第12話
更に三日が経った。俺らはやっとのことで、リューレン村の目の前まで来ていた。そして、レイラが身もふたもない感想を漏らす。
「おっきーねー」
「そりゃそうだろうな。マレル村に比べりゃ、二倍弱はあるんじゃないか?」
そう。結構広いのだ、この村は。更に、マレル村よりも発展しているらしく、建物は、マレル村が木造なのに対して、リューレン村はほとんどがレンガ造りだ。しかし、マレル村のように、立派な門があるわけではない。それに、門番もいないようだ。村を囲うのは、簡易な柵。魔物がよく攻めるということで、立派なものを造って壊された時の、出費を考えてのことだろう。
「さて、まずは宿探しだな」
「うんっ……あれ、誰か来たよ」
レイラが指さす方を見ると、本当だ。白髪の老人が近付いてきた。服装は至って普通な洋服で、腰が悪いのか、腰を曲げて杖を突いている。
「おぬしら、旅人かね」
「まあ、そんなもんです」
剣を背中に吊っているので、冒険者かと問われるかと思ったが、何故か旅人だった。しかし、その疑問も次の質問で吹き飛ばされる。
「そのコート……リューゼの知り合いか?」
「——!?」
ここで紹介しておこう。リューゼとは、俺の父さんのことである。このコートとチェストプレートの持ち主だった人で、剣の腕はマレル村でも一流だった。央都にも、何度も行ったことがある。と聞いている。
「……まあ、リューゼは俺の父なんですけど」
「ほう、リューゼの息子か。道理で少し面影を感じたわけじゃ。しかし、黒髪黒目か……“転生者”のような容姿じゃの」
「あはは……よく言われますよ」
苦笑いして、頭をかきながら答える。すると、老人はおもむろに、
「宿を探しておるのか」
「ま、まあ、そうです」
状況から察したのか、さっきの会話を聞いていたのかは不明だ。まあ、前者だろうな。
「ふむ。値段は?」
「安めで。でも、生活できないような激安じゃなくて、生活ができる程度のところがいいです」
「よかろう。いいところがある。全体的に安いところがの」
「あるんですか、そんなところが」
「ああ。分業宿、とでも言えばいいのかの。寝る限定、食事限定、風呂限定と、いくつかの店に分かれておるんじゃ。それに、どこに行こうが、ここが安いの。飯もうまいし、風呂も十分な広さじゃ。問題はあるがの」
問題が少し引っかかるが、まあこの際、多少の問題は妥協するべきだろう。
「それでいいか、レイラ?」
「うんっ。寝るところとお風呂があるなら、どこでもいいよっ!」
そこまでベッドと風呂を欲していたのか……
♢
老人についていくと、大きくも小さくもない、建物の前に止まった。どうやら着いたらしい。
「ここじゃ」
「"寝床屋"……なんの捻りもねぇ」
「大きくも小さくもないね」
俺の店名の文句とレイラの見たままの感想を受け、老人は「ここでよいか」と尋ねる。
「いいですよ。寝れる場所があるだけ、マシです」
俺が答えると、老人は満足そうに離れていった。
老人の姿が見えなくなったところで、周囲を見回す。どうやら、老人の言っていたことは事実らしく、目の前の"寝床屋"の他に、"温泉屋"、"食事屋"と、捻りのまったくない店が、並んでいた。
「まあ、十分妥協点か。泊めてもらう身だ。あまり文句を言うもんじゃないか」
「レン、早くはいろーよっ!」
レイラが目を輝かせて俺のコートを引く。
「分かった」
二人で扉を開けて、中に入る。構造は至って普通の宿屋だが、食事スペースはない。あるのはカウンターと小さな椅子とか机とか。カウンターには、薄い茶髪の青年が立っている。薄いのは毛量ではなく、色である。決して禿げてはいない。
「いらっしゃいませ。泊まりですか?」
扉のすぐそこで立ち止まる俺たちに、受付の青年が話しかけてくる。
「はい」
そう答えてから、
「えーと……泊まる日数は決まってないんですけど、大丈夫ですか?」
「はい。出る時に一括、もしくは一日毎に一定金額ずつ払って頂ければ、大丈夫です」
俺はレイラを引っ張って、受け付けに近寄る。レイラはさっきから店内をキョロキョロと見回していて、俺と青年の会話は耳に入っていないようだった。
「じゃあ、一括でお願いします」
「分かりました。お部屋はどう──」
「一緒でっ!」
「うおっ……」
レイラが急に大声を上げるものだから、驚いてしまった。
「いや、一緒って……ベッド二つある部屋とか、あります?」
「すみません。うちは全てベッドは一部屋に一つなんです」
「……レイラ。別れようぜ、部屋は。一人でゆっくり寝たい」
別にレイラの寝相が悪いとかではない。単に、一人の時間が欲しいのだ。俺も年頃の男子なのだから、ずっと──幼女とはいえ──女の子といるのは、気が疲れる。
「やっ! 一緒っ!」
何でこんなに一緒にこだわるのやら。
「はいはい……一部屋で」
「分かりました。では、こちらが鍵になります。なくした際は三千コンの弁償となりますので、管理をしっかりしてください。宿内、宿外での盗難等の被害を受けた場合は、当宿屋は一切の責任を負いませんので、そこの所、ご了承を」
青年が鍵をカウンターに置いて、綺麗に一礼する。
「分かりました」
俺はその鍵を受け取る。番号は、"106"だった。
改めて内装を見てみるが、本当に至って普通だ。マレル村にも宿屋は一軒だけあったが、木造とレンガ造りを省けば、内装もカウンターの感じも、ほとんど大差がない。
俺がそんなことをしていると、袖をちょんちょんと引かれた。そっちを見ると、まあ当然だが、レイラが俺の袖を掴んでいた。すごい笑顔だ。
「ねぇ、お部屋一回行ったらさ、お風呂行こっ!」
にへらとはにかむ。
「へいへい。じゃあ、106に行ってから、"風呂屋"に行くか」
俺らは今俺が言った通りに、部屋に一度行ってから、部屋の鍵を閉めて、"風呂屋"へと向かった。
この時の俺らは忘れていた。この"風呂屋"には問題がある、と老人が言っていたことを──
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