第9話
「それでレン、逃げる方法ってどうするの? 北門からそのまま逃げるの?」
「いや、逆だ。一時間半後、その間に逃げる準備を整えて、
「なんで南門から? 央都って北門からの方が近いよね?」
「ああ、それは間違いない。けど、考えてもみろ。俺らは逃げるんだ。それなら、北門から逃げれば央都に向かったってすぐ勘付かれる可能性がある。でも、南門から出れば、領主たちは南側のサレスト村に行ったと思う。でも実際は、俺達は村の外の森を、ぐるっと回って北に行っていた。そうすりゃ、ある程度逃げる時間は稼げるはずだ」
「なるほど……」
レイラは人差し指を口に当てる。そして、
「でも、ばれちゃうかもしれないよ? 私たち、クエストに行くわけじゃないんだから」
「大丈夫だ。村が見えなくなるまでは、しばらく森の中を北に進めばいい。そうすれば村からは見えない。作戦としちゃ簡単なものだけど、効果は期待できるぞ」
「うーん……分かった。やるなら、早い方がいいよね。私の準備物は?」
「そうだな……ある程度の食料と金、あと寝具もあってくれると助かる」
「食料って、どのくらい?」
「そうだな……」
俺が腕を組んで考える。すると横から、
「リューレン村に行くなら、急いでも一週間はかかるわよ。レンたちは初めて行くんだから、二週間分はあった方がいいかもしれないわね」
ありがたいことに、央都まで何度も行ったことのあるであろう、母さんの助言だった。
「じゃあ、こっちでも数日分は用意できると思うから、レイラは十日分くらい持ってきてくれ」
「分かった。他は?」
「央都に行くのにどれだけかかるか分からないしな……着替えと防寒着、あといくつか武器もあると嬉しい。お前のポーチ、どのくらい入るんだ?」
「んー……ほぼ無限に入ると思うけど……重量を考えたら、五十キロくらいかな」
「結構入るんだな……じゃあ、残りの必要なものは、自分で判断して持ってきてくれ。こっちはこっちで何とかするからさ」
「分かった」
そうして、レイラは一度俺の家から出た。
♢
「レン、これ持っていきなさい」
準備を始めて一時間ほどが経過した。母さんもエミも、俺がいなくなることには文句も言わず、準備を手伝ってくれている。
「これって……」
母さんが渡してきたのは、——昔、父さんが使っていた、黒いロングコートと、チェストプレートだった。父さんは軽装を好み、俺もその影響を受けたこともある。
「いいのか……? だってこれ、父さんの形見じゃ……」
「お父さんも、レンが使ってくれた方が喜ぶわよ。サイズも、あんた大きくなったし、着れないことはないでしょう?」
母さんに渡されたコートの袖に、腕を通す。少し袖が余るが、折りたためば気にならないだろう。
「うん。似合ってる似合ってる。そのコート、
なんとも、至れり尽くせりだった。
「あと、これも」
そして、今度は黒いポーチを手渡してくる。
「どういうものか、分かるでしょう?」
「……レイラのと、同じやつか」
「そう。こっちが食材用で、こっちがそれ以外用ね。間違えないように」
どうやら、入れる場所によって効果が違うらしい。母さんが食料用と示して開いた口に手を入れると、ヒンヤリ、というか結構冷たい。逆に、もう片方は気温と同じくらいだ。
「これも、魔力付与?」
「そう。無限に入って、重量が三分の一になるからって、何でもかんでも入れちゃだめよ。動けなくなっちゃうから」
レイラが五十キロまでいける、といった意味が分かった。五十キロもいけるのか? とも思ったが、どうやら、重量が軽減されるらしい。
「分かった、気を付けるよ……うおっ」
俺が行った瞬間、後ろから衝撃が俺を襲う。首を回して後ろを見ると、エミが俺に抱き着いていた。どうやら、遂に我慢ができなくなったらしい。
「エミ……ごめんな、お兄ちゃん、いなくなるけど」
「……死んじゃ、嫌……生きてて、お兄ちゃん」
ネペント討伐の前、同じようなことを言っていた。どうやら、父さんが死んだときの悲しみを、今も引きずっているらしい。一人にしないで、そう言っているように感じた。
「分かってる。そう簡単にくたばる気はないよ……エミ」
「……ん?」
俺が呼びかけると、エミが首を上に向けて、その涙のたまった目で俺を見る。
「お前も、あと三年ちょっとすれば、立派な冒険者だ。そしたら、俺のとこに来い。俺らは、央都で待ってるから。そうすれば、また一緒にいれるから」
俺が微笑みながら言うと、エミは顔をクシャっとゆがめ、
「うんっ! 絶対だよっ! 約束だからねっ!」
くしゃくしゃな笑顔で、涙と鼻水で顔を濡らしながら、そう言った。こりゃあ、死ぬわけにはいかないな。こんな約束、しちまったんだから。俺は、生きる決意をそうさらに強めた。
♢
俺は父さんの墓の前で、手を合わせていた。既に準備は終わり、ポーチの中に食料や金、その他必要なものを入れ、母さんが乾かしてくれた服と、父さんのチェストプレート、コートを身に着けている。
「……父さん、もしかしたら二度と墓参り出来ないかもしれない。俺は……俺らは、央都に行くよ。見守っててくれ、俺たちの旅を、安全を祈っててくれ──」
目を開けて言う。父さんは聞いてくれているだろうか。オカルトは信じないが、少しだけ心の支えになる時は、信じることもある。
「さてと……そろそろ時間だな。レイラも向かってるだろうし、俺も行くか」
立ち上がる。一度、もう二度と帰らないかもしれない家を眺める。
「…………行ってきます、母さん、エミ……父さん」
玄関の方に周り、南門へと向かう。そこまで距離はないので、歩いても三分程度で着く。領主宅からは、全力疾走で十五分ほどだろうか。この村はそこまで広くないのだ。
「……そうだ。まだ少し時間あるし、ギルド行ってくるか」
♢
そうして、俺はギルドに来た。中に入ると、ギルド内の冒険者の視線が集中する。初日のことと、二回目の時のレイドネペント討伐のせいで、あまりいい目では見られていないだろう。
ギルドの中には、初日に見かけた人が結構いた。俺はその人たちをスルーして、受付のお姉さんに話しかける。ちょうど、俺の冒険者登録をしてくれた人だ。
ポーチから一本の剣を取り出す。
「あの、これなんですけど、ケイルに渡してくれませんか?」
「ケイルさん、ですか? その方なら、上にいると思いますけど」
ちょうどよかった。なら、手渡しでいいだろう。それに、もう会えないかもしれないことも、告げておこう。
「ありがとうございます」
俺は階段を使って二階に向かう。そこには冒険者はあまりおらず、ケイルを見つけるのも容易だった。
「レンじゃないか。まさか、ウルフどころかネペントまで倒すとはな。流石だな」
「ああ。あの時はお前の剣に助けられたよ。ちゃんとは研げてねぇけど、返しに来た」
俺が剣を持った右手を突き出す。ケイルがそれを受け取る。そして、「さんきゅ」と言う。俺は少し間を開けて、
「……実はだな」
「出てくんだろ、村を」
「え……?」
ケイルが何故それを知っているのか。俺には分からなかった。
「別に止めはしないよ。お前とあの嬢ちゃんが決めたことなんだろ? どこに行くかも知らないしな。でも、結婚なんて言われたらお前はそう判断するだろう、とは思った」
「……なんで、知って」
「風の噂だな。たまたま聞いたんだ。領主の娘とお前が結婚するんだって」
どうやら噂になっていたらしい。もしかしたら、他の人も知っているかもしれない。でも、逃げないといけないのは確かだ。
「……そのことは」
「大丈夫。逃げると思っているのは俺だけだ。誰もそんなことは思ってないさ」
「そっか……腕、治ったんだな」
「お陰様で」
ケイルが一度は失った腕を見せる。回復魔法で回復してもらったらしい。
「……じゃあ、俺は行くよ。元気でな」
「ああ。お前も、レベル上がらないんだから、気を付けろよ」
「分かってる。じゃあな」
そして、俺はギルドを出て、南門に向かった。
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