第3話

俺達はやっとカカリ山に入った。ウルフ以降、魔獣が襲ってくることは無かった。登り始めてからは、約一時間くらい経っただろうか。昔父さんと登った時は、七時間くらいかけて登った。つまり、まだ山の七分の一程度しか登っていない。


「……長い」


「しょうがないよ。この山、標高……何メートルだっけ?」


「千三百くらいじゃねーの……」


「そかそか……どの辺にネペントっているのかな?」


「中腹ってことは、半ばだろ? じゃあ……あと二三時間くらい登れば」


「かなぁ……」


この山は、どちらかというとなだらかな山だ。そして、緑豊かで右も左も木々で囲まれている。十数年前に整備された道を通っているが、こうも木に囲まれていては、少し暗い気分になりかけるものだ。それに、空が見えないせいもあって、現在の時間もつかみにくい。


「ねぇ、魔獣の気配は?」


「気配って……俺索敵能力ないんだけど」


「さっきウルフに気付いたじゃん。分かるんでしょ?」


「まあ一応は……気配はあるけど、襲ってはこないと思う。近くにはいない」


「それはよろしいことで」


「それよりさ。お前が領主の娘っていうの、本当なのか?」


「本当だって。お父さんにもお母さんにも、そこまで似てないけど……」


 確かに、領主は少し太り気味だし、その奥さんもレイラとは似ても似つかない。本当に家族なのか、とも思ってしまう。


「まぁ、そんな嘘つくわけないか……ストップ」


「……魔獣?」


「……人だな。多分、五、六人はいる。一応隠れよう」


 俺とレイラは、寄り添い合って道の脇の木の陰に隠れる。息を殺して、その人が通り過ぎるのを待つ。そして、木の脇から覗いていた俺が見たのは——


「——ちょ」


 俺は道に飛び出した。レイラが驚くが、無視だ。理由は、向こうから歩いてくるのが山賊だったらいけないと隠れたが、実際は俺の知り合い——冒険者学園の同級生だったからだ。


「ケイルじゃないか! どうしたんだよその傷」


 俺がケイルと呼んだ少年は、左腕がなかった。赤髪の彼は、髪を乱して、学園支給の装備をボロボロにしていた。未だになくなった左腕の切り口から、血が滴り落ちる。


「レイラ、回復できるか!?」


「わ、分かった……知り合い?」


 やはり気になるのだろう。俺はレイラに大まかにケイルと他五人との関係を話す。全員、かなりボロボロで、満身創痍といった感じだった。


「じゃあ、回復するよ……《ヒール》」


 傷が塞がったのか、血が落ちることはなくなった。


「ありがとう……」


「何があったんだ? お前ら、——ケイル以外はよく知らないけど、結構学園でも上位だったはずじゃ」


「そうなんだけどさ……実はな、」


 ケイルは思い出すのもつらそうに語りだす。他の四人も、苦そうな顔をする。


「俺たち、七人、、でスライム討伐をやってたんだ。でも、途中でレベル十五くらいのウルフが五、六体現れて……俺たちも傷を負って、一人——リーマルが死んだ」


 リーマルは聞き覚えがあった。学園で上位十人に入る優等生で、冒険者として将来有望とされていた生徒だった。俺も何度か手合わせの経験があり、勝率は俺が七割くらいだった。ちなみに俺は学年一位だ。レベルは最下位だろうけど。


「そっか……一体くらいなら問題ないけど、六体か……」


「一体ならって……まるで一度倒したみたいな言い方するな……」


「まあ、実際倒したからな。立ち話もなんだ。どっか空き地探して、そこで話そうぜ」


 そして、俺達八人は空き地を探し始めた。ちなみにケイル以外の五人は、マルリア、ソーマ、フェリア、リューセン、フレスという、リーマルとケイルも含めて、男四人、女三人の七人パーティーで、全員聞き覚えのある、学園上位者ばかりだった。


森の中に入り、運良く見つけた空間に、俺達は全員で固まって座った。


「それで、本当に倒したのかよ」


「まあな。一体くらいなら、だけど」


「そっか……だけど、あの数は無理じゃないか?」


「状況による。ただ、お前らの匂いは、既に覚えられてるだろうからな。いつ襲われるか、分かったもんじゃないぞ。急いで戻った方がいい、と助言をしておくよ」


「分かった」


俺が助言を与えた瞬間、俺は何かの気配を感じた。さっきのような離れたところにいる、アクティブ状態になっていないやつではなく、すぐそこにいる、殺気を出しているアクティブ状態のやつだ。


「──全員、静かにしてくれ。……くそ。移動するんじゃなかったな」


俺の言う通り、全員が黙る。俺は剣を抜き、周囲を警戒する。


「レイラ。戦えるか?」


「うん。もう、大丈夫だと思う」


「よし。俺に何個かバフをかけて、その後火属性魔法の詠唱」


「了解──《ステータスオールアップ》」


特に変化は感じないが、剣が軽くなったように感じる。


「……見えた。ウルフだな。数は……感じるのは六体……」


「六……!?」


驚くのも当然だろう。何故なら、さっきケイルたちが襲われたというウルフの数の、マックスいるのだ。


「お前らも、一応武器は構えてろ。襲われても、俺は守れないぞ……」


「む、無理だ……勝てるわけがない……俺達は、もう死ぬんだ……」


他のメンバーも諦めの色と、言葉を発し、目には涙が浮かび、身体は震えていた。瞳孔が大きく開き、いかにも恐れている、という感じだ。


「くそ……レイラ、まだ囲まれたわけじゃない。そいつらの後ろにいるのが二体だ。こっちに四体いる。移動させて、ウルフとの距離をとって、守ってくれ」


「了解!」


俺は目を細める。ウルフがどのタイミングで来るかは、まったく分からない。周囲を焼いてしまえば、それこそ、レイラが"バーニングネオ"を使ってしまえば、勝負の前に終わる。


俺の後ろの草が揺れた。そして、四体のウルフが姿を見せる。


「撃て!」


「《バーニングショット》ッ!」


レイラの放った火属性中級魔法は、二体のウルフを炎に包み、そのウルフから悲鳴が聞こえる。


残りの二体を、俺は剣で払って、爪での攻撃を防ぐ。ガガっと衝撃が来る。そして、払いきるとウルフは俺から距離をとる。俺も、やはり本物の魔物との勝負は慣れていないせいで、身体の重心がズレ、バランスを崩す。


その瞬間を待っていたかのように、後ろから二体のウルフが飛びかかる。俺はそれを視界に捉えたが、残念ながら躱すも受け止めるも出来そうにない。


しかしその時、俺の横から他の影が入った。一瞬ウルフかと思ったが、杞憂だった。


「りゃあ!」


その影の正体は、隻腕のケイルだった。右腕だけで持った剣で、二体のウルフの引っ掻きを受け止めていた。


「ケイル……」


「お前にばっか、いい格好させてやれっかよ」


「……ばかやろう」


ケイルは叫びながら、先程の俺と同じように、剣を振り抜いて、ウルフと距離をとった。


「俺らも戦う。もう、逃げるのはやめだ。最後まで、お前らと戦うぜ」


正直、いてくれるのとくれないのでは、いてくれる方が戦力的にすごく助かる。しかし、この空間はそこまで広くない。その上、ケイルたちは多かれ少なかれ、傷を負っている。特にケイルなんかは、片腕を失っているのだ。


「……申し出はありがたいけど……逃げろ」


「……は?」


俺は決断した。ここは、こいつらの安全、そして戦いやすさを優先すると。


「だ、だが!」


「いいから、逃げろ。ここは狭い。あまり詰めすぎても、戦いにくいだけだ。正直、多かったら邪魔になる」


「……それもそうか」


「だから、逃げるんだ」


「……お前の言うことなら、信じるぞ。お前を疑うわけじゃないんだけど……死ぬなよ。この剣、預ける。あの時、、、みたいに、勝ってくれ」


あの時、、、……ね。上手くいくかは分かんねぇけど、出来る限りはするよ。この剣は、お前らの思いとして受け取っておく」


俺はケイルから剣を受け取る。ケイルの武器がなくなるわけだが、それは他のメンバーが補ってくれるだろう。


「……俺が攻めたら、元来た方向に逃げろ。ウルフは俺とレイラで殺る」


「任せた……」


ケイルは俺に信頼を残し、他のメンバーの元に近寄った。俺はケイルを庇うように構え、ウルフを威嚇する。ウルフも視線をケイルに向けたが、俺の威嚇に恐れを為したのか、動こうとはしなかった。四体とも。


「レイラ、魔法は?」


「い、一回、出来る。そのあとは、しばらく使えないと思う」


「了解。俺が攻撃しかけたら、一発撃て。一回で二発行けるだろ?」


「う、うん」


やはり未だに少しビビっているのか、ところどころ言葉に詰まっていた。


「よし」


ケイルが仲間の元に行ったのを確認する。


「──行くぞっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る