第14話
“寝床屋”に戻る。俺らは風呂で(色々あったが)普通にスッキリして、ほくほく顔で宿に戻ってきた。といっても、一軒隣なだけだが。
外はまだ明るい。日も沈みきっていないし、夕食にするにも、そこまで空腹感はない。聞いてみると、レイラも同じらしい。
「さて、何をする?」
「ん~……寝たいかなぁ」
「寝たら起きれないだろうけどな……でも、同感だ。よし、部屋に入ったら、一睡するか」
そうして、俺達は“寝床屋”の“106”号室に向かい、一つのベッドの上で、添い寝という状態になった。さっきのこともあるので、若干意識をしてしまうが、ここに来るまでの疲れが勝ったのか、すぐに眠りについた。
♢
どのくらい経っただろうか。何やら外が騒がしい。「————!」「————ろっ!」と、いくつもの声が聞こえるが、何を言っているのか分からない。
「う……」
俺は上半身を起こし、一度伸びをする。隣には、レイラが寝息を立てている。どのくらい寝たのだろうか。外は
「……レイラ、起きろ。飯食うぞ」
寝ぼけたままレイラを揺する。そんな間も、外の騒々しさは酷くなっている。一体何をそんなに慌ててているのやら。
「うぅん……」
レイラが少し唸ってから、瞼をうっすらと開けた。俺と同じく上半身を起こし、大きなあくびをする。
「…………外うるさいね。なんだろ?」
「さあ……とりあえず、飯でも食おうぜ。腹減った」
ここの二軒隣に行けば、“食事屋”という店がある。そこに向かおうとベッドを降りると、——
「お客さんっ、お客さんっ! いるなら返事をしてくださいっ!」
扉をだんだんと叩いて、カウンターにいた青年が呼びかけてくる。
「はい、なんですか?」
扉の鍵を開けて、そっと開く。すると、
「何をしているんですかっ! 早く逃げてくださいっ!」
「……は?」
待ってられないとばかりに、青年が扉を引っ張り、強引に開ける。そして、逃げろという。
「時間がないんですっ! 早く、必要なものを持って外に出てくださいっ!」
「え、いや、あの……何が起きてるんです?」
「何って……この村に来た時点で、予想くらいつくでしょっ!」
「予想っていわ——」
「レン、外に魔物がっ!」
「なっ……」
窓から外の様子を見ていたレイラの言葉で、状況を理解した。俺らが寝ている間に、魔物、魔獣が攻めてきたらしい。
——この村はリューレン村。魔獣の巣に囲まれており、いつ死んでもおかしくない村。それが、この村のおおまかな説明だ。
「そういうことか……」
「迷ってる暇はありませんっ! 今すぐにっ——」
「戦うよな、レイラ」
「もちろんっ! ここで戦わないと、冒険者の端くれでもバカにされるもんっ!」
「というわけだ。お兄さん、念のため他の客と一緒に、裏口から逃げてください。俺らが入り口の魔物は抑えるので」
「し、しかし……」
「信じてください。何とかしますから」
「……分かりました。その言葉、信じますよ」
俺はポーチから、剣を取り出す。レイラも続いてロッドを取り出した。臨戦態勢は整った。
「じゃあ、行きます」
部屋を出て、カウンターに向かう。入り口の前では、何人かの客が、ゴブリンに襲われていた。外は赤く、建物が燃えているらしい。
「……赤いのは夕焼けじゃなくて、炎だったか」
「《フレイムショット》っ!」
ゴブリンに向けて、二つの火炎球が飛んでいく。襲われている客を避けた火炎球は、残念ながらゴブリンにはヒットしなかった。しかし、油断はできた。その隙に俺はゴブリンの一体に剣を突き刺す。体を貫通して、血が噴き出した。剣を抜いて、横に一閃する。上半身と下半身が分裂し、上半身を殴って吹き飛ばす。
飛んでいったゴブリンの上半身は、他の一体を巻き込んで、着地した。
「逃げろっ! 裏口に回れっ!」
顔が青ざめていた客たちは、俺の指示通り、裏口へと走って行った。
「レイラ、ここは二人で抑えるぞ」
「うん、分かってる」
俺とレイラは、自分の武器を構えた。
状況の確認のため、周囲を見回す。目に入ったのは、左右に合計三人の人間の体。一つは頭を砕かれ、残りの二つは、服を破り捨てられ、体中が傷だらけだ。頭を砕かれているのが男性で、服を破かれているのは女性だろう。
ゴブリンは人間の女を使って、子孫を残したりおもちゃにしたりすると聞く。しかし、今回の二人は、既に死んでしまっていた。男は間違いなく死んでいるだろう。
「惨いな……」
「レン、来るよっ!」
レイラの言う通り、ゴブリンがその手に持つ棍棒を、飛び上がって俺に振り下ろしてきた。
——父さんのゴブリン対処法。ゴブリンは個々は強くない。しかし、集団で攻められると、少しめんどくさい。一体ずつ、確実に倒すのをお勧めする。そして、基本的に棍棒を使ってきて、飛び上がっての振り下ろしが多い。左右にかわして、横から斬れば楽に倒せる。
父さんの教えてくれた通り、ゴブリンは先述の通りに攻撃してきた。そして、俺は右に体をずらし、ゴブリンが着地する前に、その体を真っ二つにする。
その後、何体ものゴブリンが、同じ攻撃をしてきた。まるで知能のない人間だ。
何体倒しただろうか。ぱっと見じゃわからないほど倒した。返り血も少し浴びたが、気になるほどじゃない。それに、俺とレイラへのダメージは、ゼロだ。
「ふぅ……あの人たち、逃げれたかな?」
「どうだろう。確認、行く?」
「そうだな。もし、魔物に襲われてたら話にならねえしな」
俺たちは裏口から出た。そこに人はおらず、一応この宿からは離れたことは察せられた。
しばらく走った。三分くらいだろうか。火を除けば、外はかなり暗い。恐らく九時か十時くらいだろう。
「……腹減ったな」
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよ……人のこと言えないけどね、私も……」
レイラのおなかから、クルルルと音が鳴る。「うっ……」と声を出して、顔を赤くした。
俺はポーチを探って、パンを取り出した。俺も欲しいので、二つだ。
「食え。腹が減っちゃなんとやらだ」
「わ、分かった……」
俺も若干罪悪感はある。多くの人が苦しんで、死んでいっているというのに、俺らはパンを食っているのだ。これで罪悪感を感じない人は、感性がどうかしている。
俺らはパンを食いながら走った。しかし、一向に逃げていった人たちは見えない。途中に大きな血だまりなんかはなかったので、魔物に襲われて殺された、ということはないはずだ。
「……そろそろ村の端っこだよな」
「うん……いないね、逃げた人たち」
そう。もう少しで北門に着くのだ。門という門はないが。
その時だった。
「キャアァァアアァァッッ!」
悲鳴だ。少し離れたところから聞こえた。ここまで来れば、少し離れたというのは、ほとんど門のすぐそばになる。つまり、門の近くで何かがあったということだ。
「急ごう!」
「うんっ!」
俺らは全力疾走で北門に向かった。
三十秒ほど走ると、人が固まっているの見えた。俺はその人たちに呼びかける。
「どうした!」
「ま、まもっ……魔物がっ……」
「……なっ……!」
俺は足を止めて、絶句した。後ろから、急に止まった俺にレイラがぶつかったが、それも気にならなかった。
——そこにいたのは、白い毛並みと豪腕を持ち、全身の筋肉がやばい生き物がいた。背後から見たので、更にもう一つの特徴を見る。背中の中心の方の毛並みが、黒いのだ。
「ホワイトコング……ブラックバック……!」
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