第4話
俺が地面を蹴ると同時、ケイルが
「逃げるぞ!」
と声を上げた。俺はそっちはなんとかなる、と信じ、ウルフにだけ集中した。ウルフ四体が俺に近付いてこようとする。しかし、うち二体を火の玉が襲う。レイラの《バーニングショット》だ。しかし、レベルの低い時、または熟練度の低い時は、一度使うとしばらくクーリングに入る。他の魔法は使えるのだが、ウルフに効果のある《バーニングショット》はしばらく使えないのだ。
「──!」
燃えだしたウルフには目もくれず、俺に突進してくるウルフを、今度は横から風が襲う。この攻撃には、ほとんどダメージはないのだが、相手を怯ませるには十分だ。
「ぜあっ!」
風をもろに受けたウルフに、右手の剣で斬り掛る。しかし、流石十五レベというだけあって、あの程度の魔法では、怯みも一瞬だったようで、俺の垂直斬り下しはかわされた。
すぐに体勢を立て直す。瞬間、正面から噛み付いてくる。それを左手のケイルの剣で突き攻撃で受け止める。右からさっき攻撃をかわした奴が、飛びかかってくる。こいつも噛み付きだ。今度は右手の剣をほぼ水平に振って受け止める。剣がガリッと音を立てるが、まあ問題ないだろう。
突きで噛み付きを止めたウルフの、下顎に蹴りをかます。と同時に、左手のウルフの口に対して垂直に突いた剣を下に力をかける。剣のスペックはそれほどでもないが、うまいこと下顎の骨諸共、切り裂くことに成功する。
下顎を切り裂いたウルフが怯んでいるうちに、右手の剣を振り払って、もう一体のウルフの口を切り裂く。そして、左手の剣を頭に叩き込む。流石に致命傷を与えるには至らなかったが、軽い脳震盪を起こせれたようだ。
と思ったのも束の間、下顎を切り裂いたウルフが、横から迫っていた。俺はそいつを、練習で何度も失敗してきた、右足の回し後ろ蹴りで、吹き飛ばす。運良く成功した。といっても、やはりバランスを少し崩してしまい、左膝を着く。
一瞬油断にも思える状態になったが、ウルフは二体ともまともに動ける様子ではない。──ここまでおよそ一分。まだレイラが魔法を使えるわけがないので、もうしばらく耐えなければいけない。しかし、そこまで難しいことでもいないように思えた。レベル一の初心者冒険者がなんだ、と思うだろう。しかし、俺には知識がある。こいつらの動きは、大体把握しているのだ。例えレベル一でダメージ量が少ないとしても、十分抵抗できる。
俺が立ち上がった瞬間、脳震盪から回復したらしいウルフの片方が、噛み付きや引っ掻きではない、新しい攻撃を仕掛けてきた。突進だ。意表をつかれ、一瞬動きが遅れてしまった。ウルフが突進をしてくるのは、実に珍しいのだ。しかし、逆に意表をつかれたのが幸いしたらしく、足を滑らせ、横転してしまった。それが上手いことウルフの突進の攻撃範囲から外れ、爪が軽く皮膚に触れただけで済んだ。
俺は受け身の容量で、落下ダメージを減らし、すぐに立ち上がる。レイラの準備はまだらしい。集中し切っていると、数分が数十分に感じる。その分、レイラの待ち時間が長く感じてしまう。
下顎を切り裂いたウルフが、またもやこいつもか、と思うように突進してくる。俺に突進が効くと判断したらしい。しかし、速度はほとんど変わらず、勢いがある以上、方向の転換もしない。慣れていない攻撃は、初回以降はただの悪足掻きでしかない。
俺は迷いもなく右にかわし、瞬間に“フレイム”で火をつける。“バーニングショット”に比べれば弱いが、燃えてしまえばこっちのもんだ。
もう一体は、さっきの燃えたやつを見て、突進も危険と判断したのだろう。動かない。
「いけるよ!」
さっきより幾分落ち着いたらしいレイラが、俺にそんな言葉を投げかけてきた。しかし、さっき燃えてるほうのウルフが突進してきたせいで、二体の距離が開いてしまっている。
「大丈夫、狙えるから!」
しかし、そんな心配は無用だったらしい。
「頼む!」
俺がそう叫ぶと同時、レイラが
「《バーニングショット》!」
魔法を唱え、二つの火の玉が俺の左右めがけて飛んでいく。そして二体のウルフが、小爆発に巻き込まれ、燃えだした。
ウルフは倒した。俺は血塗れになりながらも、レイラの協力もあって、生き延びた。傷はほとんど受けていない。
「レン、やったね」
レイラが笑顔で話しかけてくる。彼女は離れたとこからの火属性魔法だけでの攻撃なので、返り血は浴びていない。そいえば、ケイルたちは無事に逃げれただろうか。
「そうだな。今日は、もう遅くなったし、疲れた。どこかで休もう」
「うん。それにレン、返り血すごいしね。早いとこ洗わないと、のかなくなるよ」
「そうだな」
わざわざ服の汚れを心配してくる。やはり子供というのは、楽観的な生き物だな。でも、それが今は俺の心の安寧にすごくいい。
「じゃあ、休める場所を探すか。出来れば、水の確保が出来る川が近くにあった方がいいけど……お」
耳を澄ましてみた。すると、僅かにだが、水が流れる音がした。少し距離があるだろうか。父さんに目隠ししての特訓で鍛えられた聴覚が、ここで大いに役に立った。
「こっちに川があるみたいだ。傾き的に、こっちが山の頂上だろうから、こっちに進もう。どこかにここよりは小さいけど、空間があると思うよ」
「はーい」
俺が歩き出すと、レイラが隣をちょこちょことついてきた。どうやら、さっきウルフに襲われたことで、先にどんどん行くと、何か怖いことが起こるんじゃないか、ということを思ったらしい。
しかし──
「レン、血の匂いが臭い」
きゃっきゃと笑いながらそんなことを言うので、本当は俺で遊びたいだけなんじゃないか、という疑念が浮かぶ。
「うるせぇ」
とだけ返しておき、俺たちは山の頂上に向けて、木の生えていない空間を探しながら、歩いていった。
♢
二十分ほど歩いた頃だろうか。俺もレイラも、そろそろ脚が疲れてきた。レイラに関しては、さっきから息も上がっていて、足取りは結構重そうだ。
すると、風の流れが変わった。魔物が現れたとかではない。物理的に、風の流れが変わった気がしたのだ。
気になった方に目を向けると、そこにはちょっとした空間があった。
「レイラ、あったぞ」
「……ほぇ?」
既に歩くことだけを考えていたらしく、変な声で返事をしながら、俺の元に歩み寄り、俺が指さす先を見る。
「寝床っ!」
「お、おい! ……たく」
見た瞬間に、空間に飛び込み、寝転んだ。俺は苦笑いしながら、その空間に足を踏み入れる。魔物の気配はない。そして、川の音も聞こえる位置だ。結構いい感じの場所かもしれない。傾斜もそれほどなく、寝るにもちょうどいいだろう。
「ロッド折るなよ。それで、寝る時はどうする?」
「あ、それなら、道具は持ってきてるから、安心して」
そして、レイラが腰についたポーチをまさぐった。そして、巨大な布を数枚取り出す。
「……ホントそのポーチ、何でも入るよな」
そのポーチのサイズからは、全く予想できないサイズの布だ。人二人は覆えるだろう。
「これをここに……と、届かなぁいっ!」
木の枝に結びたいようだが、低身長のせいで届いていない。俺が仕方なく、溜息をつきながら結んでやると、「ありがとっ!」とお礼を言ってくる。そして、今度は別の布を地面に敷く。そしてもう二枚敷いて、一番上の布の、上五分の一を谷折りに折り曲げる。
「下二枚が布団替わりで、上一枚が毛布替わりね、枝のが屋根替わり」
そういうことらしい。レイラの奴、案外ちゃんとした知識は持っているようだ。
「それじゃ、水浴びをしよーう!」
「俺は後でいいよ」
「ううん。レンが先ね。ちゃんと服も洗ってよ。乾かなかったら、明日の朝魔法で乾かすから」
「へいよ……あまりウロチョロするなよ。気配は近くにないけど、いつ襲われるか分からないからな」
「分かってる。ほら、私も、洗いたんだから、早く行ってよ!」
「分かった分かった」
そして、俺は水の流れる音を頼りに、川を目指した。
♢
しばらく歩くと、予想通り川が見受けられた。そこまで大きくはないが、小さいというわけではない。深さも膝くらいまではあるし、幅も一メートル前後はある。
俺は上半身の肌着以外の服を脱いで、水に浸けた。手にひんやりと水の温度が伝わる。
しばらく服を擦っていると、付着したウルフの血が、少しずつ流れ出した。
「こりゃ、のきそうにもないな……帰ってから母さんに頼むか」
完全に洗い落とすのを諦め、その服で体を拭いた。もう一度洗ってから、手に掛けてレイラが待っているところに向かう。十分程度で終わったから、まあレイラも遅いと怒ることはないだろう。
♢
「早い!」
戻ると、開口一番にそう怒鳴られた。
「は、早いって言われても……」
「早すぎ! ちゃんと体洗ったの!?」
「拭くには拭いたけど……」
何故か、懸念していたことと真逆の意で怒られていた。
「ま、まあ、早いに越したことはないだろ? お前だって、早く洗いたいって言ってたし、な?」
俺は濡れた服とチェストプレートを、近くの枝に掛ける。流石に乾かないと思うが、明日の朝にはレイラが最終的に乾かしてくれる。なので、心配はない。
「ほら、行って来いよ。待ってるから」
「むぅ……あ、食料置いておくから、晩ご飯作っててよ。できるでしょ?」
「はいはい……帰りに水汲んできてくれ」
俺が言うと、レイラは「仕方ないなぁ」と言いながら、ポーチから小さな鉄製の入れ物を取り出した。どうやら水筒らしい。
「じゃ、頼んだぞ。準備は済ませておくよ」
「は~い」
レイラが姿を消した。俺はレイラが置いていった食料を眺める。それなりの量があり、野菜、魚、肉に加え、米もある。米は水がないとどうにもならないので、放置。
「というか、ナイフまであるのか……準備のいいやつだ」
軽く微笑を浮かべながら、まな板用と思われる木の板を地面に置き、そこに野菜や肉を置いて切っていく。料理は母さんに将来必要だから、と叩き込まれたので、それなりにできる。
「調味料もあるのか。流石領主宅だな。泊まり込みの冒険で、こんな豪華な料理食えるの、ここぐらいだろうな……」
独り言を漏らしながら、俺はトントンと野菜を切っていった。
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