第8話

「どういうことお父さんっ!」


「どうもこうも、さっき言った通りだ」


「勝手に決めないでよっ! ちゃんと、相談とかあるでしょっ!?」


「こっちも色々と抱え込んでいるんだ。お前の自由だけが通ると思うな。お前は領主の娘なんだからな」


「嫌だよ……そんな、そんな勝手なの……レンのことも、考えてよっ! 村のことが大事なのは分かるけど、そんな勝手が許されるわけがないよっ! レンだって、やりたいこともあるんだよっ!? その夢を……潰しちゃダメだよっ!」


「村がなくなれば、多くの人が苦しむ。一人の夢だけで解決されるなら、なんの苦労もないだろ」


「酷い、酷すぎるよ……お父さんは、もっと、人のこと考えて、優しくして、村の人を救ってくれる、そんな人だと、思ってたのに……」


「その通りだろ。村民を助けるために、一人の男と、娘、二人の夢を潰すだけだ。何故私がお前の冒険者になる、という夢を叶えてやったか。理解くらいしてるだろう?」


「……私が一緒に冒険した人と、結婚させるため」


「そうだ。理解してるなら言う通りにしろ」


「嫌だ……嫌だっ!」


「おい、どこに行く!」



クエストから帰り、一晩が経った。俺は、疲れが溜まっていたのか、起きたら既に昼前だった。結構ゆっくり寝たものだ。


「うぅああぁ〜……」


大きく伸びをする。エミは既に起きていたらしく、布団の隣は空いている。


寝間着のまま部屋を出る。服は汚れを母さんに落としてもらい、今は乾しているところだ。


「おはよぉ〜……」


「あら、レン。ゆっくり寝たものね。ご飯はどうする?」


「兼用で頼む……」


「お兄ちゃんおはよっ!」


「おお、エミ……お前は朝から元気だなぁ……」


「もう昼だよ〜」


エミがヘラヘラと笑う。


するとその時、家の入口がダンダンダンッと叩かれた。誰か来たようだ。


「俺が出るよ」


寝ぼけ眼のまま、俺は玄関に向かう。靴を履いて扉を開けると、そこに立っていたのは、──


「はぁ、はぁ……レン」


「な、……なんでここにいるんだよ、レイラ」


金髪碧眼の特例冒険者、俺の初めての仲間である、レイラだった。息は上がっており、額には汗、服は汗で濡れて張り付いている。


「どうしたんだ?」


レイラの様子から、何か問題が発生したと悟る。


「いや……一回家に上がれよ。疲れてるだろ」


俺は一度レイラを家に上げて、エミのいる食卓のある部屋に連れて行く。


既に俺の朝食兼昼食が食卓に置かれており、エミも昼食待ち、という感じだったが、突如現れたレイラに驚きを見せた。


「お兄ちゃん、その人誰?」


首を傾げながら聞いてくる。


「あら、レイラちゃんじゃない。どうしたの、そんなに息を切らしちゃって」


「家から、走って、来たんです……レンに、話が、あって……」


息がまだ整っておらず、途切れ途切れに話す。


「とりあえず座れ。俺が飯食ってる間に息は整えておけよ」


「あら。レイラちゃんも食べてないんじゃない? お母さんのとレンの分、分けてあげるから一緒に食べましょうよ」


「ちょ、勝手に俺の分減らさないでくれよっ!」


「いいじゃない。あなたの仲間なんでしょ? 仲間は助け合いよ」


「そうだけど、そうだけどっ!」


俺は諦めた。この人は言い出すとやめない人なのだ。だから、止めるだけ無駄なのだ。十三年の生活の中で、それは理解していた。



二十分ほど、俺らは四人で昼食(俺にとっては兼朝食)を食べた。レイラは既に息は整っており、食べ終わってそろそろ本題に入ろうか、としているところだ。


「……今朝、さっきなんだけど、お父さんに言われたの。私と、レンを結婚させるって……」


「け、けっこん? レンって誰……」


いや、この村にレンは俺しかいないか。


「じゃあ……え、……俺とレイラが結婚っ!?」


大声をあげる。だってそうだろう。いきなり結婚だなんて。一昨日初めて会ったばっかだし、それこそレイラはまだ──


「お前、成人してないんじゃ……」


「うん……けど、私の親、領主だから。政略結婚って言うのかな……そんな感じで、成人になってなくても、結婚は出来るらしいの」


「ダメッ! お兄ちゃんと結婚するのは私っ!」


うん。兄冥利に尽きるが、


「今はちょっと黙っててくれ」


エミがむぅ〜……と唇を尖らせるが、それをスルー。


「あら、レイラちゃんの両親、領主だったの」


「はい。隠しててごめんなさい……」


「いいのよ。ゆっくり話す時間もなかったもの」


母さんはゆるい。でも、話を進めたい今においては、有難かった。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


「私は……結婚には、反対……」


「……俺と結婚したくないと?」


いや、意味は分かってても地味に傷つくんだよ、それ。


「そ、そうじゃないっ! ただ……もっと、レンのこと知りたいし、ちゃんと、お付き合いとか、順序とかあるし……そういうの、含めて、まだ、したくない。えーと……別に、結婚が嫌なんじゃなくて……どう言ったらいいか分からない……」


どんどん声が小さくなる。今のは俺が悪かったかな。少し意地悪な聞き方をしてしまった。


「……そもそも、なんで俺なんだ?」


「えと……お父さんが私を冒険者にした理由、言ったっけ?」


「いや……聞いてないと思う」


聞いてても、この色々あった二日間のせいで、大方忘れているだろう。


「……私と冒険した男の人と、私を結婚させて、領主の跡継ぎにさせるつもりだったらしい。お父さんもお母さんも、もう歳だから子供は出来ないって言ってたし……それに、領主は男の人がなる、っていうのが、普通だから。それで……私の冒険者になりたいって夢を、利用したんだって……」


なんとも酷いことだと思う。なんせ、娘の夢をないがしろにしたのだ。親としてそれはいけないこと、だと思う。娘を一人寂しい思いさせて、その上夢まで捨てさせる。いくら領主という立場であろうと、やってはならないことだ。


「…………逃げるか」


「え……?」


「逃げるんだよ、現実から。結婚から、お前の親から、この村から。お前、結婚嫌なんだろ?」


「で、でも、そんなことしたら、この村が……っ!」


「大丈夫だ。あのおっさんならなんとかするだろ。そもそも、自分の子供も大切に出来ない奴が、村を大切になんか出来やしねーよ。そのうちボロが出る。だから逃げる」


「……レンは、逃げたいの?」


「いや、母さんとエミを置いて行くのは、正直気が進まない。けど、お前も俺にとったらもう大事な仲間だ。その仲間を悲しませるようなら、俺は悲しませる奴を許したくない。それだけだ。ボロ出して泣いてろくそ領主、的な」


俺は最後の言葉を笑いながら付け足す。レイラにはいい思いをさせない言葉かもしれないが、俺の本音だ。


「……逃げちゃっても、いいのかな」


「お前はレイドネペントに立ち向かった。俺が逃げようって言ったのにな。つまり、お前は多くの人を救ったんだ。あのネペントは近距離の攻撃をすれば、自分が即死物だ。でも、外を焼けば山火事で全滅だった。それでもお前はあいつを倒した。お前はこの村の救世主みたいなもんだ。それだけの功績を残したんなら、一度や二度、逃げてもバチは当たんねぇよ」


「そうね。嫌なことからは逃げるのも大事よ。体と心は、大事にしないと、本番で意味がなくなっちゃうからね」


「父さんの言葉丸々パクったな……」


「いいじゃない。いい言葉なんだから」


いい言葉なんだろうか……まあ、それは置いといて、


「つまり、お前は逃げてもいいんだ。それだけの事をした。あとはお前が決めることだ。逃げる手順は俺が考えてあるから、心配するな」


今思いついた、結構雑なものだが、まあそれなりに効果はあるだろう。


「……いいの? 妹ちゃんや、お母さんを置いていくんだよ?」


そういえば、エミはさっきから黙りっぱなしだ。エラいな。後で褒めてやるか。


「いいよな?」


「お母さんは別に大丈夫よ。お金も、なんならもう一度冒険者稼業復活すればいいし」


「エミも、いいよな?」


ちょっとムスッとした顔をするが、無言で頷く。


「ってわけだ」


「……そっか。レンは、大丈夫なんだね」


「ああ。俺は準備すれば、いつでも行けるぞ」


「……分かった。逃げよ、二人で。遠くに」


「ああ。目指すは央都だな」


「うん」


レイラが頷いた。そして、これから先の方針が定まった。

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