第15話
──"ホワイトコング"。白い毛並みのゴリラだ。全身が筋肉で出来ている、などと、ふざけた噂まで流れるほど、力が強い。そして、野生では平均レベル六十以上は間違いない。更に俺らが相手をしているのは、群れで行動するホワイトコングの長、ブラックバック。背中が黒いのが特徴で、群れの中でも一番強い。レベルは高いと百を超える。かつて、その力が二万馬力に至ったものもいたらしい。
そして、今俺らが目の当たりにしている光景は、実に惨かった。さっきのゴブリンよりも酷い。いくつかの
そして、今もブラックバックの手の中には、何かが握られていた。
「レイラ、注意をっ!」
「《フレイムショット》ッ!」
俺の指示を受けたレイラが、火炎球魔法を放つ。ウルフの時みたいに、その毛が燃えてくれれば楽なのだが──
──やはり当然というか、小爆発をしながら当たった火炎球の痕には、焦げひとつ付いていなかった。
「……堅すぎる」
レイラが呻いた。かといって、俺らもここで引き下がるわけにはいかない。
どうやら、魔物の本流は南かららしく、俺達がいる北側には、一切の冒険者がいない。つまり、ここで俺達が逃げれば、南側で闘っている冒険者たちは、挟み撃ちにされることになる。
「やるしかないか……!」
俺は剣を抜き放ち、駆け出した。残り三メートルの地点で足を止めて、剣を後ろに引いて腰を落とす。この世界に存在する、武器での特殊攻撃──"剣技"だ。俺が今使おうとしているのは、初級突進技、"ストライク"だ。
剣が青く光り出す。地面を蹴ると、謎の力で体が前へと飛んでいく。ブラックバックとの距離差、三メートルを一気に駆け抜ける。
そして、ブラックバックの腹部に、俺の剣が突き刺さ──らなかった。右腕を鋭い痛みが襲う。全衝撃が弾き返されたかのような痛み。頭の中を電気が駆け抜けるかのように思えた。
しかし、ブラックバックの注意は引けた。後は村民を逃がすだけ──
「逃げろぉーっ!」
声を張り上げた。ブラックバックは、右手に持っていた何かを放り捨て、俺へと殴り掛かろうとする。
──ホワイトコングの対処法。ホワイトコングは全てのステータスが高い。特にブラックバックは、スピードが尋常じゃなく、攻撃の構えから、一秒も掛からずに拳が飛んでくる。しかし、ブラックバックが戦っている最中は、他のホワイトコングは手出しをしない。魔法耐性も高く、そんな簡単ではない。武器での攻撃も、その分厚い筋肉で全て弾き返す。武器の通常攻撃でダメージを与えれるのは、目と体内のみ。
俺はその攻撃をバックでかわし、その拳を踏み台にして、飛び上がる。顔の高さまでいったところで、剣でまずは右目を突き刺す。即座に抜いて、今度は左目。
厚い胸板を蹴って距離をとる。ブラックバックは目を押さえて、野太い咆哮を響き渡らせる。
既に全員逃げただろうか。
「冒険者様っ!」
話しかけてきたのは、一人の中年の男性だった。
「なんでまだいるんだよ!」
「これを、お使い下さい……」
そう言って渡してきたのは、ひと振りの剣だった。俺の使う剣には及ばないが、十分に強い剣だ。
「これは、この村に唯一ある、プラコール村で鍛え上げられた剣です」
プラコール村。ここは腕のいい鍛冶職人が多く、武器の村として栄えている。
そのプラコール村の剣とあれば、十分な強さのはずだ。
レイラが魔法でブラックバックの牽制を行っている間に、男性からその剣を受け取る。
「使わせてもらうよ……さあ、逃げて!」
男性は頷いて、駆けて行った。
さあ、準備は整った。
「行くぞ……!」
俺は左手に持ったプラコール村製の剣の鞘を、勢いよく振って、外す。そして、地面を蹴った。
ブラックバックに斬り掛かる。しかし、初級剣技でもダメージは通らなかった。それなら、通常攻撃が効くはずもなく、ほぼ無駄足状態だ。
「せあっ!」
右手の剣で斬り上げる。勿論、ダメージは通らない。今度も右手の剣で、次は右へと斬り払う。効かない。
すると、ブラックバックがいつの間にか拳を後ろに引き、既に俺へと向けて、突き出そうとしていた。
「ぐっ……!」
かわしきれない。防御も間に合わない。ブラックバックは見えていないはずなのに、正確に俺へと拳を、当てにきていた。しかし次の瞬間、
「りゃああぁぁぁああっ!!」
甲高い掛け声と共に、ブラックバックの右腕が軌道をずらした。理由は、ブラックバックの腕を、
「レイラ……!」
正直、何が起きたのか目を疑った。なにせ、あの魔法しか使えないと思っていたレイラが、素手で殴っているのだから。しかも、炎をまとった左腕で。右手にはロッドがあるので、そのための左腕の殴りだろう。
「……《バーニングブロー》」
炎の拳、とかその辺の意味だろうか。ブラックバックの腕には、小さな焦げ跡がついた。もしかしたら、上位の剣技に値するものかもしれない。
「今のって……」
「装備魔法。自分の体や、武器に魔法をまとわせて攻撃するの」
どうやら、今のも魔法の一種らしかった。バフの類だろうか。
「でも、殴りは剣技だけどね」
苦笑いしながら言う。
ブラックバックが俺らから距離をとった。
「お前、剣技使えるのか……?」
「ほんの少しだけ。数回しか使えないけど」
なるほど。レイラは一応、近距離戦も可能ってわけだ。
レイラの能力の話をしていると、唐突に影に入った。移動はしていない。次の瞬間、鳩尾に鋭い痛みが走る。しばらくの浮遊感の後、背中から着地して、肺の中の少ない空気を吐き出した。すぐ後にレイラも横に飛んでくる。
グルルルル……と唸る声が聞こえる。ブラックバックの唸り声だろうか。
胸部の鋭い痛みと、何故かやりずらい呼吸、弱くなった五感。一気にピンチへと落とされた。どうやら何本かの肋骨が折れ、うち一本は肺に刺さっているらしい。
「《サークル……ヒール》」
レイラが絞り出すような声で魔法を唱えた。すぐに痛みが和らぐが、それも一瞬のことで、肺に刺さった骨が抜けただけに終わった。
「……レイラ、大丈夫、か?」
「ん……レンも、無事?」
「肺に、骨が刺さった……」
「……《ヒール》」
今の魔法で、どうやら肺の傷はほとんどが回復したらしい。しかし、体は動かない。今の攻撃で、恐怖を植え付けられたらしい。どうすれば、いいんだ……?
ドスッ、ドスッ、という音と、頭に響く震動で、ブラックバックが近付いていることが分かる。そして、死までが近付いているように感じた。二本の剣は、すぐ手元にある。あの瞬間、剣を放さなかったのは、奇跡と言えよう。しかし、その剣も振れない今じゃ、ただの宝の持ち腐れだ。
「……こんなすぐに、エミとの約束を、破って、たまるか……!」
力を振り絞り、上半身を起こす。全身に鋭い痛みが走るが、それも無視。剣を拾って立ち上がる。
「レイラ……バフ頼めるか」
「ん……《オールステータス・アップ》」
俺の能力がグンと上がる実感があった。
「……レン」
「なんだ?」
「……
「……」
「……分かった。なんとかして、俺がアイツを村から離すから、その間に詠唱をしておいてくれ」
「分かった」
レイラが嬉々として立ち上がる。どうやら、役に立てるのが嬉しいらしい。俺にとったら、いつも役に立ってくれているのだが、レイラ自身はそうは思ってないらしい。まあ、はっきり言葉にしていない俺も悪いが。
しかし、方針は決まった。今も少しずつ近付いてくるブラックバックを、村から離す。とにかく、これを最優先で行わなければならない。何か、方法はないだろうか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます