第8話
「どういうことお父さんっ!」
「どうもこうも、さっき言った通りだ」
「勝手に決めないでよっ! ちゃんと、相談とかあるでしょっ!?」
「こっちも色々と抱え込んでいるんだ。お前の自由だけが通ると思うな。お前は領主の娘なんだからな」
「嫌だよ……そんな、そんな勝手なの……レンのことも、考えてよっ! 村のことが大事なのは分かるけど、そんな勝手が許されるわけがないよっ! レンだって、やりたいこともあるんだよっ!? その夢を……潰しちゃダメだよっ!」
「村がなくなれば、多くの人が苦しむ。一人の夢だけで解決されるなら、なんの苦労もないだろ」
「酷い、酷すぎるよ……お父さんは、もっと、人のこと考えて、優しくして、村の人を救ってくれる、そんな人だと、思ってたのに……」
「その通りだろ。村民を助けるために、一人の男と、娘、二人の夢を潰すだけだ。何故私がお前の冒険者になる、という夢を叶えてやったか。理解くらいしてるだろう?」
「……私が一緒に冒険した人と、結婚させるため」
「そうだ。理解してるなら言う通りにしろ」
「嫌だ……嫌だっ!」
「おい、どこに行く!」
♢
クエストから帰り、一晩が経った。俺は、疲れが溜まっていたのか、起きたら既に昼前だった。結構ゆっくり寝たものだ。
「うぅああぁ〜……」
大きく伸びをする。エミは既に起きていたらしく、布団の隣は空いている。
寝間着のまま部屋を出る。服は汚れを母さんに落としてもらい、今は乾しているところだ。
「おはよぉ〜……」
「あら、レン。ゆっくり寝たものね。ご飯はどうする?」
「兼用で頼む……」
「お兄ちゃんおはよっ!」
「おお、エミ……お前は朝から元気だなぁ……」
「もう昼だよ〜」
エミがヘラヘラと笑う。
するとその時、家の入口がダンダンダンッと叩かれた。誰か来たようだ。
「俺が出るよ」
寝ぼけ眼のまま、俺は玄関に向かう。靴を履いて扉を開けると、そこに立っていたのは、──
「はぁ、はぁ……レン」
「な、……なんでここにいるんだよ、レイラ」
金髪碧眼の特例冒険者、俺の初めての仲間である、レイラだった。息は上がっており、額には汗、服は汗で濡れて張り付いている。
「どうしたんだ?」
レイラの様子から、何か問題が発生したと悟る。
「いや……一回家に上がれよ。疲れてるだろ」
俺は一度レイラを家に上げて、エミのいる食卓のある部屋に連れて行く。
既に俺の朝食兼昼食が食卓に置かれており、エミも昼食待ち、という感じだったが、突如現れたレイラに驚きを見せた。
「お兄ちゃん、その人誰?」
首を傾げながら聞いてくる。
「あら、レイラちゃんじゃない。どうしたの、そんなに息を切らしちゃって」
「家から、走って、来たんです……レンに、話が、あって……」
息がまだ整っておらず、途切れ途切れに話す。
「とりあえず座れ。俺が飯食ってる間に息は整えておけよ」
「あら。レイラちゃんも食べてないんじゃない? お母さんのとレンの分、分けてあげるから一緒に食べましょうよ」
「ちょ、勝手に俺の分減らさないでくれよっ!」
「いいじゃない。あなたの仲間なんでしょ? 仲間は助け合いよ」
「そうだけど、そうだけどっ!」
俺は諦めた。この人は言い出すとやめない人なのだ。だから、止めるだけ無駄なのだ。十三年の生活の中で、それは理解していた。
♢
二十分ほど、俺らは四人で昼食(俺にとっては兼朝食)を食べた。レイラは既に息は整っており、食べ終わってそろそろ本題に入ろうか、としているところだ。
「……今朝、さっきなんだけど、お父さんに言われたの。私と、レンを結婚させるって……」
「け、けっこん? レンって誰……」
いや、この村にレンは俺しかいないか。
「じゃあ……え、……俺とレイラが結婚っ!?」
大声をあげる。だってそうだろう。いきなり結婚だなんて。一昨日初めて会ったばっかだし、それこそレイラはまだ──
「お前、成人してないんじゃ……」
「うん……けど、私の親、領主だから。政略結婚って言うのかな……そんな感じで、成人になってなくても、結婚は出来るらしいの」
「ダメッ! お兄ちゃんと結婚するのは私っ!」
うん。兄冥利に尽きるが、
「今はちょっと黙っててくれ」
エミがむぅ〜……と唇を尖らせるが、それをスルー。
「あら、レイラちゃんの両親、領主だったの」
「はい。隠しててごめんなさい……」
「いいのよ。ゆっくり話す時間もなかったもの」
母さんはゆるい。でも、話を進めたい今においては、有難かった。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
「私は……結婚には、反対……」
「……俺と結婚したくないと?」
いや、意味は分かってても地味に傷つくんだよ、それ。
「そ、そうじゃないっ! ただ……もっと、レンのこと知りたいし、ちゃんと、お付き合いとか、順序とかあるし……そういうの、含めて、まだ、したくない。えーと……別に、結婚が嫌なんじゃなくて……どう言ったらいいか分からない……」
どんどん声が小さくなる。今のは俺が悪かったかな。少し意地悪な聞き方をしてしまった。
「……そもそも、なんで俺なんだ?」
「えと……お父さんが私を冒険者にした理由、言ったっけ?」
「いや……聞いてないと思う」
聞いてても、この色々あった二日間のせいで、大方忘れているだろう。
「……私と冒険した男の人と、私を結婚させて、領主の跡継ぎにさせるつもりだったらしい。お父さんもお母さんも、もう歳だから子供は出来ないって言ってたし……それに、領主は男の人がなる、っていうのが、普通だから。それで……私の冒険者になりたいって夢を、利用したんだって……」
なんとも酷いことだと思う。なんせ、娘の夢を
「…………逃げるか」
「え……?」
「逃げるんだよ、現実から。結婚から、お前の親から、この村から。お前、結婚嫌なんだろ?」
「で、でも、そんなことしたら、この村が……っ!」
「大丈夫だ。あのおっさんならなんとかするだろ。そもそも、自分の子供も大切に出来ない奴が、村を大切になんか出来やしねーよ。そのうちボロが出る。だから逃げる」
「……レンは、逃げたいの?」
「いや、母さんとエミを置いて行くのは、正直気が進まない。けど、お前も俺にとったらもう大事な仲間だ。その仲間を悲しませるようなら、俺は悲しませる奴を許したくない。それだけだ。ボロ出して泣いてろくそ領主、的な」
俺は最後の言葉を笑いながら付け足す。レイラにはいい思いをさせない言葉かもしれないが、俺の本音だ。
「……逃げちゃっても、いいのかな」
「お前はレイドネペントに立ち向かった。俺が逃げようって言ったのにな。つまり、お前は多くの人を救ったんだ。あのネペントは近距離の攻撃をすれば、自分が即死物だ。でも、外を焼けば山火事で全滅だった。それでもお前はあいつを倒した。お前はこの村の救世主みたいなもんだ。それだけの功績を残したんなら、一度や二度、逃げてもバチは当たんねぇよ」
「そうね。嫌なことからは逃げるのも大事よ。体と心は、大事にしないと、本番で意味がなくなっちゃうからね」
「父さんの言葉丸々パクったな……」
「いいじゃない。いい言葉なんだから」
いい言葉なんだろうか……まあ、それは置いといて、
「つまり、お前は逃げてもいいんだ。それだけの事をした。あとはお前が決めることだ。逃げる手順は俺が考えてあるから、心配するな」
今思いついた、結構雑なものだが、まあそれなりに効果はあるだろう。
「……いいの? 妹ちゃんや、お母さんを置いていくんだよ?」
そういえば、エミはさっきから黙りっぱなしだ。エラいな。後で褒めてやるか。
「いいよな?」
「お母さんは別に大丈夫よ。お金も、なんならもう一度冒険者稼業復活すればいいし」
「エミも、いいよな?」
ちょっとムスッとした顔をするが、無言で頷く。
「ってわけだ」
「……そっか。レンは、大丈夫なんだね」
「ああ。俺は準備すれば、いつでも行けるぞ」
「……分かった。逃げよ、二人で。遠くに」
「ああ。目指すは央都だな」
「うん」
レイラが頷いた。そして、これから先の方針が定まった。
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