいで多少崩れてはいるが)、大き目の建物へと向かった。

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