第7話

俺はレイラと母さんと一緒に、山を降りた。母さんは近道を知っており、帰りは一時間ちょいで降りれた。


「それじゃぁ、お母さんは先に帰っておくわね」


「へいよ」


「ありがとうございますっ!」


俺の返事と、レイラの感謝の言葉を受けて、母さんは家に向かった。


「……さて。ギルドに報酬貰いに行くか」


「おー!」


そして、二人でギルドに向かう。どうするのかは詳しくは知らないが、どうやらこの腕輪には、倒した魔物のデータが残るらしく、装置を使ってそれを見るらしい。今回はあのサイズを倒したから、──目安は知らないけど──結構入るはずだ。


ギルドに着き、階段を上って二階向かう。受付の人は変わっていなかった。


クエストを受注した時の人に話しかける。


「クエスト、終わりました」


「お疲れ様です。あのレイドネペントはどうされたのですか?」


「レイドネペ……なんですかそれ?」


「ネペントの上位種ですよ。実際にはちゃんとした名称はありますが、大抵あのサイズの魔物は、共通名称の前にレイドが付くんです。討伐隊を作る必要がある魔物、という感じですかね。それで、どうしたんですか?」


再び同じ質問をぶつけてくる。そうなりゃ回答はこれしかない。


「倒しました」


ギルド内が沈黙した。二階には結構な数の冒険者がいて、ジロジロと俺とレイラを見ていた。正直、地味に怖い。


「……た、倒したって……あのレイドネペントを、ですよ?」


「はい。なぁ、レイラ?」


「うん。私がトドメをさしたよ。レンじゃなくて、私が」


そこを強調するな。それに、


「──母さんお手助けあってのことだろ」


「……そうだけど」


レイラがむぅ、と膨れる。手柄を独り占めしようとしたバツだ。ざまぁみろ。


「あ、ああ……フィミルさんの手助けありですか……」


フィミルとは俺の母さんの名前である。


「でも、トドメは私だよっ!」


「母さんいなきゃ山火事だろうな〜」


「もうっ!」


レイラが顔を怒りで赤くして、俺に食いかかる。犬のように唸っているが、別にウルフに比べりゃ、まったく怖くない。


「それで、報酬なんですけど」


「あ、はい……腕輪の提示をお願いします」


俺とレイラは、お互いに右腕に付けた腕輪を受付嬢に渡す。


「あれ……レンさん。レベルが……」


「気にしないでください。体質です」


俺は、レベルが上がらないことを体質と決めつけた。呪いとかそういうの、怖いもん。


「は、はぁ……で、では、確認してきます」


受付嬢が姿を消す。レイラは相変わらずぷりぷり状態。まぁ、見た目のせいでどっちかというと可愛いジャンルだろうな。笑える。


そして、二分ほどで受付嬢が戻ってくる。


「どうぞ」


俺とレイラは腕輪を受け取る。レベルはまあ、変わっていない。


「これ……故障とかじゃないんですよね?」


「知りませんよ、俺に聞かれても。昨日冒険者になったばっかのニュービーに聞かないでください」


「す、すみません……それでは、こちら、今回のクエストの報酬です。ネペント討伐、二人合わせて二十六、レイドネペント一体。報酬額は十五万コンです」


コンは金の単位である。しかし、そんな説明も──したけど──出来ないほど、俺は驚いた。いや、その場にいた全員が驚いたことだろう。十五万だぞ、十五万。驚かない方がおかしい。そいつの金銭感覚は狂ってる。


「どうぞ」


「……あ、ありがとうございます」


俺は、麻袋に入れられた金を受け取る。中には、十五枚の銀貨が入っていた。鉄貨が百コン、銅貨が千コン、銀貨が一万コン、金貨が百万コン、白金貨が一億コンだ。白金貨など、目に出来るのは貴族くらいだろうが。


冒険者たちの目が怖い。何故なら、ここにいる冒険者たちは、レイドネペントの討伐隊として集められたわけで、本来ならこの報酬は彼らのものになるはずだったのだ。


俺らはそそくさとギルドを出た。レイラも視線に恐怖していたらしい。


「……分け前、どうする?」


「……レンが持って行っていいよ。私んとこ、領主だから、別に必要ないし」


少しずつ恐怖が薄れだし、俺らは分け前の話を始めた。


「それはだめだろ。ちゃんと分けないと」


「じゃぁ……三万でいいよ」


「それだけでいいのか? 七、八なら大体半分になるけど……」


「これでも結構多く貰ってるつもりだよ?」


苦笑しながら言う。まあ、そうだろう。領主宅なら、金なんかそれなりにあるだろうから。


「分かった……ほい、三万。落とすなよ」


「わかってるよ、子供扱いしないで」


「子供だろ、十歳なんだから」


「そ、そうだけどっ!」


また膨れる。どうやら、さっきのを少し根に持ってるらしい。


「そんじゃ、俺はこっちだから」


そう言って俺は南の方を指さす。俺の家は村の南端にあり、レイラの家である領主宅は、央都向きの北端だ。つまり、ここで一旦別れることになる。


「お前のお陰で色々あったけど……まぁ、それなりに楽しかった。また一緒に行こうな、レイラ」


「色々ってなによ……でも、私も楽しかった。最初はちょっと怖かったけど……レンが守ってくれたし、それに、優しくしてくれたから、大丈夫だった。また、一緒にねっ」


そう言って、二日間で一番いい笑顔を見せた。そして、「じゃあな」「またね」と言い合って別れ──ようとしたところで、


「あ、忘れてた」


レイラが言った。そして、ポーチを探る。


「痛っ……!」


俺が気になって待っていると、俺に近づいてきた。


「これ、渡しといてね」


レイラが渡してきたのは、どこに置いておけばいいか分からず、最終的にレイラのポーチの中に収まってしまった、ケイルから受け取った剣だった。そして、レイラは人差し指に小さく傷を作っていた。


「あ、ああ……切ったのか?」


「大丈夫、ドジしただけ……じゃあ、今度こそまたね」


「あぁ。サンキューな」


俺が手を振ると、レイラも切っていない方の手で振り返す。そして、少し遠くなったところで、


「《ヒール》」


と小さく唱えるのを聞いた。


俺は家に帰り、裏にある父さんの墓の前にしゃがんで、目を閉じて手を合わせていた。


目を開けて、一人呟く。


「父さん。今回の俺、ちゃんと冒険者出来てたかな? レイラを、守れたかな? これから先、一冒険者として、やって行けるかな……」


しかし、当然と言ってもいいが、父さんからの返答はない。当たり前だ。父さんは既にこの世界にはいない。生まれ変わったとか、転生した、とかならば、まだ救われる気もする。けど、この世界はそんな単純じゃない。"転生者"なんて呼ばれる人もいるが、俺は転生とか信じていない。伝説の剣士も、正直オカルトだと思っている。


でも、やっぱりちょっとは信じたい。父さんが、ただ死んだだけで終わっていない、と。


「お兄ちゃん、ご飯だよっ!」


家の影からひょっこりと姿を見せて、妹のエミが俺を呼ぶ。


「分かった、すぐ行く」


そう言って、俺は立ち上がる。もう一度手を合わせてから、エミが消えた方へと向かう。その時、『──お前なら大丈夫だ』と、声がしたような気がした。もう一度墓を振り返り見るが、もちろん父さんがいるわけもない。今のは、俺の中の父さんが言った、幻聴でしかない。


「…………行くか」


そして、家の中に入る。


食卓の上には、至って普通な夕食で彩られていた。ただ、いつもと違うのは──


「今日はレンが頑張ったから、豪華にお肉買ってきちゃった〜」


などと言って、母さんが食卓の上に、家の中で一番大きな皿に乗せられた、鶏の丸焼きを置いた。俺とエミは、「おぉ〜……」と目を輝かせる。これだけの料理は、今まで片手で数え切れるほどしか食べたことがない。


「「いただきますっ!」」


俺とエミは、そう一言だけ言って、鶏肉にがっついた。



ものの十分程度で、肉はなくなった。あとは残りの野菜だの主食の米だの、それらを食べる。


「にしても、レンに初日から仲間が出来るなんて、お母さん思わなかったわよ。どういう出会いしたの? 山の中で迷ってるのを助けたの?」


「そんなかっけぇ感じじゃねーよ。母さんが誕生日まで冒険者登録させてくれなかったせいで、簡単なクエストがなくて困ってたんだよ。そんだら、あのチビが話しかけて、無理矢理あのクエストを受けさせられただけだ」


隠すことは無く、そのまま伝える。


「そういえば、レイラちゃん、お母さんが最初見た時、布に包まれただけだったけど、見たの?」


「……見たって、何をだよ」


「色々」


「食事の時にエミもいるところでそういう話やめてくれないかな……」


俺はジト目で米を食いながら答える。当然の言い分だと思う。


「エミだってもう九歳になるんだから、こういうことも学園で聞いたりしてるわよ。問題ない問題ない」


「気分の問題だよ!」


エミは何故かさっきから一言も喋らない。寝ているのかと思って確認するが、単に飯にがっついているだけだ。


「はぁ……一応言っておくが、見たかもしれないけど、見てない」


「なによ、はっきりしないわねぇ。将来お嫁さんになるかもしれない子なのよ?」


「なんねーよっ! 勝手に候補に入れるなよっ!」


「分からないわよぉ〜。だって、お父さんとお母さん、本当のことを言うと、初めてのクエスト、一緒に受けたんだからね?」


「……マジで?」


聞いたことなかった。初耳だった。


「マジよ。だから、レンもあるかもしれないじゃない。それで、はっきり言うと?」


「……見たは見たよ。でも、ほかのことで頭いっぱいだったから、思い出せないよ」


「そう」


おい。あんだけ熱心に聞いといて、その反応はねぇだろ。


「お兄ちゃん、お今日一緒お風呂入ろー!」


「……はぁ。はいはい。一緒に、ね」


さっきまでレイラの色々を見たか、という話をしたせいで、少し意識をしてしまったが、相手はレイラよりも一つ年下の妹だ。気にしなくていいだろう。


その夜、俺はエミと一緒に風呂に入り、一緒に寝た。一晩いなかったせいで、寂しかったらしい。

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