第25話
森に入って既に一時間半は経っただろうか。周囲は木々で囲まれ、葉が頭上一面を覆っているため、空を見ることも、時間を予測することもかなわない。まあ、村を出たのが午前八時くらいだから、俺の時間感覚が多少違っていても、十時頃だろう。
「ねえ、大猿はまだ見えないの?」
「一応気配はあるんだけどな。なんというか……どれから行けばいいのか、わかんない」
俺の第六感には、七つの気配があった。全て似たような気配の種類なので、おそらく全部大猿だろう。
「一番近いの行けば?」
「いや、そうしたいんだけどさ……そこって二体いるんだよ。だから、二人じゃキツイ。離れてからがいいと思う。それで、残り五体なんだが……」
「集まってる感じ?」
「……実はそうなんだよ。なんか会議でもしてるみたいに、円形に集まっててさ」
実に困った。実際なら、全員離れているはずなので、これは予想外だ。
「……動いた」
「どっち?」
「二体の方。片方がこっちに来てる」
「ばれちゃった?」
「分からねえ」
けど、間違いなくこっちに来ていた。でも、一体ずつに別れてくれたのは、正直ありがたい。
「作戦実行だ。まだ叫ぶなよ」
「うん……」
俺はエルをレイラに渡し、剣を抜いてレイラから距離をとった。作戦は簡単。ホウロウさんに話した、通称“奇襲返し”だ。俺ができる限り音を殺して近付き、レイラのタイミングで“フレイムショット”を大声で唱えてもらい、ちょうどのタイミングで俺が“ストライク”を放つ。
しばらく移動する。大猿の気配がどんどん近付くが、どうやら俺にはまだ気付いていないらしい。殺気の気配が感じられない。
そして、姿をとらえた。焦げ茶の体毛は、ツンツンと逆立っており、目は赤い。
気付かれないように大猿に近付くこと、数分。声が轟いた。
『《フレイムショット》————ッ!』
遠くから聞こえた声に、即座に反応する。声は出来る限り伸ばしてもらっているので、しばらくのタメの猶予はある。
構えて、剣が光ったところで地面を蹴る。謎の力で加速し、大猿の背中にグサッと黒剣が刺さる。大猿が奇声を上げた瞬間、再び声が響く。
『《ウインドカット》ッ!』
少し距離があったが、次の瞬間、大猿の首が斬り落とされた。
大猿から剣を抜いて、血を振り落として鞘にしまっていると、レイラが姿を見せた。右手にはロッドを持ち、両手でエルを抱えている。
「倒せたね」
「そうだな。もう一体もこのまま倒すか」
「おーっ!」
「クルルルゥ」
エルまでが返事をした。
♢
同じ要領でもう一体も倒した。しかし、どうしてもこの問題に直面する。
「五体、まだ集まったまま?」
「ああ……たく。魔物なら魔物らしく、その辺うろついてりゃいいのに……」
「でも、猿って人間と結構近いんだよね? 頭脳レベル」
「知らないよ……けど、もしそうなら、何か作戦とかたてられてるかもな……」
「撃っちゃう?」
正直、手間が省けるのでそうしたい。したいのは山々なのだが、
「もう少し待ってみよう。ついでに、飯でも食うか」
十二時には早いが、俺は正直腹が減った。
「そうだね。私もちょっとお腹空いた」
レイラも同様らしい。俺はポーチからパンと簡単な野菜を取り出し、ナイフを使って手の上で切る。それをパンにはさんで、簡易サンドイッチの完成だ。
それを食べ終えて、(そこまでおいしくはなかった)もう一度確認してみる。やはり、十分やそこらでは、状況は変わらない。まだ五体の大猿は、集まったままだ。
「さて、どうしたことか……」
「まだ離れないの?」
レイラがエルを抱えたまま聞いてくる。最近寒くなってきたので、どうやらエルの体温がちょうどいいらしい。
「ああ……」
それから一時間、ひたすら待ったが全然動きそうにない。殺気の気配もないので、こちらに気付いているかすらも予想できない。レイラはさっきから、エルの飛行練習を笑いながら眺めている。待っているのに飽きたらしい。子供っぽいところの一つである。
子供っぽいとは言ったが、俺もいい加減嫌になってきた。やはり、撃ってしまった方が早いだろうか。
「レン~、まだぁ?」
どこか眠そうな声で聞いてくる。
「全然……こいつら、本当に生きてるのか?」
もしかしたら、長時間待たせてイライラさせる戦法かもしれないが、すこしずつ行ってしまおうか、という欲が沸いてくる。
ここでイライラしては相手の思うつぼだが、流石にこれにはイライラしないほうがどうかしてる。
「……行くか」
結局、自ら大猿軍団の元に行くことになった。
♢
大猿軍団がいるのは、さっきまでいた場所から三十分ほど東に進んだところだった。
音を立てないように覗いてみると、ちょっとした空間に五体の大猿が円形で集まっていた。奇声にしか聞こえないが、何か話し合っているようだ。
「……どうしようか」
「どうすっかな……」
まだ気付かれてはいないらしい。ただ、こっちから仕掛けるには、数の利が向こうにある。そのせいで、俺達は動けないでいた。ちなみに、エルは俺の頭の上だ。
「……撃っちゃうか」
「いいの……?」
正直、これ以上は近付けないし、音も立てれない。レイラが小声で詠唱をすれば、気付かれるか気付かれないかのギリギリの境界線だろう。
「でも、大声はだめだぞ」
「分かった……」
そして、レイラが小声で詠唱を唱え始めた。この具合なら大丈夫そうだ。
しばらくして、魔法が完成した。真っ赤な魔法陣が広がる。ロッドの先と足下に、だ。
「《バーニングネオ》ッ!」
魔方陣が一つになり、光線が飛び出した。コンマ一秒にも満たない時間で大猿の軍団へ飛んで行き、爆発した。
土煙が消えたそこには、何も残っていなかった。
「あうぅ……」
レイラがロッドを杖に、ガクッと膝を折った。魔力をほとんど消費してしまったらしい。
「大丈夫か?」
「う、うん。一応……歩けるかは微妙だけど……」
「頑張れよ。俺はエルが頭の上にいて結構疲れてるんだから」
「むぅ……分かったよ。自分で歩く……」
膨れながらも、ロッドを支えに、ゆっくりと立ち上がった。一瞬ふらついたが、なんとか立ち上がった。なんというか、年老いたおばあさんみたいだ。
「行くぞ」
「ま、待ってよぉ……」
その後、レイラが休憩したいと言うものだから、一時間ほど休憩して、ホーセス村へと歩いて帰った。
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