第16話

 ブラックバックを吹き飛ばす、いい方法は一体……


「なにか、ないのか……!」


 俺がこうして迷っている間にも、ブラックバックは近づいてくるし、レイラの魔法も完成する。あの巨体を、遠くに隠れているホワイトコングの群れまで吹き飛ばす、いい方法。俺の攻撃は効かない。全てはじき返されてしまう。風魔法も意味をなさないだろう。


 ——いや、逆に考えたらどうだ。俺の攻撃ははじき返される、、、、、、、。なら、こっちが強引に耐えれば、どうなる?


「試す価値は、あるか……失敗したら、終わりだな」


 どうにか、レイラだけでも生き延びてほしいものだ。エミには悪いことをしてしまう。しかし、冒険者なら仕方のないことかもしれない。


「……何諦めてんだ、俺は。死ぬわけにはいかないんだろ。なら、勝たねえと」


 両手の剣を強く握る。集中力を高める。いつの間にか、骨折の痛みも、気にならなくなっていた。


「いくぞっ……!」


 俺は地面を蹴った。加速する。二本の剣を、体の右側に、重ねて、ほぼ水平に構える。走りながらだと“剣技”の発動は困難になる。しかし、俺の持つ二本の剣は、何の問題もなく、眩く輝いた。


 ——二刀流中級剣技、水平斬り、《ツインクロー》。


 どんどん近付く。気配を察したのか、ブラックバックが拳を振り上げる。相手には俺の位置が見えていない。しかし、あのレベルの魔物となると、俺の持っている第六感に似たようなものを持っている場合がある。このブラックバックもその一体だろう。


 しかし関係ない。


「——っ!」


 振り下ろされる拳を、右に避ける。ブラックバックからすれば、左側だ。そして、そこからまっすぐ飛ばせば、ホワイトコングの群れの位置へと辿り着く。


 俺の腕がどうなろうが、構わない。ここで全てを出し切る……!


「らああぁぁあぁぁっっ!」


 叫びながら、謎の力によって加速した、二つの水平斬りが、獣の爪のようにブラックバックに襲い掛かる。しかし、初級剣技であのざまだ。中級だと、うまく行っても多少食い込むくらいだろう。


 二本の剣とブラックバックの左脇腹が衝突する。両腕に重い衝撃がかかる。さっきまでなら、この衝撃を逃がすために、剣をブラックバックから離していた。しかし、今回はそうもいかない。


 俺は大声を出し続けながら、二本の剣に力を込めて、ブラックバックに押し込む。少し沈んだかと思うと、剣と皮膚の接点から、僅かに赤い血が滲み出た。ブラックバックの足元が僅かにズズっと、右側にずれる。


「——らあっ!」


 最後の一押し。俺は遂に、ブラックバックを押し飛ばした。何故ブラックバックが攻撃してこなかったのかは、正直俺には分からない。しかし、ありがたい限りだった。


 ブラックバックはうまいことホワイトコングの群れへと突っ込んでいった。そして、場は整った。


「レイラっ!」


 俺は叫ぶと同時、レイラに視線向けた。そして、見た。レイラの足元とロッドの先に浮かび上がる、禍々しい魔方陣。その異様さが、この魔法の威力を思い知らせる。


 そして、遂にこの世界で僅か数百人しか使えないと言われる、伝説の魔法——“バーニングネオ”が放たれる。


「——《バーニングネオ》ッ!」


 足元の魔法陣が消え、ロッドの先の魔法陣が、さらに大きくなる。そしてその中心に、真っ白い、レイラの着ているワンピースよりも、純白な光が集まっていく。


 その光の玉が、レーザーのように放たれた。目には見えない速度で、ホワイトコングの群れへと飛んでいく。俺が光のレーザーが出たのを見るのと、爆破音が鳴り響くのは、ほぼ同時だった。


 ホワイトコングの群れがいた場所に、巨大な爆破が巻き起こる。炎は渦を巻き、高く高く、空へと昇っていく。しかし、俺は見た。その炎の渦から、一つの影がレイラへと向かうのを。


 瞬間、駆け出した。もしかしたら間に合わないかもしれない。レイラは、立っているのもつらそうにしている。魔力の消費が大き過ぎたのだ。腕とロッドからは、煙がもうもうと立ち込めている。若干やけどをしている可能性もある。


 やはり、間に合わなかった。影はレイラに到着し、俺はまだ届かない。ここからじゃ、初級、中級の剣技でも届かないだろう。


 影がレイラを握り、顔の前まで持ち上げる。俺はもう、先のことを考えるのをやめた。レイラがそのまま握りつぶされる先も、俺が無茶をしてぶっ倒れる先も。


「レイラに……触るなぁ————っっ!」


 右手の黒剣を、後ろに引く。このままでは、初級の“ストライク”が発動する。しかし、“ストライク”とは、少し構えを変える。剣先を敵に向けるのではなく、ほぼ真横に向くほど、剣を強く引く。


 すると、剣に風がまとった。レイラは“装備魔法”と言ったが、俺が使うのは立派な剣技だ。名は——“トルネード・ストライク”。剣にまとった風が、ドリルのように回転をして、刺突を当てた相手を、ドリルのように貫くのだ。


 そして、跳躍距離は“ストライク”の比じゃない、約十メートル。


 俺は地面を蹴った。剣先は既に、レイラを持つ腕の、付け根を狙っている。


 そして、剣先は狙った通りのところに当たった。炭化しかけていた腕は、いとも簡単に弾き飛んだ。手に包まれていたから、レイラも無事なはずだ。


 そして、影の正体を見上げる。実に、異様な姿だった。そして、異様な臭気もまき散らしている。


 身体中がほぼ炭化し、真っ黒。潰された目のお蔭で、その正体がブラックバックだと予想が付く。


 左胸には穴が開いており、焼け焦げて血が出てくることはない。普通なら死んでいてもおかしくないだろう。その穴は、“バーニングネオ”が飛んでいる際に直撃したのだと思う。


「悪いが、お前はここまでだ。散々手こずらせてくれたな」


 右手の剣を右側に水平に伸ばす。純白に光りだした。


「終わりだ。《ルミナス・カリバー》」


 この剣技は、その人物の熟練度によって連撃回数を決めることができる。俺は現状、二連撃が限界だが、今回は一撃でよかった。


 滞ることなくブラックバックの体を薙いだ剣は、光を消した。上半身と下半身を斬り分けられたブラックバックは、動かなくなり、残っていた左腕も、だらんとぶら下がり、遂には炭化した肉が重さに耐えきれず、ダスンと落ちた。


 ブラックバックの体が少しずつ後ろに倒れていく。今度は、腕とは比にならない轟音を立てて、体が倒れた。


 遂に、レベル百に至るブラックバックを倒した。ネペントよりも、つらい戦いだった。一度は死にかけた。


「レイ、ラ……」


 気が抜けた瞬間、倒れそうだった。しかし、吹き飛ばしたブラックバックの腕まで、ゆっくりと、足を引きずるようにして近づく。レイラは息はしているようだ。しかし、眠っているかのように動かない。いや、握られているせいで動けないのか。ブラックバックの手は、レイラの身長と大差がない。見えているのは、頭とブーツの先くらいだ。


 やっとのことで、レイラの元にたどり着いた。剣を地面に置いて、力の入らない腕で、なんとかブラックバックの指を開いていく。


 数分かけて、やっとレイラを解放することができた。その瞬間、俺の意識は遠のいた。視界が歪み、靄がかかったようになる。


 意識が飛ぶ瞬間、小さな何かに、俺の手が包まれた。そして、こう聞こえた。


「ありがとう。お疲れ様」


 その声は掠れ、しかし、俺の心を潤す、不思議な力があった。

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