第24話
そして数秒後、殻の一部が剥がれ落ちた。そこから、白銀の毛が見える。しかし、それはどちらかというと短めだ。
更に殻が落ちる。ひびはどんどん大きくなり、遂に上半分が砕けた。
「これは……」
姿を見せたのは、まるでトカゲのように尖った鼻先で、蝙蝠のような翼を持ち、白銀に輝く羽毛を持った、いわゆる——
「ドラゴン、だよな……」
「これは……クリスタルドラゴンだね」
レイラがその手に持つ、大きな本を見ながら言った。
「……何その本。そんなの持ってたの?」
「うん。家から持ってきた。これは魔物編で、あと植物もあるよ。図鑑みたいな感じかな」
「そういうのはもっと初めに出してくれ……」
なんでよりにもよって、旅が始まって一か月以上経った今頃出してくるのかな……
「えーと、クリスタルドラゴンは、めったに目にかからないドラゴンで、その鱗は一枚で十白金貨に至る……だって」
「十白金貨!?」
十白金貨ってことは、十億コンだ。
「こいつの鱗一枚売るだけで、一生生きれるぞ……いや、おつりが付くかもしれん……」
「やめてよ、大事な仲間なんだから」
でも、確かにそうだ。ドラゴンなら、馬車くらいは引けるだろう。
「……成長したら、どんくらいになるんだ?」
「えーと、中型だから、高さが二メートル、全長が三、四メートルくらいだと思うよ」
これなら、馬車くらいは引けるだろう。これはどう考えても、当たりのほか何ものでもない。
「どうしたんじゃ、朝から騒々しい……おお、生まれたか。それで、何じゃったんじゃ?」
厩での作業を終えて戻ってきたのか、ホウロウさんが部屋に入ってきた。地味に臭いが、言わないでおく。
「聞いて驚いてください。クリスタルドラゴンですよ! こいつなら、馬車も引けますし、更に言えば空も飛べるんですよっ!」
ついつい熱気がこもってしまった。
「クルルル」
クリスタルドラゴンが小さく鳴く。そして、その琥珀色の瞳が俺を見つめる。結構可愛く鳴くものだ。ドラゴンとか、成獣状態しか知らないし、その鳴き声も太く、地鳴りのようなものだと父さんが言っていた。
そして、クリスタルドラゴンは、殻から出てきて、俺の膝に乗りあがってきた。そして、小さな翼を広げて、飛び立とうとする——が、空中に浮くことはなかった。
「お主のことを親と思っておるようじゃの。よかったではないか。刷り込み相手で」
「ははっ。こいつ、必死に飛ぼうとして、なんか可愛いな」
「レンの頭の上に行ことしてるのかな。上げていい?」
レイラがクリスタルドラゴンを両手で掴み上げて、俺の頭の上に、頭が俺の前方に来るように乗せる。俺の頭に、ズッと重みが加わるが、想像していたよりは軽い。
「三キロくらいかな」
「うん。そのくらいだと思うよ」
「ふむ、クリスタルドラゴンか……お主ら、それでそうするんじゃ? 賭けの件は」
「俺らが連れていきたいです。こいつなら、馬車も引けると思いますし。それに、空も飛べるので」
最初に言ったことを、もう一度、今度は落ち着いた様子で言う。ホウロウさんは、少し思案して、
「しょうがない。賭けは賭けじゃ。お主らが持っていくがよい。じゃが、馬車は改造が必要じゃのう……高くつくぞ?」
「大丈夫です。俺、まだここでは一コンも使ってないので」
「そうじゃな。ならば、大量にひったくってやるわ」
「限度は考えてくださいね……」
俺がホウロウさんと話している間、レイラはずっとクリスタルドラゴンの頭を撫でたり、首を掻いたりと、戯れていた。どうやら、結構人懐っこい性格らしい。こちらとしては、ありがたいことこの上ないが。
「それで、名前はどうするんじゃ? 毎回毎回、クリスタルドラゴンと呼ぶのも面倒じゃろ」
「そうだな……クリスタルからとって、クリスとか?」
「安易すぎ。もっとちゃんと考えようよ」
「そうは言ってもな……」
レイラにダメ出しをされて、もう一度考え込む。レイラも唇に人差し指を当てる癖の仕草をしながら、考えているようだ。ホウロウさんは、元より考えるつもりはないらしい。
「……宝石って、何か言い方あったっけ。他に」
「ジュエル……とかじゃなかったか?」
「ジュエル……なんか違うなぁ……」
「エルとかでいいんじゃね?」
「またそうやって……でも、悪くはないかな。短くて呼びやすいし、かっこいいし」
かっこいいかな……? そう思ったが、口には出さなかった。これ以上考えるのがめんどくさいというのもあったが。
「よし。今日からお前は、エルだ。よろしくな」
俺が頭の上のエルの首元を掻いてやると、「クルル」と気持ちよさそうな声を出した。
「それで、お主ら今日はどうするつもりじゃ? いつもみたいに水やりと調理でもしておくか?」
「そのつもりですけど……何かあるんですか?」
「風の噂なんじゃが……魔物や魔獣は、レベルを上げると成長速度が速まるらしいんじゃ。じゃから、今日はお主らは、魔物の討伐でも行って、レベルを上げてこればどうかの、という提案をしようと思ったんじゃが」
「ぜひ、お言葉に甘えさせていただきますっ!」
俺が食い気味に言うと、ホウロウさんは地味に引いていた。
「そ、そうか……まあ、そう慌てるな。魔物は村の東におるらしい。“デッドモンキー”というらしいが、知っておるか?」
——“デッドモンキー”。別名、大猿。視力と嗅覚はそこまで発達していないが、聴覚は非常に鋭い。蝙蝠の超音波すら聞き取ることが出来る、と言われるくらいだ。森の中で生息し、その巨体にそぐわぬ速度で、枝と枝を渡る。奇襲はオススメしない。むしろ、される方だと考えた方がいい。
「知ってますよ。一応ですけど、攻略法も聞いてます」
デッドモンキーの攻略法。実質、こいつは正面から戦うしかない。しかし、パーティーメンバーが二人以上いるなら、奇襲も可能になる。方法は至って単純だ。一人が大声を出す。その間にもう一人が近付いてとどめを刺す。これでいける。
俺はその作戦を伝えた。
「ふむ……妥当じゃな。誰から聞いたんじゃ?」
「俺の父さんです。リューゼって言うんですけど、知ってます?」
「あのリューゼさんか。この辺の冒険者内では、大抵の者が知ってるじゃろうな。なにせ、"庶民の英雄"じゃからな」
俺の父さんは、今まで話したことはなかったが、せっかくここで話が出たので、説明させてもらおう。
父さん──リューゼは昔、俺が生まれる十数年前、央都で起こった魔物の襲来を、母ことフィミルと共に、二人で退けたのだ。街に被害がなかったわけではないが、二人がいなければ、騎士団が到着する前に、央都は壊滅していただろう、と言われるほどだ。それ以来、リューゼとフィミルは、"庶民の英雄"と呼ばれている。
「そうですね。というわけで、今日はお言葉に甘えさせていただきます。……そういえば、この村にギルドってあるんですか?」
「ふむ……建物はあるじゃろうが、中の機材が動くかは分からんぞ。確か、その腕輪と魔力があれば動くはずじゃが……」
「じゃあ、討伐終わったら、ついでに動くか確かめるか。いいよな、レイラ?」
「うん。それでいいよ。私も久しぶりにぶっぱなしたいからねっ!」
「"バーニングネオ"は禁止な。お前運ぶのめんどくさいんだからよ」
「ちぇ……」
微笑を浮かべながら、舌打ちをした。どうやら、使うつもりは元々ないようだ。
「てわけなんで、今日は一日、村のことお任せしますね」
「分かっておる。時間がある間に、馬車の──いや、もう竜車じゃな。その改造は進めておこう。何か、こうしてほしいという提案はあるかの?」
「そうだな……」
「背中に設置できるようにしてほしいっ! 空飛んでみたいっ!」
レイラがはいっはいっと手を挙げながら、そんなことを言い出した。
「ふむ、空を飛ぶのか……分かった。任せておけ。そんで、お主はないんか?」
「特にはないかな。出来れば、エルに乗れる鞍とかがあれば助かる。できますか?」
「しょうがないやつじゃ。専門外じゃが、善処はしてやろう」
「ありがとうございます」
そして、俺達はホーセス村を南門から出て、東へと向かった。その間、ずっとエルが頭の上に乗ったままなものだから、帰った時には首と肩が凝ってしまい、レイラに解してもらうことになるとも知らずに──
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