第13話
俺らは"風呂屋"の前にやってきていた。建物の感じは、"寝床屋"と大差はない。レンガ造りの、大きくも小さくもない、一軒家だ。
「よし、入るか」
俺らは少し温度の上がった室内へと入る。むしっとしているのは、やはり風呂だからだろうか。
「らっしゃい」
中太りのおばちゃんが話しかけてくる。首には縦に長い布をかけている。汗を拭くためだろうか。
「えと、風呂に入りに来たんですけど」
「そうかい。言っとくが、ここはそんな広かないよ」
「大丈夫です。俺らは風呂に入りたいだけなんで」
「そ。じゃあ、そこから行きな。脱衣所に繋がってる」
おばちゃんが自分の右後ろを親指で指さす。そっちには通路があり、どうやらそこから脱衣所へ行くらしい。
「ありがとうございます」
俺は礼を言ってから、レイラとそっちに行った。なんか違和感があったが、この時は風呂に入れるという喜びのあまり、すぐにその違和感も掻き消えた。
そして、脱衣所──
どうやら今、俺ら以外の客はいないらしい。いやまあ、昼だから当然だけど。
棚の一つに近寄り、剣帯を剣と鞘ごと外す。コートに手をかける。そして、脱いでカゴに入れる。今度はチェストプレートを外して、同じところに置く。今度は上着に手をかけて──ここで気付いた。違和感の正体に。
「……なんでレイラもこっちにいるの?」
「ん? なんかこっちしかなかったから」
俺は急いでさっきの通路を駆け抜ける。さっきの部屋に戻ったところで、おばちゃんに聞く。
「ここってまさか……混浴なんですかっ!?」
「そうだよ。知らずに来たのかね」
知らねぇよ!? はっ、まさか……老人の言ってた問題って、混浴のことなのか!?
「えと……ここ以外に風呂に入れる場所って、あります……?」
これはどう考えてもダメな質問だろう。しかし、混浴にレイラと二人きりで入るくらいなら、いっそ人としての信頼なんか捨ててくれる。
「あるにはあるが……"寝床屋"に泊まってるならうちが一番安いよ。他に行けば、三倍はするね」
「さん……!?」
俺は諦めて、レイラとの混浴に入ることにした。ここは後払いらしい。
♢
お互い服を脱いで、大事なところをタオルと呼ばれる縦長の布で隠す。俺は一ヶ所だからいいが、レイラは……小さいから一応隠れてるな。
脱衣所から浴室に入る。小さいのかと思ったが、思ったより広かった。若干濁った湯に──
「まさか、温泉!?」
「ふおぉぉぉ〜……温泉初めて入る」
レイラが目を輝かせる。
「入ったことないのか? マレル村にもあったけど」
「えと……親が……」
「うん。それ以上言うな。分かったから」
つまり、親が忙しい上、温泉に入るくらいなら村に金を回す、とでも言ったのだろう。
「でも、温泉をたったの二百コンで入れるって、すげえな」
「うんっ! おじいちゃんさまさまっ!」
あの老人のことを指しているらしい。
「よし、入ろっ!」
レイラが右手だけでタオルを押さえ、左手で俺の左腕を掴んで引っ張る。
「うお、おいっ、あまり引っ張るなよ。走ると転ける──」
「ぞ」と言おうとした瞬間、案の定俺の腕を放して走り出したレイラは、ずっこけた。あまりの馬鹿さに目を逸らすのを忘れてしまった俺は、色々と見えてはいけないものを見た気がした。いや、見ていない。断じて見ていないぞっ! ←自己暗示
とまあ、問題はいくつかあったのだが、体を洗ってから、俺らは風呂に入って同時に、
「「はふぅ〜〜〜……」」
長い長いため息を吐いた。それほどまでに、疲れが溜まっていたのだ。おそらく──いや、間違いなく人生で一番疲れたと思う。俺もレイラも、このまま寝てしまいそうに、目を閉じていた。
しかし、流石に寝るわけにはいかないので、レイラに話しかける。
「……お前さぁ」
「ん〜……?」
「なんで一緒の部屋に拘ったんだ〜……?」
ゆるーい言葉のキャッチボールが繰り返される。
「レンが言ったんだよ〜……」
「何を〜……」
「寂しい時は人肌なんちゃらってぇ〜……」
そこまで言ったなら最後まで言おうよ。
「そうだけどさぁ〜……一人でゆっくりしたい時もあるじゃん〜……」
「私はずっと一人だったから、今も一人が嫌なの〜……」
どう考えても、この雰囲気で話す内容ではない。ただ、あまりの気持ちよさに、このことに気付くのは数日後になった。
「……それ言われちゃあな〜」
「いいでしょ〜……ここに来るまでずっと一緒だったじゃん〜……」
「まあ、いいか……この気持ちよさの前では、お前と二人でいるのも、気にならねえな〜……」
「なんだよ〜……私といるの、嫌なの〜……?」
「別に〜……単にぃ、ちょっと一人でいたいな〜……って思うこともあるだけ〜……」
「じゃあ、私が一人が大丈夫になったら〜……一人の時間も作ってあげる〜……」
「何年後の話だよ……」
俺が目を開けると──
「にひっ」
「ぬわぁぁああっっ!?」
目の前に笑顔のレイラがいた。いつの間にか近付いていたらしい。まったく気付かなかった。不覚だ。そして、レイラはお湯の中だからと気にしないのか、タオルはさっきまでいた場所に置いてきていた。十歳の裸──どう考えても警団に捕まるやつだよねこれっ!?
しかし、レイラは俺の脚に手を乗せて、笑顔のままそこに佇む。
「な、何がしたいんだよ……」
「んー? 裸の付き合い?」
どこの風習だよっ! ……確か、東の方の国にそんな風習あったっけ。
「と、とにかく、離れてくれ……目のやり所に困る……」
「別に見てもいいよ。どうせ一度見られてるんだから」
「な、なんのことかなぁ……」
俺は誤魔化そうと試みる。レイラが言っているのは、ネペントの時のことだろう。服が変わっていたんだから、察してもおかしくはないか。
「えいっ」
「ちょぉっ!?」
レイラが抱きついてきた。裸のままで。
「はぁ……やっぱりこっちの方があったかい」
「そうだろうな!? 生体温だもんな!?」
俺は急いで頭の中を別のことで埋め尽くす。何を考えているか? ぱっと思い付いたのは、ケイルがふざけた踊りをしている姿だ。そして、そのイメージを続ける。五感全てを遮断する勢いで、そのイメージを膨らませる。
「ふぅ……」
レイラが俺の肩に顎を乗せる。更に密着度が高まる。エミとこういう感じになることはあったが、まあ妹なんだからそこまで気にはならなかった。しかし、レイラは別だ。なんせ、妹ではないし、実質俺が連れ出したようなものなんだから。駆け落ちとかいう言葉があるらしいが、まあ、逆の意味での駆け落ち同然だろう。結婚などという話も持ち上がっていたせいで、余計気にしてしまう。
「レ、イラ……はな、れて……」
俺はなんとかそれだけを絞り出す。
「分かった」
そして、案外素直に離れた。しばらく水の音がした。目を開けると、レイラは最初の位置に戻っていた。
嫌われてしまっただろうか……?
「その、レイラ……?」
「大丈夫、怒ってないから。私が調子に乗っただけだもん」
その顔は、真っ赤になっている。俺も同様だろう。つか、自分でしといて恥ずかしかったのかよ。
「出よっか。熱くなっちゃった」
別の意味でな!
「分かった。……あと、これから風呂入る時は別々にしよう。バラバラで入っても、値段は一緒だ」
「そうだね。流石に恥ずかしいかな。裸を見られるのは」
そう言って、レイラは立ち上がる。前側をタオルで隠すが、俺からはお尻を見るポジションなので、また別の意味でまずい。
「先、上がってるよ。レンものぼせないうちにね」
「分かった。入口前で待っててくれ」
「うん」
何故か艶っぽく感じたのは気のせいだろうか。風呂上がり、というのもあるだろうが、たかだか十歳の少女だ。そんなことはあるだろうか……いや、十歳といえども、あと三年もすれば成人だ。
俺はそんなことを考えて、五分後──レイラが出たであろう頃合を見計らって、脱衣所へと向かった。
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