第19話

情報集めを行った三日後、俺達はリューレン村を出た。それから一週間かけて、"ホーセス村"に着いた。


「リューレン村に比べたら、少し小さめかな?」


「だな」


目の前には、大きな門と城壁が広がっていた。少し苔で表面が覆われているが、それ以外は至って普通と見てもいいだろう。しかし、門番はいない。


「勝手に入っていいんだろうか?」


「いないんだしいーんじゃなーい?」


レイラが門を押す。すると、結構あっさり開いた。いや、開いたと言っていいのだろうか。どっちかというと、押した方に倒れた。厚さはそこまで厚くはない。上から見ると、どうやら今の衝撃で砕けてしまったらしい。


「……これ、いくらするんだろ」


「えぇ!? これ、弁償!?」


「そりゃそうだろ。門って結構大事なんだぞ?」


「うぅ……」


しかし、倒してから数分経ったというのに、誰も来ない。老人が言っていた通りなら、二百人はいるはずなのだが。


「……まあ、誰も来ないみたいだし、入っちゃえば問題は無いか」


ない訳では無いだろうが、何もしないよりはマシだろう。


村の中に入った。正直な感想を言おう。


「……ボロボロだな」


「人いるの? これ……」


建物は崩れ、土地はガタガタになって、まったく整備されていない。一体何があったのか、と思う。本当にひどい状態だった。


「……人、探すか。見つけたらホウロウさんの居場所を探そう」


「了解」



しばらく歩いた。しかし、誰も見つけられない。正直、不安になってきた。本当に人がいるのか、もう既に自信をなくしていた。


「……あ、あそこ」


レイラが指さした。そこは、崩れかかっている家二軒の間の、よくいう裏路地的なところだった。


「ん?」


俺も視線を向ける。そこに居たのは、小さな男の子だった。痩せ細って、服もボロボロの継ぎ接ぎだらけだ。この村で、初めての人間だった。


「──!」


男の子が俺らに見られていることに気付いた。辺りを見渡して、あたふたしているように見える。


俺は話しかけてみることにした。


「君、何してるの?」


男の子はビクッと肩を跳ねさせた。不安そうな表情をして、こっちを見ている。


「おいでよ。大丈夫、悪い人じゃないから」


彼は少し躊躇ってから、姿を見せて、こっちに駆け寄ってきた。


胸のあたりの服を両手で掴んで、眉尻を下ろして、不安な感情が伝わってきた。


「あ、あのっ……お兄さんたちは、冒険者なんですか?」


弱々しい声で話しかけてきた。


「そうだよ。他の村から来たんだ。君は、この村の子?」


「うん……それ、剣?」


「ん? ああ。そうだよ。見てみるか?」


俺は背中に装備しっぱなしだった剣を抜き、男の子に見せる。不安さが一気に吹き飛んで、目を輝かせている。服を掴んでいた手も離して、不安さは微塵も残っていない。


「触ってみて、いい?」


「いいけど、危ないから刀身の表面だけだぞ」


「うんっ!」


俺は剣を柄と刀身を両手で支えて、屈んで男の子が触れる位置に持っていく。男の子は目を輝かして刀身に触れた。


「ツルツル……光ってて、すごい」


「君は、冒険者になりたいの?」


「憧れてるけど……無理だよ、この村じゃ」


この村では冒険者にはなれない。男の子はそう言った。理由は何故か──村の様子を見れば、大体予想がつくだろう。


「痛っ……!」


「あ、お、おい……大丈夫か?」


男の子が誤って刃に触れてしまったらしい。人差し指の腹から、うっすらと血が滲んでいく。


「レイラ、"ヒール"頼めるか?」


レイラに呼び掛けるが、反応がない。いないのかと思ったが、ちゃんと俺の後ろにいる。しかし、その表情は固かった。


「お、おい……」


「……逃げるよ、レン」


「……は?」


レイラが俺の腕を掴んで、走り出す。俺は状況を理解できないまま、急いで剣をしまい、一緒に走ることにする。


「どうしたんだよ」


次の瞬間、さっきの男の子の声が聞こえた。どんな声か──泣き声だ。「脅されたよ────っ!」と言っているように思える。


「多分、お爺ちゃんが言ってたのは、こういうことだと思う」


「こういうことって……俺にも分かるように頼む」


「えと……」


レイラは走りながら俺への説明を試みる。


「……私の予想なんだけど、あの子、レンの剣を奪おうとしたんだと思う。けど、レンが貸してくれそうな感じじゃなかったから、今度は強硬手段に出た、って感じかな。手をわざと怪我して、泣き叫ぶと大人が寄ってくる。警団が来たら、剣を持ってるレンが犯人に見える。そこでレンを連れて行って、身ぐるみを剥いで村から追い出せば、その装備は村の収入に出来る……って感じかな」


「……」


正直、何も言えなかった。今も子供の声は聞こえているし、俺の第六感で大勢の人が俺らを探しているのも分かる。つまり、レイラの予想は合ってたのだろう。


「それに、私が門を倒しちゃったから、その音で誰かが来たのも分かるし、それでその作戦を始めれば、村人ほぼ全員が動くことが出来る……あれだけの音がすれば、流石に村中に響くもんね。それで、私も門を破壊した犯人として、仕立てあげれる。装備を剥いで、追い出せばさっきと同じ、収入源」


「…………マッチポンプってやつか」


「そんな感じ」


レイラの説明を受けた俺は、そう言うことしか出来なかった。信じたくはなかった。しかし、あの子供も、追いかけてくる人々から考えても、レイラの予想はほぼ合っている。俺らは、犯罪人に仕立てあげられたのだ、ということも。


「あの爺さんの言ってた、身ぐるみ剥がされて帰ってきた冒険者って……これの被害者だったってことか……」


「多分」


今も俺らは全力で逃げている。俺は昔からしてきた特訓のおかげで体力はもつが、レイラは既に息が切れ始めている。


「大丈夫か?」


走りながらの説明は、やはりキツかったのだろう。


「だい、じょぶ……まだ、走れるから……」


少しずつスピードが落ちているのも、なんとなく分かった。


「ちょっと失礼」


「きゃぁ!?」


俺はレイラの右側に移動し、左手だけで彼女を抱えた。思ったよりも軽い。


「お、降ろしてっ! 走れるからっ!」


「黙って捕まってろ! 走りにくい!」


「だから降ろしてってっ!」


暴れようとするレイラを、なんとか宥めようとする。しかし、収まろうとしない。


しかもそのタイミングで、正面から小集団が集まってきていた。


「まずいな……四十人くらいはいるぞ……」


「ほらっ! 早く降ろして!」


「黙れよチビ!」


つい暴言を言ってしまったが、一応黙ったので結果オーライだ。


通りはそこまで広くなく、正直四十人が一斉に来ると、縦にもだいぶ幅があるので、簡単にはかわせそうにない。しかし、家の間を通って逃げようにも、ほとんどの小道に一人か二人の人がいる。そのせいで通れない。


実質、正面突破しかなくなった。


俺は剣を抜いた。


「ちょ、何やって……!」


「いいから見てろ。相手が強硬手段なら、こっちも強行突破だっ!」


俺は更に前屈みになり、速度をあげる。


小集団が見えてきた。向こうも俺らを見つけたらしい。「いたぞ!」「捕らえろ!」などといった声が聞こえる。


「どうするの……!?」


「こうすんだよ……!」


俺は少しずつ家に近付く。そして、レイラを抱えたまま飛び上がり、窓の縁に足をかけ、更に高く飛ぶ。これで、人の頭の高さは越えた。しかし、集団の縦幅を越えるには、まだ飛距離が足りない。そこでの突破方法は──


「《ストライク》ッ!」


そう。突進剣技、"ストライク"だ。腕を強く引き、剣が輝いたところで、謎の力に任せて前方に飛ぶ。


なんとか飛び越え、着地と同時にもう一度加速する。



「もうっ! 無茶してっ!」


「しょうがないだろ! あの時はあれしかなかったんだから!」


レイラに速度の上がるバフをかけてもらい、現在も逃走中。十五分くらい、レイラを抱えたまま走っている。


「とりあえず、休憩したら? 腕も脚も、疲れてきたでしょ?」


「いや、まだまだ……と言いたいけど、否定は出来ない……」


「どこか、家に入れない?」


俺は周囲の建物をざっと見回す。どの家も崩れかけで、正直怖い。しかし、そんな悠長な事は言ってられないので、近くの窓から家の中に飛び込む。


軽く背中を打ったが、なんとか声を堪える。


少し痛みの引いたところで、窓側に背中をくっ付けて、レイラを解放する。


「ふはぁ……疲れたぁ……」


「……その」


「どした?」


レイラが少し赤くなっているので、聞いてみた。


「重く……なかった?」


「超重かった」


ちょっと冗談を言ってみる。そして、腕もうパンパン、などと言って、手をヒラヒラさせてみる。レイラは顔を赤くして、


「なっ、なっ……そ、そこは軽いって言ってよっ……! 私だって女の子なんだからっ……!」


大声を出さないようにして、俺を怒ってくる。腕を掴んで揺すってくるので、走り回ってガンガンする頭も相まって、吐き気を催す。


「うっ……揺らすな……吐く……」


「ふあっ、あ……ごめん……」


「……ふぅ。別に重くなかったぞ。さっきのはお前をからかっただけだ」


ニヤッとして、レイラに真実を告げる。また赤くなって、俺の腕を掴もうとするが、さっきのでやり過ぎると俺が吐くと分かったのか、諦めて俯くだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る