第22話

俺とレイラが椅子に座って待っていると、裏口(と思われる)からホウロウさんが入ってきた。


「ほれ。これが賭けの内容じゃ」


ホウロウさんが机に置いたのは、俺の手よりもでかい、一つの卵だった。少し紋様が入っており、ただの卵ではないことは明らかだ。


「こいつは、わしがこの家に住み着いた時からあってな。先代曰く、魔物の卵だそうじゃ。何が産まれるかは知らんがの。救った旅人が渡してきたそうじゃ」


魔物の卵──俺は初めて見た。正直、魔物がどうやって産まれるのか、全く知らなかった。どうやら、卵より産まれるらしい。


「それで賭けって……この卵でどうするんですか? まさか、この卵が落ちても割れなかったら、俺らに無料で馬をやる、とかじゃないですよね?」


「そんなわけあるかアホゥ。こいつはあと数日で産まれるはずじゃ。そこで、じゃ。この卵をお主らにやろう。それで、移動に適した魔物が産まれたなら、ここで馬車を買って、次の村に向かうがいい。もし、適さぬものなら、こいつは置いていってわしらが有効活用しよう。その時は、何らかの報酬はやる。どうじゃ?」


「賭けって、そういうことか……」


どのみち、双方に利益のあるものだった。賭けが上手いこと行けば、こっちは移動の手段が手に入り、ホウロウさんには馬車代が入る。上手くいかなくても、こっちは報酬が入って、ホウロウさんには言い方は悪いが、道具が手に入る。この世にここまで双方が得する賭けは、そうそうないだろう。


「……それに、お互いかかる時間は一緒……ってことか。報酬にもよるけど、プラスマイナスゼロだな……」


「じゃろ? それで、どうするんじゃ? 賭けがハッキリするまでの間、お主らはわしが養ってやるが」


正直、願ったり叶ったりではある。しかし、問題も幾つかある。


「養ってくれるのはいいけど……食料とかは大丈夫なんですか? この村にある時点で、そこまで食料があるとは思えないんですけど……」


「安心せい。自家栽培で大量に持っておる。わしも料理の腕は自信があるでのう。レパートリーは安心せい」


「もう一つ……村人達から、何もされないという保証は?」


「ここにおる限り、何もないわい。剣の腕が鈍ると思うなら、その辺におる魔物でも蹴散らせばよかろう。人は来ずとも、魔物は来るでのう」


「……分かりました。俺はその賭け、乗ります。レイラはどうだ?」


「いいと、思うよ。私も、この村でしたいことあるから……時間があるのは、ありがたい」


したいこと、とは一体なんだろうか。さっきからずっと考え込んでいるのと、関係はあるのだろうか。


そんな勘ぐりをしなかったわけではないが、レイラからも了承は得た。レイラの考え事については、後で聞くとしよう。


「それで、部屋割りなんじゃが……」


「一緒でも大丈夫ですよ」


「そうか。そりゃ助かるわい。部屋が一つしか空いとらんでのう。最悪、厩で寝てもらおうかと思ったぐらいじゃが。気遣い感謝するぞ」


「いや、いつも二人なんで、慣れただけですよ」


苦笑いしながらそう言っておく。嘘ではないが、レイラの考え事について、聞きたいことがあったのだ。


「うむ。では、話はこの辺でいいかのう。卵はお主らで管理をしておくれ。その布は渡しておく故、しっかり温めてやるんじゃぞ。飯になったら呼ぶ」


「分かりました。レイラ、部屋に行こう」


「うん……」


俯いたまま頷く。頭が痛い──と言っていたが、嘘ではないのかもしれないが、やはり他のことで悩んでいるのだろう。



場所は変わって、ホウロウさんに指示された、俺らの寝室。卵は部屋の真ん中に置き、俺らはそれを挟むようにして、向かい合っていた。


「レイラ」


「────」


反応はない。さっきよりも深く考えているようだ。


「れーいーら!」


「! ……な、なに?」


「何じゃねえよ。何悩んでんだよ。教えてくれないか?」


「い、いや、悩んでなんか、ないよ……」


いつもバカふざけているこいつが暗いと、正直調子が狂う。目は虚空をさ迷った感じだし、口もなんかもにょもにょ動いて、無音の独り言を発しているようだ。


「この村のこと、か?」


「……うん」


もっと否定的なことを言うと思ったが、どうやら当たっていたらしく、否定もする気はないようだ。


「流石、あのお人好し領主様の娘だな」


俺らの自由を奪おうとしたマレル村の領主──レイラの実父だが、村の民に対しては、すごく真面目で、いつも自分よりも先に村人を優先しているような、お人好しというかなんというか、領主の鑑のような人だった。


「……この村、こんなひどい状況じゃ、長くはもたないよね……?」


「そうだろうな……でも、あの村人を更生するには、一週間やそこらじゃ無理だぞ? 年単位で考えるレベルだ」


「……うん。私も、そう思うけど……でも、なんとかしたい。最後まで出来なくてもいい。この村を救う、手助けがしたいっ……何か、出来ないかな……?」


上目遣いで聞いてくるものだから、一瞬ドキッとしてしまった。それに、俺もホウロウさんからの話を聞いて、バカだな、自業自得だ、と思いながらも、どこかで何か出来ないだろうか、と考えていた。


「正直なところ、俺らができることは少ないだろうな。まずできることは、戦い方を教える。俺らは本職なわけだから、これは多分大丈夫だ。でも、この村の問題はそこじゃない……村人の意識と、農作物だ。この村で農作物を作れるのは、馬車売りの三軒だけ。村の人数はたった二百人弱。やろうと思えば難しくはないけど、農作物がまともに育つようになるまでに、どれだけの人が犠牲になるか……多分、両手じゃ収まりきらないと思う」


「それは……うん。私も、そう思う」


どうやら、レイラが悩んでいたのはそこだったらしい。作物を作った先──その時に、どれだけの人がいるか。俺達がその時までこの村にいることはないだろう。


「ふむ。面白い話をしておるようじゃのう。ダラけ村民共の更生……か。夢にも思わなんだな。じゃが、お主らなら可能やもしれんぞ?」


「ほ、本当っ!?」


レイラが食いついた。


「うおっ」


「あわわ」


卵に軽く当たって、ゆらゆらと揺れた。俺が急いで支えたので九死に一生を得た。ここで卵が割れるようなことがあれば、賭けの話は元も子もない。


「気を付けるんじゃぞ……それで、わしも手助け出来ることじゃろうか?」


「ああ。というか、ホウロウさん達馬車売りの人がいないと、絶対に出来ないことです。力を貸してくれませんか?」


「ふむ……では、明日残りの二軒に寄ってみるとするか。それで、あの二人が良しとすれば、乗ってやっても構わんぞ」


「あ、ありがとうございますっ!」


レイラが深々と頭を下げる。床に頭が着きそうだ。


「……と言っても、あの二人が受けてくれるか、微妙じゃがな」


「……何か問題でも、あるんですか?」


「問題というかの……わしはお主らと賭けをしておるが故、多少の協力は惜しまん。わしにも利益があるからの。じゃが、あやつらにとっては、なんの利益も生まん。むしろ、時間の無駄じゃろうな。それ故に、受けてくれるかは微妙じゃ」


「……じゃあ、何か利益があればいいんですね?」


「ほう……何かいい考えでもありそうな顔じゃのう」


「俺ら、金持ちですから」

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