#59 走れヨロシク号!



 俺は早速、出発の準備を始める。ヨロシク号のガソリンを補充して、汚れたフロントガラスを綺麗に拭いた。……燃料は、これで最後か。


 そして俺達は山小屋を後にした。

 後部座席にフリル、ダッシュボードの上にはミルク。助手席は空席だ。暫く走らせると、ユウヒと別れた村に到着した。そこの入り口付近にはユウヒと力を失った妖精、ココアが立っていた。


 ユウヒは両手を広げて俺達の前に飛び出してくる。俺は咄嗟にブレーキを踏み急停車した。


「ユウヒちゃん!?」


「は、はい、ユウヒです……あの、私も連れていってくれませんか? 役には立てないかも知れないけど、それでも……」


 ユウヒは涙を溜めて俺を真っ直ぐに見つめる。俺は彼女に、フリルの隣でいてやってくれと頼んだ。フリルは心に大きなダメージを負って、元気がない。だから、一緒にいてやってくれと。

 ユウヒは「はい!」と素直に喜んで、後部座席に座って、「ありがとうございます、そして……あの……ごめんなさい!」と頭を下げた。


「気にしなくていいよ。ユウヒちゃん、騙されてたんだし。それに……ソラは……このゴッドゲームの主祭神に消されたよ。」


「……そう……です、か……」


 俺は事の経緯をユウヒに説明した。今から魔王の元へ乗り込む事も。


「あの子と……闘うんですか?」


「あぁ。」


 俺達は王都を越え、その先の北を目指す。燃料もかなり消費した。正直、何処までいけるか分からない。ラピスラズリが近付くにつれ、魔物の類が多く目に付くようになった。

 空を埋め尽くす程の魔物が、俺達を見下している。負傷した王国軍の騎士達も、ちらほらと見え始めている。既に闘いが始まっているんだ。


 俺達が小さな休憩所を通り過ぎようとした、その時、俺の視界に再び人影が映った。

 俺はまた急ブレーキで停車した。そして、窓からその人物を確認したのだが……


「遅いじゃねーか、白いの。」


「お、お前は……ネロ?」


「……あのガキを止めに行くんだろ? ……オレも連れて行きやがれ。」


 そこには黒のプレイヤー、ネロがいた。肩にはガイド妖精チーノの姿も。ミルクは驚き、この上ないほど羽をパタつかせると、チーノに飛び付いた。


「チーノ!? い、生きてたんですかっ! 良かったです! でもでも、確かにチーノの反応が消えていたのに……?」


 ミルクの勢いで、チーノの胸がポヨンと揺れた。チーノは慌てるミルクを諭すように、


「こ、これには色々とありましてですの……説明は後ですの! ……今は……ミアを何とかしないといけないんですのよ!」


「そういう事だ。しのごの言わず、オレ達を乗せろ。戦力は多い方がいいだろーが。」


 確かにそうだ。今、説明を聞いている時間はない。どういう事かネロは俺の今の状況をわかっているみたいだし、ここはネロの要求を受け入れるのが得策か。


「わかった、仕方ないから助手席に乗れ。」


「はっ……北だ。このまま北を目指せ。……そこに王国軍が駐留していやがる。」



 俺はアクセル全開でヨロシク号をとばす。跳ねながら雄叫びを上げるヨロシク号は軽バンとは思えないパワーで坂道を登っていく!


 その時だった。


『呼ばれて飛び出る女神! 金色のアルマって言えば……私のことよっ! てな訳でスピーカー借りちゃうよ!』


 DJアルマだ。


『君たちが肩を並べる時が来るなんて、人生、何が起こるかわからないね! チーノちゃん、体調はどう? あの時、何とか事切れる前に私のいる時の狭間へ回収出来て良かった。

 ま、お姉ちゃんもそれに関しては怒ってなかったしね! あ、お姉ちゃんって、あの幼女的な神様ね!』


 あの主神、コイツの姉かよ。


『それにしてもシロ、君の願いは中々面白い! 人間らしい願いだと思うよ! ……欲しいものを手に入れて、助けられるものは助ける。傲慢でワガママな人間らしい。』


「わ、悪かったな! ……俺は……諦めてないんだよ!」


『君のこと、ちょっとだけ見直したよ! ……最初は冴えない営業マンとしか思ってなかったけどね。

 安心して。君がゴッドゲームをクリアすれば、君以外のプレイヤーも元の世界へ帰る事が出来る。赤、黒、そして、あの青もね。」


「……ソラも?」


『彼もまた、私が回収したんだ。悪い奴だけど、それはこの環境が生んだものさ。元の世界に帰るくらいは……と、思ったけど……そ、それはお姉ちゃんにこっ酷く怒られたよ。おしりが痛い……今はゲーム開始時の神殿に拘束している。』


 話し込んでいると、かなり奥地まで来た。しかし、空を見上げると……


「ちっ、クソが! ……王国軍の取りこぼした魔物の群れがいやがるぞ!」


「どうする!?」と、俺がネロを見ると、


「クソが! オレが外に出て応戦する! 白いの! お前は運転に専念しやがれ!」


 ネロはヨロシク号の上に乗って無数の魔方陣を展開した。


「やるぞ、チーノ!」

「はいですのよ!」


 ネロとチーノの活躍で運転に集中する事が出来る。これなら……!


『あっ、つ、通信がっ……と、とにかく……頑張って帰ってくるんだ……よっ! み……ん、な!』


 それだけ言い残し、通信は途絶えてしまった。あの女神もどきも、割といい奴だったのかも。


 いや、今はそんな事より……

 ヨロシク号のボディに魔物の攻撃がヒットする。流石のネロでもあれだけの数を相手にするのは苦労するって事か。頑張ってくれ……ヨロシク号!


 走った。打ちのめされながらも、車体が変形しても走り続けた。しかし、


 遂にヨロシク号のタイヤが悲鳴をあげ、大きく車体が跳ねる。


「きゃぁ! パパ!?」

「うっ、大丈夫っ私に掴まってフリルちゃん!」


 ヨロシク号は見事に横転して地面を滑り、やがて止まった。体中を打ち付けたが何とかヨロシク号から這い出した俺達の前には、今にも魔界へ突撃せんと構える王国騎士団が。


 くそっ……コイツら、これ以上ミアを責めるような真似は……

 俺は大天使の翼を発動して、王国軍を説得しようと跳躍した。しかし、それをネロが制した。


「白いの! 落ち着きやがれ!」


「しかし! このまま全面戦争になったら……俺はミアが人間を殺すところなんて……!」


「だからこそ落ち着きやがれ馬鹿! お前はお前のやる事があるだろーがっ! ここはオレ達外野に任せとけ、お前はガキを止めて来い!」


「シロさま!」

「わかった…多分、もう会うことはないだろうけど、助かった、ありがとな。ネロ、ユウヒ!」


「いいから、とっとと行きやがれ! しくじるんじゃねーぞ白いの。オレにも帰る場所があるんだからな……行け!」


 俺は頷きネクタイを締め直す。気合い入れて行かないとな……でも……そうか、ここでお別れか。


「……フリル。」


「パパ、ミアお姉ちゃんを、助けてあげて。フリルは大丈夫! 一人でも旅をして、本当のパパとママを……仲間を見つけるから!

 ……だから、はやく!」


 フリル……ありがとな。今にも泣きそうな顔で、強く、俺を見つめるフリルの気持ちを受け取ったよ。一緒には行けないけど、お前は俺の、……はじめての娘だ。


「……フリル、お前は自由だよ。生きてくれ。」


「うんっ……大好きだよパパ!」


 小さな身体を抱きしめてやると、朱色の髪が、ポッと光る。あたたかい、光だ。


 ……さよなら、フリル。


 俺のワガママを許してくれな。いつか、本当の家族に会える事、心から願っている。臨時のパパとして。


 俺は、今度こそ翼を広げ、ラピスラズリのその先、魔界を見据える。そこにミアがいる。



 ヨロシク号……無理させちまったか……


 ……ゆっくり休め。



 行こう。



「ミルク!」


「はいっ! 座標、出しました!」


「じゃあ、行くとするか! 俺とミアの、三度目の喧嘩だ……!」


 大天使の翼を広げ、最高速で、最速で、光になって俺は、一気に魔界へ飛び込んだ。



 

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