第2話

 ここは冒険者ギルドの二階。俺は恥をかいて俯きがちなまま、剣を右手に持って、クエストの掲示板まで来ていた。


「えーと……“グリフォンの討伐”、“シルバードラゴンの討伐”、“ファイアーバードの討伐”……なんだよこれ、高難易度しかねえじゃねーか!?」


「すみません。簡単なクエストは既に全てなくなってしまって……この前の冒険者学園の卒業生が、根こそぎ受けて行ったので……この中だと、“ネペントの殲滅”が一番低難易度かと」


「ネペント……」


 ネペントとは、植物型の魔獣のことである。二本の触手を持っており、それに加えて、口から吐き出す毒液で攻撃をしてくる。その液を喰らうと、装備や皮膚が溶けてしまう。


「なんだい少年。クエストが難しくて、受けれないのか?」


 少し上からな言い方で話しかけてきたのは、身長160にも及ばない俺よりもちっさい、それこそ冒険者学園低学年くらいの幼女、、だった。金髪碧眼で王族のような雰囲気を持っている。


「ここは冒険者ギルドだよ。君、まだ十三歳じゃないよね?」


 俺は幼女の質問には答えず、そう言った。すると幼女は、少しイラっとしたような顔をして、


「私は立派な冒険者! ほら!」


 そう言って見せてきたのは、さっき俺も受け取った腕輪だった。そこには、十三とレベルが表示されていた。


「嘘……こんな子供が、冒険者……?」


「子供子供言うな。それで、クエスト、私も手伝ってあげるけど、どうなの?」


「いや、まぁ……人手があるのはありがたいけどさ……」


「じゃ、決まりね。お姉さん、さっきのネペント、レイラと——君名前は?」


「レンだけ……」


「レンで」


 「ど」と繋げたかったのだが、遮られた。というか、勝手に決めるな。


「よし。これでいいね。じゃあ、後でね。準備とか色々。先輩だから、ちゃんと敬うんだよ〜。あ、ちなみに──私はレイラ。よろしく」


「はいはい……俺はレンだ。よろしく」


こうして、行き当たりばったりで出会った幼女レイラと俺は、一緒にクエストに行くことになった。


「あ、あと──集合場所は東門ね」



俺は一度、家に帰っていた。


「ただいま〜」


「お帰りお兄ちゃんっ!」


「おう、ただいまエミ」


俺は駆け寄ってきたエミの頭を撫でる。


こいつは俺の妹のエミリー──通称エミ。父さんと母さん譲りの茶髪をツインテールにして、目がくりっと大きい。目の色は両親は茶色なのに、どちらかというと赤に近い。


「母さん。俺今からクエスト行ってくる」


「あら。早速ね。気を付けてね」


「大丈夫。なんか成り行きで仲間出来たから」


「お兄ちゃん、行っちゃうの……?」


「ああ。大丈夫。ちゃんと帰ってくるから。俺には父さんが付いてるんだから」


「絶対だよ! 帰ってこなかったら許さないよっ!」


「分かってるって」


俺はもう一度苦笑いしながら、エミの頭を撫でた。


♢


言われた通り、街の東門で待っていると、服装の変わったレイラが歩いて来た。実に魔術師といった格好で、ローブにロッドを持っている。よく見るハットは被っていない。


「お、早いねレン」


「いきなり呼び捨てかよ……んで、クエスト内容はカカリ山の中腹にいる、ネペントの殲滅でいいんだな? 数はいるだけ、報酬は倒しただけ。受け取った報酬は割り勘で」


「それでいーよ。よーし! 準備も出来たし、二日がかりのネペント討伐、行っちゃおー!」


「おー! ……ってすると思うなよ。あと、二日がかりとか聞いてねえんだけど!?」


「そりゃ、昼間に行けば中腹に行くまでに日が暮れちゃうもん」


「何がもんだ! 俺はてっきり日帰りかと……!」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと寝るとき用の簡易寝具も持って来たし、食料も二人分二日分あるから」


準備だけはいいやつだ……ただ、一応助かった。初クエストで餓死なんて話にならないもんな。


「じゃあ改めて、しゅっぱーつ!」


俺は反応しなかった。



「にしても、レイラって何歳なの?」


「何歳に見える?」


「七歳」


「……冗談?」


「半分本気……で、実際はどうなんだ? 冒険者なんだから、十三は超えてるはずだけど……」


「十だよ」


「……今なんて?」


「だから、十歳って言ったの。耳遠いの? おじいちゃん?」


「聞こえてるよ。聞き間違いかと思ったんだ……でも、つまり、一年前に冒険者になったから……九歳から?」


「そう」


「なんでだよ!」


俺は山に向かう平原の道の真ん中で、前をずんずん行く幼女に向かって叫んだ。だって有り得ないだろ? 十三歳からだってのに、九歳からなんて。


「特例〜」


「と、とくれい?」


「そう。私、領主の娘だから」


「……冗談じゃないよな? 俺、クエストの後殺されたりしない?」


「大丈夫。手を出さない限り、殺されないと思うよ」


「手を出さないって……」


つまり、ああいうことをしない限りってこと? そもそもこいつ、手を出すの意味分かってる?


「で、でも、領主の娘なら尚更冒険者になんか……」


「いーのいーの。許可くれたんだから。にしても、静かだ──んむっ?」


俺はレイラの口を塞いだ。別に手を出そうというわけじゃない。


「……喋るなよ」


レイラがコクコクと頷くので、口から手を離す。


「ぷは……ど、どうしたの?」


「喋るなっつったろ……魔獣がいるかもしれない」


そう。俺はさっき感じたのだ。一瞬だけ、殺気を。ダジャレではない。殺気を感じ、僅かに呼吸音も聞いた。


耳を澄ます。風の音。草の揺れる音。レイラの高い呼吸。そして、──獣が唸るような──


「──!」


俺はレイラを抱きかかえるようにして、倒れ込んだ。次の瞬間、さっきまでいた場所を、黒い毛並みの犬型の魔獣、通称ウルフが通過した。そして、軽やかに着地する。グルルルと唸り声を上げて俺達を威嚇する。


「下がってろ……」


俺は咄嗟に背中の剣を抜く。卒業の時に貰った装備で、脛当てと肩当て、胸プレートと腰か背中のどちらかの剣帯。それらを貰えるので、俺はそれを装備している。そして今抜いた剣は、ギルドで貰ったあれだ。


剣を正面に構え、ウルフを迎え撃つ準備を整える。


そして、ウルフが飛び上がった。俺は後ろに下がるわけではない。横にもかわさない。──あえて、前に駆け抜ける。そして、通り過ぎる際、


「《フレイム》」


まだ初級魔法しか使えないが、ウルフの尻尾に火をつける。ウルフは魔獣とはいえ生き物だ。洗わなければ皮脂が溜まる。つまり、大きければ大きい程、産まれてからの時間が経っていて──燃えやすい。


そして予想通り、ウルフの尻尾は燃え始める。ウルフはそっちに気を取られ、タゲが俺から外れた。今だ……!


「うおっ」


剣を振り上げたが、重さに身体が持っていかれ、後ろに転けそうになるが、右足を着いて耐える。そして、柄を左手も追加で持つ。これで問題は無い。あとは振り下ろすだけになった。


「せやぁっ!」


掛け声と共に振り下ろした剣は、声に反応してこっちに向いたウルフの頭を、真っ二つに叩き割った。血が飛び散り、俺の服に付着する。まあ戦いの場ではよくあることだから、気にしないでおく。


「ふぅ……頭砕いたら、流石に生きてはいないな……無事か?」


額の汗を拭き取りながら、さっきから固まっているレイラに話しかける。僅かに震えていた。いくら冒険者になって一年とはいえ、やはり十歳の身には怖いのだろう。


「にしても、こいつちょっと格上だったな……レベル十五くらいか……そうだ、レベル。上がったかな……あれ……?」


リングに表示されている数字を見る。最初は一だったが、今は──変わらず一だった。


「ど、どう、したの?」


僅かに恐怖から立ち直ったレイラが聞いてくる。素直にレベルが上がってないと伝えると、


「え、うそ。そのリング壊れてるんじゃ?」


「マジで?」


「交換してみる?」


ということで、俺とレイラは腕輪を交換した。しかし、レイラには十四──今ので上がったらしい──、俺には一と表示された。間違いなく、俺のレベルは上がっていない。


「上がってない……ね。私は上がったけど……」


「みたいだな……はい」


腕輪を戻す。


「……まあ、あと何体か倒せば上がるかもだし」


レイラが苦笑いで言う。正直、レベル十四差もあるウルフを倒して上がってないっつったら、どんだけ倒しゃいいんだよ、ってことになる。そして、レベルが上がらないと攻撃力もその他ステータスも上がらない。いや、特訓とかすれば僅かにだが上がるのだが、手っ取り早くするなら、レベル上げが一番いい。


「……これで上がらなかったら、達成感ねぇ〜……」

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