第21話
「この村も、元々は人口五千人近い村じゃった。じゃがの、ある日の事じゃ。こんなことを言った人がいての──」
一拍あけて、何故か超気持ちを込めて演技をした。
「『この村はもう、馬と馬車を売っていればいいんじゃないか? わざわざ作物を作らなくとも、他の村が持ってきてくれるではないか。なら、俺達はただただ、馬と馬車だけを売って、楽に暮らせるのではないか!』とな。馬鹿じゃろう?」
迫真の演技を終え、苦笑いしながら問い掛けてくる。
「ば、バカっすね……」
まあ、本心でもあるし、こう言わざるを得ないだろう。
「それがあったのが、約三百年前。それ以来、作物を作る農家も、魔物を倒す冒険者もおらんくなった。馬と馬車だけを売り、村中の生計を立てておったんじゃ。──じゃが、当然の事じゃが、売れば売るほど、買い手は減ってくるものじゃ。一部の者──勿論馬車売り共の事じゃが、そやつらの懸念通り、やはり馬も馬車も売れんくなっての。それまでに百年近くかかってしもうた。二世代や三世代──ことによっては四世代の人間が、そのだらけた生活を過ごしてしもうた。今更、どうにもならなんだ」
目を伏せて、しみじみと話す。おそらく、先代から聞いた時のことを思い出しているのだろう。
「そんで、今の状況──ってことですか」
「そういうことじゃ。人々はどんどん傲慢になっていき、遂に他の村からの融資もなくなってしもうた。じゃが、既に農作物を作る技能を持っておるのは、先代の先祖を含めた三軒の家だけじゃった。勿論、馬車売りじゃ。こやつらは、教えようと村に足を向けた。じゃが、村民共は耳を傾けることすらせんかった。なんとかなるだろ──それだけ言って、働こうとせなんだ。その結果が、今の貧困じゃ。子供は生まれども、即死亡。食うもんもなけりゃ、飢え死にじゃ」
「なるほど……それで、この冒険者狩り、的なことを始めたのは、いつからなんですか?」
「確か……十年くらいじゃったかの。今まで被害に遭った冒険者や旅人は、百人以上だそうじゃ。うち、わしもその一人じゃな」
「十年……」
レイラが難しい顔で呟いた。
「どうかしたか?」
「え? ……ううん。走り回って、頭がちょっと痛いだけ」
「そっか、無理すんなよ──それで、俺ら馬と馬車を買いに来たんだけど、馬って見れますかね?」
「構わんが、ここ最近人が来んからの……少し調教が必要かもしれん。それに、お主らが馬との相性が悪けりゃ、あまりオススメはできんぞ?」
「うっ……生まれつき運の自信はないけど……なんとかなるだろ、多分」
「その言葉が、一番危険じゃぞ。さっきその言葉の一番の例を示したところじゃろうが」
「そういやそうだったぁ! ……でも、一応見るだけ見させてくれ。レイラは、どうする?」
「やめた方がよかろう。あの臭い空間じゃ。頭痛が悪化してもいかんじゃろ」
「じゃあ、私はここで待ってるね」
レイラは眉尻を下げて言う。本当に体調が悪そうだ。顔色も優れていない気がする。
「分かった。んじゃ、見てくるよ」
そして、俺はホウロウさんの主導で、厩へと向かった。
♢
ホウロウさんも言っていたが、マジで臭い。フンの匂いとか唾液の匂いとか──その辺だろうが、すっげー臭い。レイラを連れてこなくて正解だった。これは、女の子としては受け付け難い臭いだろう。
「どうじゃ、臭いじゃろ」
「自慢げに言うことじゃなくね!?」
ついツッコンでしまったが、こればかりは仕方がない。臭いのせいで、俺も頭がクラクラしていたのだから。
「あとさ……」
「なんじゃ?」
「さっきから……すげぇ殺気を感じるんだよ……」
「なんじゃ、"転生者"の伝えた、オヤジギャグとかダジャレとか言うやつか?」
「ちげーよ! 殺気を感じるんだよっ!」
この人、まさか俺をおちょくる楽しさに目覚めたか……? 俺としてはお断りなんだけど、そういうの。そういうのはドMとかいう、変な性癖を持っている人にやってほしいんだけど。
「ふむふむ。残念ながら、お主と馬共は、相性が合わなんだようじゃの。残念残念」
ダハハハ、と豪快に笑うそばで、やっぱりかと項垂れた。予想はしていた。だって、俺生まれつき運ないもん。学園ではリザードマンが攻めてくるし、幼い頃に父さんは死んじゃうし、初めてのクエストでウルフだのレイドネペントだの、強力な魔物に会うし……更に言えば、リューレン村じゃ魔物の襲来で一番強いヤツと戦う羽目になったのだ。そこにレベルが一切上がらないという最悪の体質。どこが幸運と言えよう。あとあと、レイラと結婚とか言われて、村を追い出された──いや、自分から出たんだけど、あれは追い出されたって言ってもいいよね?
とかそんな感じで、俺の不運具合はここでも発動したのだ。
「はぁ……」
「溜め息吐くと運が逃げるらしいぞ?」
ニヤッとしながら言う。ちょっとイラッとするのは仕方ないよな。
「逃げる運がないので、大丈夫ですよ……」
ぶっきらぼうに言い返しておいた。
「ふむ……馬車は売って構わんが、引く馬がなければどうもならんの……どうじゃ、一つ賭けでもしてみんか?」
顎に手を当て考えていたホウロウさんが、思い付きなのだろうが、そんな事を言ってきた。
「賭けってなんですか……」
なんかやる気が出なくて、俺は項垂れたまま視線だけを上にあげて、ホウロウさんに問うた。
「それは、戻ってから話すとしよう。お主のガールフレンドにも関わるじゃろ?」
「ガールフレンドってなんですか……」
「彼女と言う意味らしいぞ。どこぞの"転生者"が言っておった」
「付き合ってねえよ!」
どうやら、本当に俺をいじるのが楽しくなったらしい。やめてほしいなぁ、そういうの……
そして、ホウロウさんの提案する、"賭け"の内容を聞くために、俺らはもう一度レイラの待つ部屋に戻った。
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