第14話

 “寝床屋”に戻る。俺らは風呂で(色々あったが)普通にスッキリして、ほくほく顔で宿に戻ってきた。といっても、一軒隣なだけだが。


 外はまだ明るい。日も沈みきっていないし、夕食にするにも、そこまで空腹感はない。聞いてみると、レイラも同じらしい。


「さて、何をする?」


「ん~……寝たいかなぁ」


「寝たら起きれないだろうけどな……でも、同感だ。よし、部屋に入ったら、一睡するか」


 そうして、俺達は“寝床屋”の“106”号室に向かい、一つのベッドの上で、添い寝という状態になった。さっきのこともあるので、若干意識をしてしまうが、ここに来るまでの疲れが勝ったのか、すぐに眠りについた。



 どのくらい経っただろうか。何やら外が騒がしい。「————!」「————ろっ!」と、いくつもの声が聞こえるが、何を言っているのか分からない。


「う……」


 俺は上半身を起こし、一度伸びをする。隣には、レイラが寝息を立てている。どのくらい寝たのだろうか。外は真っ赤に、、、、染まっている。寝たのが昼間だったはずだから、……そんなに寝てないのか。


「……レイラ、起きろ。飯食うぞ」


 寝ぼけたままレイラを揺する。そんな間も、外の騒々しさは酷くなっている。一体何をそんなに慌ててているのやら。


「うぅん……」


 レイラが少し唸ってから、瞼をうっすらと開けた。俺と同じく上半身を起こし、大きなあくびをする。


「…………外うるさいね。なんだろ?」


「さあ……とりあえず、飯でも食おうぜ。腹減った」


 ここの二軒隣に行けば、“食事屋”という店がある。そこに向かおうとベッドを降りると、——


「お客さんっ、お客さんっ! いるなら返事をしてくださいっ!」


 扉をだんだんと叩いて、カウンターにいた青年が呼びかけてくる。


「はい、なんですか?」


 扉の鍵を開けて、そっと開く。すると、


「何をしているんですかっ! 早く逃げてくださいっ!」


「……は?」


 待ってられないとばかりに、青年が扉を引っ張り、強引に開ける。そして、逃げろという。


「時間がないんですっ! 早く、必要なものを持って外に出てくださいっ!」


「え、いや、あの……何が起きてるんです?」


「何って……この村に来た時点で、予想くらいつくでしょっ!」


「予想っていわ——」


「レン、外に魔物がっ!」


「なっ……」


 窓から外の様子を見ていたレイラの言葉で、状況を理解した。俺らが寝ている間に、魔物、魔獣が攻めてきたらしい。


 ——この村はリューレン村。魔獣の巣に囲まれており、いつ死んでもおかしくない村。それが、この村のおおまかな説明だ。


「そういうことか……」


「迷ってる暇はありませんっ! 今すぐにっ——」


「戦うよな、レイラ」


「もちろんっ! ここで戦わないと、冒険者の端くれでもバカにされるもんっ!」


「というわけだ。お兄さん、念のため他の客と一緒に、裏口から逃げてください。俺らが入り口の魔物は抑えるので」


「し、しかし……」


「信じてください。何とかしますから」


「……分かりました。その言葉、信じますよ」


 俺はポーチから、剣を取り出す。レイラも続いてロッドを取り出した。臨戦態勢は整った。


「じゃあ、行きます」


 部屋を出て、カウンターに向かう。入り口の前では、何人かの客が、ゴブリンに襲われていた。外は赤く、建物が燃えているらしい。


「……赤いのは夕焼けじゃなくて、炎だったか」


「《フレイムショット》っ!」


 ゴブリンに向けて、二つの火炎球が飛んでいく。襲われている客を避けた火炎球は、残念ながらゴブリンにはヒットしなかった。しかし、油断はできた。その隙に俺はゴブリンの一体に剣を突き刺す。体を貫通して、血が噴き出した。剣を抜いて、横に一閃する。上半身と下半身が分裂し、上半身を殴って吹き飛ばす。


 飛んでいったゴブリンの上半身は、他の一体を巻き込んで、着地した。


「逃げろっ! 裏口に回れっ!」


 顔が青ざめていた客たちは、俺の指示通り、裏口へと走って行った。


「レイラ、ここは二人で抑えるぞ」


「うん、分かってる」


 俺とレイラは、自分の武器を構えた。


 状況の確認のため、周囲を見回す。目に入ったのは、左右に合計三人の人間の体。一つは頭を砕かれ、残りの二つは、服を破り捨てられ、体中が傷だらけだ。頭を砕かれているのが男性で、服を破かれているのは女性だろう。


 ゴブリンは人間の女を使って、子孫を残したりおもちゃにしたりすると聞く。しかし、今回の二人は、既に死んでしまっていた。男は間違いなく死んでいるだろう。


「惨いな……」


「レン、来るよっ!」


 レイラの言う通り、ゴブリンがその手に持つ棍棒を、飛び上がって俺に振り下ろしてきた。


 ——父さんのゴブリン対処法。ゴブリンは個々は強くない。しかし、集団で攻められると、少しめんどくさい。一体ずつ、確実に倒すのをお勧めする。そして、基本的に棍棒を使ってきて、飛び上がっての振り下ろしが多い。左右にかわして、横から斬れば楽に倒せる。


 父さんの教えてくれた通り、ゴブリンは先述の通りに攻撃してきた。そして、俺は右に体をずらし、ゴブリンが着地する前に、その体を真っ二つにする。


 その後、何体ものゴブリンが、同じ攻撃をしてきた。まるで知能のない人間だ。


 何体倒しただろうか。ぱっと見じゃわからないほど倒した。返り血も少し浴びたが、気になるほどじゃない。それに、俺とレイラへのダメージは、ゼロだ。


「ふぅ……あの人たち、逃げれたかな?」


「どうだろう。確認、行く?」


「そうだな。もし、魔物に襲われてたら話にならねえしな」


 俺たちは裏口から出た。そこに人はおらず、一応この宿からは離れたことは察せられた。


 しばらく走った。三分くらいだろうか。火を除けば、外はかなり暗い。恐らく九時か十時くらいだろう。


「……腹減ったな」


「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよ……人のこと言えないけどね、私も……」


 レイラのおなかから、クルルルと音が鳴る。「うっ……」と声を出して、顔を赤くした。


 俺はポーチを探って、パンを取り出した。俺も欲しいので、二つだ。


「食え。腹が減っちゃなんとやらだ」


「わ、分かった……」


 俺も若干罪悪感はある。多くの人が苦しんで、死んでいっているというのに、俺らはパンを食っているのだ。これで罪悪感を感じない人は、感性がどうかしている。


 俺らはパンを食いながら走った。しかし、一向に逃げていった人たちは見えない。途中に大きな血だまりなんかはなかったので、魔物に襲われて殺された、ということはないはずだ。


「……そろそろ村の端っこだよな」


「うん……いないね、逃げた人たち」


 そう。もう少しで北門に着くのだ。門という門はないが。


 その時だった。


「キャアァァアアァァッッ!」


 悲鳴だ。少し離れたところから聞こえた。ここまで来れば、少し離れたというのは、ほとんど門のすぐそばになる。つまり、門の近くで何かがあったということだ。


「急ごう!」


「うんっ!」


 俺らは全力疾走で北門に向かった。


 三十秒ほど走ると、人が固まっているの見えた。俺はその人たちに呼びかける。


「どうした!」


「ま、まもっ……魔物がっ……」


「……なっ……!」


 俺は足を止めて、絶句した。後ろから、急に止まった俺にレイラがぶつかったが、それも気にならなかった。


 ——そこにいたのは、白い毛並みと豪腕を持ち、全身の筋肉がやばい生き物がいた。背後から見たので、更にもう一つの特徴を見る。背中の中心の方の毛並みが、黒いのだ。


「ホワイトコング……ブラックバック……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る