#60 プロポーズは異世界で。



 魔界、一言にそう言ってもあまり人間界と相違ないようだ。もっと薄暗くてドロドロしていると思っていた。しかし、それは俺の思い違いだった。


 普通に民家がある。住人もいる。

 そして軍服に身を包んだ魔族達も、人間の軍勢を迎えうつ体勢を整えているようだ。しかし、魔族側から攻撃するつもりはないみたいだな。その点、やはり魔族達の方が平和的に見える。


 王国軍はネロ達が足止めしている。何とか戦争を思い留めさせてくれたらいいんだが。


 そんな思考を巡らせながら魔界の街を歩く。意外とバレない。見た目だけでは判断出来ないくらい、魔族も人間と変わらない。

 本当に普通の町並みだな。


「シロさまっ! あの建物は!」


「あぁ、恐らく、魔王の城ってやつだな。見るからに。」


 魔王の城は想像を裏切らない禍々しいオーラを放っていた。俺は街を歩き城へと近づいて行く。


 そして遂に、魔王の城の目の前まで辿り着いた。ここにミアがいるのだろうか。

 正面から入る訳にもいかないだろう。……しかし、もうなりふり構ってられないよな。俺は、俺のワガママを通したい。

 俺の行動でこの世界の未来は変わる。しかし、それでも俺はやる。……何故?



        ……何故?



「決まってる……ミアが好きだからだ。」


「ふふっ、シロさま。それはちゃんと本人に言ってあげて下さい! ミルクを握りしめて言わなくても……」


「す、すまん。よし、ミルク、強行突破で直接ミアの場所まで飛ぶぞ。どうせ、あの天辺で遠い目でもしているに違いない。」


 大天使の翼を広げ、俺は一気に城の屋上まで飛んだ。……そして、そこで遠い目をしている、魔王の娘、いや、魔王、ミアレア=ザンダリオンを視認した。……というか、本当にいた。

 手間が省けていいが。……俺はミアの前に着地して、翼を解除した。


 ミアは驚く事なく、俺を見据える。


「やっぱり……シロは来てしまったし……」


「ミア、俺は……」


「私を倒しに来たんでしょ? ……分かるし。シロはゴッドゲームのプレイヤー達の為にも、魔王である私を倒すしかないんだから。」


「確かに俺はミアと戦う為にここへ来た。このまま戦争になると、ミアは暴走して世界を破滅させてしまうかも知れない。

 そうならない為、いや、違うな……俺がミアを、魔王という運命から救いたいから……今から、全力でミアを倒すよ。」


「……いいよ、わかったし。……シロ、手加減はなしだから! ……私も……全力でシロを倒す! 魔界の王として、責務を果たさないといけないし!

 死んだパパの為にも私は抗う! 相手がシロでもだよ!」


 ミアは真っ赤に燃える灼熱の翼を広げ、魔王のオーラを纏う。その力は触れなくとも、とてつもない力だと認識出来る。


 俺は大天使の翼を発動、ビジネスバッグからアダマスブレードを取り出し、バッグは捨てた。

 そして、前髪をぐっとあげて、ミアを見据える。


 ミアの髪……そうか、あの時、フールに背後から斬られた時に……

 長く綺麗だった髪は肩の辺りまでの長さになり、その髪がフワリとなびいている。

 桜色と、空色の瞳が……一瞬、キラリと光って、ミアの姿が消えた……違う、真上だ!


 ミアは瞬時に俺の頭上まで距離を詰め両手にオーラで作り上げた双剣を構えていた。俺は何とか間合いをとり、一度空へ。

 しかし、


「なっ……速いっ!?」


 そこには既にミアの姿があり、振り上げた双剣を躊躇なく振り下ろした! 重いっ……なんて、重い剣戟だっ! ミアは本気だ……自分に課せられた使命の為に、本気で闘っている!


 だが、俺だって……


「俺も本気なんだよ! お前のことぉっ!」


 ミアの一撃を弾き返した俺はアダマスブレードの変形攻撃で、双剣を絡めとりミアから取り上げる。


 そしてアダマスブレードごと地面に投げ捨て、メニューからフォトンを選択、そのままミアの周囲に放ち行動範囲を制限した。


「な、こんな……ものでぇーー!」


 ミアはそれを掻い潜り俺の懐に入る。しかし、それを待っていた俺はミアの両手を掴み身体を反転させた!


「ゔおおおお!」


 出力は全開! 俺は地面に向かって真っ直ぐ飛んだ。ミアは抵抗しているが、上から押している俺に分がある! このまま地面に押し付けて……HPを削る!


 屋上の地面にそのまま突撃した俺とミアは、弾き飛ばされるようにお互い別々の方向へ転がっていった。……体力はかなり削ったみたいだな。


 とはいえ、俺のダメージも半端じゃない……アダマスブレードは……駄目だ、遠すぎて取れそうにない。ミアは再びオーラで双剣を作り上げ両手に構える。……まずいな。


「シロさまシロさま! ……なんだか様子がおかしいですよ!?」


 確かに、ミアの呼吸が不規則で、おかしい。……何だろう……魔力が溢れ出しているみたいに見える。さっきよりオーラが激しく渦巻いて、まるで、竜巻みたいに……


「シロさま……ミアが……このままじゃ……ミアが暴走します!」


「……くそっ……やっぱり……やるしかないのか……」


 俺は……今更悩んでいるのか……


 ミアを殺す。倒す、それは殺すと言うことだ。


 俺に、そんな事が出来るのか……?


 いざ、目の前にすると……どうしても……



「ゔぁぁぁっ……はぁ……シ……ロ……!……わた、し……ぁぁぁぁっ……壊れ、て……し……」



 迷うな。


 迷うな……


 迷うな迷うな迷うな迷うな……!



 迷うな。俺の願いが叶えば……



「ミア、痛いかも知れないけど許してくれ。……俺は……俺がお前を解放してやる。」


 ミルクがアダマスブレードブレードを回収して俺に手渡した。スクール水着の妖精はつり目がちな瞳に涙を溜めて俺の肩に降り立ち頬にキスをした。


「シロさま……ミルクは……シロさまと旅が出来て、本当に良かったです。これで……うっ……こんな終わり方ですけど……それでも……ミルクは、シロさまのガイド妖精で良かったですっ……


 忘れないで下さいね……シロさま。ミルクはシロさまのガイド妖精になれた事を誇りに思います。



 ……さ、最後のお仕事です。」



 ミルクは小さな身体から光を放ち、アダマスブレードに宿った。……すると、ブレードが金色に輝く、正に、勇者の剣に変わった。


 ミルク……思えば初めてここに来た時から、ずっと俺の側にいてくれた。……少しドジで、ちょっと変態で、でも、誰よりも優しくて……俺も……お前がガイドで良かったよ。



 さよなら。スクール水着の妖精、ミルク。



 最後に力、かりるよ。



 俺は勇者の剣を片手に、もがき苦しむミアの元へ歩いていく。


「はぁ……はぁっ……シ……ロ?」


「……ミア……俺はお前を解放する。ここで、斬る。ゴッドゲームをクリアする為だ。……だが、ゴッドゲームをクリアする事で、俺は願いを一つ、叶えることが出来る。」


「……ねが……い……?」


「そう、願いだ。……ミア、俺の願いは……」





 —————————————————






「……そ、……んな、事……ほん、とに……?」


「俺もわからない。でも、俺はそれに賭ける。」


「そ……ぁっ……ゔぁぅ……う、……しい……はぁっ……っ……シロ……さいごに……私が……わた、しの内に……抱きしめ……て……」



 ミアは、俺を真っ直ぐ見つめる。空色、桜色、その両目で、真っ直ぐに。

 俺は目を背けず、ミアを見る。


 思えば初めて会った時の魅了、案外、俺はそれにかかっていたのかも知れないな。


 ……とても綺麗だ。ミア……


 俺はミアの小さな身体を、抱きしめた。

 ミアは震えている。当たり前か……これから、俺に殺されるのだから……


「……シロ……あたたかい……シロ?」


「……な、んだよ……ミア……」


 駄目だ……声が……震えて……


「シロ……?」


「なんで、も……ない……」


 こんな顔、見せられない……


「……シロ……?」


 あたたかい……離したく……ないっ……


「……シロ……ねぇ、シロ? 最後の、お願い。」


「……あぁ。」


 ……最後、か。




「私ね……キスが……したい……し……」


「……あぁ……よろこんで……」



 俺はミアの唇を、自らの唇で塞ぐ。そして唇を離しミアの目を真っ直ぐに見つめた。視界がボヤけて良く見えない……そんな俺を見て、彼女は「もう一回」とおねだりする。


 何度も……何度も……俺はミアとキスをした。


「もう……いっ……かい……」


「……あぁ。」


「……もっと……」


「……あぁ……」



 ————……



 ミアとの初めてのキスは、それこそ涙の味だった。二人の涙が重なる唇をつたって……とても……とてもしょっぱい、そんなキスだった。





 唇を離すと、お互いの情けない顔を見て、思わず笑ってしまった。


「シロ……絶対だよ……」


「わかった、約束するよ。必ず。」







「「約束、プロポーズは、異世界で!」」






 さよなら、ミア……ミルク……





 ……




 こうして俺は、ゴッドゲームの覇者となった。



 ……彼女を斬った感触が……


 忘れられそうにないな……



 そして、

 ミアの撃破報酬『約束の指輪』を入手、晴れて現実世界へと、帰還した。

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