第23話

「「お願いしますっ!」」


俺たち三人は今、残り二軒の馬車売りを訪ねていた。だが、ありがたいことに、キンロウという名の馬車売りの元に行くと、もう一人のシュンロウという馬車売りまで丁度いたのだ。手間が省けてこれ以上はない。


そして、俺とレイラは二人で頭を下げていた。


「悪いが、わしからも頼めんかの。この小僧共、この村を更生したいとか言い出してのう」


ホウロウさんも、おそらく俺らの手伝いをしてくれているのだろう。そうだと信じたい。


「そうは言われてもな……」


「この村を更生など、何年かかることか分って言っておるんか?」


やはりというか、予想通り難航していた。


「分かってます。ここまで来てしまった以上、そう簡単なことではないことは」


「なら、諦めるんじゃな」


「で、でもっ!」


レイラが食い下がろうとする。俺は一度右手で制して、


「じゃあ、報酬を入れます」


と、告げる。流石に、報酬と聞いて無視をしないわけにはいかないらしい。


「俺らは今、百万コン持っています。そこで、です」


百万コンに反応するあたり、やはり経済難はあるのだろう。


「もし、俺らに乗ってくれれば、このうち二十万ずつ、お二人に報酬としてお渡しします。これ以上は、俺らの路銀とかにも関わるので、厳しいですけど……それでどうですか?」


「二十万……その金額で、受けてもらえると思ってるんか?」


髭で顎がおおわれた老人──キンロウさんが聞いてくる。


「思ってません。ただ、俺たちの誠意が伝われば、という意味での提案です」


こんなことを言えば、勿論拒否されるに違いない。キンロウさんもシュンロウさんも、難しい顔で、難儀しているらしい。


「……内容を、聞かせてもらおうか」


「えっ……?」


禿頭の老人──シュンロウさんの言葉に、思わず疑問の声を上げてしまった。予想外のセリフだったからだ。


「わ、分かりました……レイラ、昨日の夜話し合ったので、いいよな?」


「うん……お願い」


俺らは、昨日の夜、このことについて幾つか話し合っていた。簡単に言うと、馬車売りの三人から、許可を貰えたあとのことだ。


「まず、今日はまだ朝なので、村人達に昼食と夕食を与えます。食料は、俺達が持ってるのと、ホウロウさん達が持っているの……それを合わせて、お粥とかその辺の、水分量の多い料理にしようと思っています。村人は、間違いなく腹を空かせています。なので、まずは胃袋から掴んでいけば、信頼を得れると思うんです」


「でもそれじゃあ、タダの飯をくれるお人好しにしかなんねえんじゃねえか?」


キンロウさんが予想通りの質問を投げかけてくる。


「はい。俺達は今は餌、あなた達も村人にとっては、目の敵みたいなものです。それが飯をくれるお人好しになっても……さほど変わりません。そこで、明日は村人にこの村にある畑を耕してもらいます。俺らは技術がないので、そこであなた達の農業技術が役に立ちます。午前と午後に分けて作業をしてもらい、午前中、サボっているところを二度注意された人は、昼食抜きです。午後も同じ要領でします。そうすれば、あなた達と村人との間に、師弟関係が成り立ちます」


「サボっているって言っても、名前とか覚えてられねえぞ? いくら人数が少ないといっても、百五十以上はいるんだからな」


シュンロウさんが聞く。交互に聞いてくるので、なんかの連携でもしているみたいだ。あと、話し方が似てるので、視線を向けていないと、どっちがどっちか分かりずらい。


「はい。そこは俺が朝に渡す紙に、メモをしていただければいいです。それで、明日は終わり。朝食は毎日与えます。そうしないと、一日働けないので。二日目は、種を撒く作業です。ここでも、あなた達の技術を村人に伝えてもらいます。二日目も一日目と同じく、サボっていれば飯抜きです。三日目以降は、農業学園をあなた達に開いてもらいたいです。水撒きは、レイラと俺が魔法でやるので、心配はしないでください」


「ふむ……して、お前らはいつまでこの村にいるつもりだ?」


シュンロウさんが、俺の予想していなかった疑問を投げかけてきた。一瞬言葉に詰まる。これを説明するならば、ホウロウさんとの賭けについても話す必要があるのだ。


ホウロウさんに視線で許可を求めると、頷いてくれた。



俺らが村に来た経緯と、賭けについて話した。


二人は迷っているのか、それぞれに腕を組み、キンロウさんは眉間を、シュンロウさんはこめかみを揉んで考える。癖なのだろうか。


すると、シュンロウさんが一度溜め息を吐いて、


「……分かった。俺はお前らの考え、乗ってやる。報酬については、お前らが出て行くときでいい」


「俺も引き受けよう。シュンと同じで構わん」


キンロウさんからも、許可を戴けた。どうやら、第一段階は突破したらしい。


「しかし、ホウとの賭けか……俺らとも何かしらしてもらいたいものだな」


キンロウさんが、少しニヤッとしながら言ってくる。からかっているのだろうか。


「いや、それは報酬での件で……」


「冗談だ。真に受けおって」


真に受けちゃうよ! そんな言い方されたらさあ!


そうして、今日の昼より、俺とレイラが考えた作戦が、決行された。



あれから一週間。思いの外順調に行っている。村人は、最初はサボっている人が多かったものの、やはり飯には逆らえないのか、真面目に働き、授業を受けるようになった。


授業の間、俺達はホウロウさんから教わった水やり法で、畑に植えた作物に水をやる。と言っても、「美味しくなれ」と願いながらやる、という、安易なやつだが。しかし、これが意外と侮れないらしい。


一週間経った朝のことだった。


俺は疲れて深い眠りに就いていた。多少のことでは目が覚めない自信があった。はずだったのだが──


「れ、レン、起きてっ!」


レイラに強く揺さぶられる。俺は寝返りしながら毛布を被り直し、もう一度眠るべく目を強く閉じる。


「起きてってばぁ!」


しかし、レイラは泣き叫ぶような声で俺を起こそうとする。流石にこれ以上渋ると、レイラが可哀想に思えきたので、渋々目を開けて、上半身を起こす。そして、見た。


「レイラお前、遂にやっちまったか……」


「ち、違うよっ!」


俺が言っているのは、部屋の隅っこに置いていたはずの、賭けにとって重要な卵に、ヒビが入っていたのだ。勿論、俺はレイラが割ったのだと判断した。


「違うって、何が……」


「朝起きたら、部屋の端で、、、、、こうなってたのっ! 断じて私じゃないからっ!」


部屋の端で──レイラはそう言った。俺らが寝ている場所は、卵をいつも置いている位置からは、二メートルほど離れている。つまり、それが示す答えは──


「生まれるのか!?」


「多分っ!」


俺がやっとその地点に辿り着いた瞬間、更に卵にヒビが入った。中から光が漏れ出るかのよう──いや、実際漏れ出ているかもしれない。


「……何が生まれるんだ?」


「……移動に適してたらいいけどね……」


そして、遂にその時が来た。俺らは卵に顔を近づける。


中心に、大きくヒビが入った。

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