第20話
だいぶ落ち着いてきた。五分くらい経っただろうか。外では何十人、事によれば百人以上の人間が俺らを探している。
「レン、どうする?」
「どうするって言われてもな……ホウロウさんがどこにいるかもわかんねぇし、いたところで敵だったら終わりだしな……」
今も外で「いたか?」「いない!」「探し出せっ!」という声が聞こえてくる。おそらく、窓から頭を出すだけで見つかるだろう。
「……でも、いつまでもここにいるわけにはいかないしな……なんとかして出るしかないよな」
「────」
レイラはさっきから黙りがちだった。俺が話しかけても、反応がないことが多い。
「しょうがねえ……レイラ、行くぞ」
「────」
「レイラ」
「ふぇ? ……あ、ごめん、ぼーっとしてた」
「行くぞ」
「行くって、どこに……?」
「外だよ。とにかく探すんだ、ホウロウさんを」
レイラは自信がなさそうだ。逃げきれないと思っているのだろうか。
「……分かった、行こ」
「いいのか? 見つかるかもしれないぞ?」
正直驚いた。レイラはもう少し考えてから動くと思ったからだ。
「その時は、なんとかしてね。私は、レンに任せるから」
真剣な顔で言ってくる。そういうことらしい。俺ってば、結構信頼されてるんだな。こんな時なのに、少し嬉しくなった。
「分かった……よし、行こう」
二人で立ち上がり、窓から飛び出る。剣を抜いて、脅しの策に出る。
「来いよ! 捕まえれるものならやってみろ!」
俺らを見つけた人々は、捕まえようとするも、剣にびびって襲ってこようとしない。武器という武器は持っていないから、もしかしたら脅しはいい方法かもしれない。
俺はレイラの手を取って、もうどっちか分からないが、てきとうに走る。そして──俺達の右後ろで小爆発が起きた。
「レン、今の……」
「……"フレイムショット"だな」
魔法を使ってきた。そして、次から次へと飛んでくる。右で、左で──四方八方で起きる爆発を避けながら、俺らは走った。
しかし、時間の問題だ。数打ちゃ当たる、という言葉もあるくらいで、運次第では当たるかもしれない。
「まずいぞ……」
「────」
レイラは息を荒らげながらも、何も言わずについてくる。
その時だった。
「《スリープミスト》」
どこかから聞こえてきた声、それは間違いなく、魔法を唱えていた。
「使って」
レイラが何かを渡してくる。手を掴んでいたせいもあって、急に止まったレイラに引っ張られて、俺も静止する。
手を放して渡してきたものを受け取る。どうやら、口と鼻を覆うものらしい。周囲が少しずつ白み始めた。
俺とレイラはそのマスクを顔に当て、この何かを吸い込まないようにする。
「サンキュー。これ、なんの魔法なんだ?」
「多分だけど……眠り霧。これを吸うと、眠気が襲ってくるの。これを持っててよかった……家にあったんだ」
「家って……ああ、なるほど」
どうやら実家から持ってきたらしい。
そして、辺り一帯は白い眠り霧に包まれて、視界もろくに効かなくなった。レイラすら影が見えるだけだ。
「こっちじゃ」
突如聞こえた声と、急に握られて引っ張られた手に従う。もしかしたら敵かもしれないが、今は味方だと信じる。アルトの声からして、おそらく女性だろう。
引かれる腕に任せて、しばらく走った。
♢
着いたのは、この村の中ではまだマシな状態の家だった。
霧は少し薄くなり、レイラの姿も見れるし、俺らをここまで連れて来てくれた人の姿も、見れるようになった。
その人は予想通りの女性で、この村に住んでるにしては、肉付きがよく、胸も大きい。いや、胸は関係ないか。他の特徴といえば、後ろに垂らした白髪くらいだろうか。肌は艶も張りもあって、どう見ても相当若い人だ。
「あの、あなたは……?」
「わしか?」
見た目は若いのだが、話し方は老人のようだ。
「わしはホウロウじゃ」
「……誰だって?」
「ホウロウと言ったんじゃ。耳が遠いのか、お主は?」
俺の予想では、ホウロウさんは完全に老人だと思っていた。七十代くらいの老人を予想していたが、これは予想外だ。レイラも予想外らしく、目を見開いて驚いている。
「いや、そういうわけじゃないですけど……もっと爺さんなのかな、と……」
「わしはまだ二十三じゃ。ただ、先代は九十近かったがな」
先代は、と言うからには、この人は二代目なのだろう。
「立ち話もなんじゃ。入れ。茶でも出してやろう」
どうやら、リューレン村の老人の言う通り、ホウロウさんはいい人で、この村の中ではまともな人だったらしい。
俺達はホウロウさんに従い、家の中に入った。あるものは生活に必要な最低限で、贅沢ではないのは、間違いない。
元々四つあった椅子のうち、二つの椅子に座れと、指の動きで指示をしてくる。
俺らはそれに従い、椅子に座った。ホウロウさんはキッチンと思われるスペースに入り、お茶を入れてくれた。緑色のお茶で、マレル村で飲んでいた茶色のお茶とは、結構違うっぽい。
俺らがそのお茶を飲むのを躊躇っていると、
「心配せんでええ。毒など入っておらん。少し苦いが、この村じゃろくに乾燥もさせれんからの。我慢して飲め」
「は、はい……」
お茶を一口、口に含む。熱めで、口に入れた瞬間苦味が広がるが、その中に僅かな旨みを感じる。
「……このお茶、なんて言うんです?」
「"転生者"が言ってたそうだが、"緑茶"とか言うらしいの。健康にはいいんだと。ほかの村で飲む、茶色いやつとは、乾燥の仕方の違い、らしいの」
「そうなんですか……あの、ここって馬とか馬車を売ってるところ……で、いいんですよね?」
「そうじゃが」
「あの……二代目って、どういうことなんですか?」
「簡単な話じゃ」
目を伏せて、思い出すように語り出した。
「先代は三ヶ月前、病気で死んだ。この口調も、その時に先代の意志を継ぐために、形から入ろうとして始めたことじゃ。わしは元々、リューレン村で冒険者をしておった……」
「魔術師、ですよね。熟練度は二百以上」
「そ、そんなにあるのか……」
熟練度二百は、結構な道のりだ。百に達するにも、長い時には数年かかる。俺も剣は既に百五十程度行っているが、魔法に関してはまだ三十程度だ。
「うん。ホウロウさんが使ったあの魔法──"スリープミスト"は、熟練度が二百以上で使えるようになる、水属性の魔法の一つなの。私も、まだ百二十くらいだから全然だけど……昔本で読んだことがあるから、知ってた」
「……てことは、結構高レベル?」
「そうじゃの。レベル六十近くには行ってたじゃろうか。じゃが、この村に来て杖を奪われ、装備も有り金も奪われてしもうた。やむを得ず、村の中をふらついておったところ、先代に拾われた、ってとこじゃ。先代は馬の声が聞こえる、などという変人での。じゃが、面白い話も色々聞かせてもらったわい」
「じゃあ、この村がなんでこうなったか、知ってるんですか?」
俺が身を乗り出して聞いてみると、「まあそう焦るな」と言いながら、お茶を一口飲む。なんとなく老人っぽい仕草だが、やはり見た目のせいか、老人感は少し薄い。
「そうじゃの……この村の話は、先代がしてくれたなかでも、傑作なものじゃ。耳の穴かっぽじって聞くがいい」
俺は唾をゴクリと飲んだ。この時俺は、レイラが何か物思いに耽っていることに、気付けなかった。さっきの発言から、すぐに下に視線を向け、硬い表情をしていたというのに、だ。
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