#54 白と、赤と、……と。



 夜が来た。……ココア、ミルク、そしてフリルは仲良くベッドで眠っている。ユウヒは……今は部屋にはいない。さっき気晴らしに散歩をすると、出掛けたままだ。

 そろそろ時間か。ユウヒと約束した時間。


 俺は皆を起こさないように、忍び足で部屋を出て村の入り口付近の、宝石があしらわれたモニュメントのある場所を目指した。


 そこには、……ユウヒの姿があった。

 モニュメントの淡い光に照らされた彼女は、一人夜空を見上げていた。遠い目をしながら。やがて俺の存在に気付いたのか、こちらを向いて「あ……」と声を漏らした。


「そろそろ、ネロについて話してもらおうか?」


「……そう、ですね。」


 ユウヒはデカラビアをギュッと抱きしめ、俺を見ると、頭の立派なサークレットの位置を調整する。アレが伝説の防具だろうか?

 すると、ユウヒはデカラビアを前に突き出すようにして、メニュー画面を開く。


「でも、その前に……貴方にはゲームオーバーになってもらいますね。……デカラビア、お願い。」


『……はぁ、仕方ない……わかった。』


 見るからに奇妙なデカラビアは、おっさんの声で答えると、空中をフワフワと浮く。その身体に赤い光を纏い、片目の輝きが残像を残す。


 その瞬間、俺の目の前に、人形がいた。大口を開けたそいつは躊躇なく、俺を噛みちぎろうとしてきた。無数の鋭い牙が音を立てた事で、攻撃されたのだと認識したのだ。


 何とかかわした俺は携帯していたアダマスブレードを取り出し、漆黒の鞘を抜く。迫るデカラビアに白刃を突き付けると、人形はそれを器用にかわし距離を詰めてくる。


 なんだ、この戦い方は? ユウヒの武器はこの気味の悪い人形って事か? 人形を操る力……

 まさか、人形使ゴーレムマスターい的な能力か、それがユウヒの固有スキルってところか。それともジョブアビリティか?


「考え事をしている余裕なんてありませんよ!」


 デカラビアの動きが変わった? さっきより格段に速い、まだ本気じゃないって事か。しかし、ネロや魔神に比べればなんて事はない……

 俺はブレードを変形させデカラビアの背後を取ると、一気にその胴体を貫いた。白刃は見事に背中を突き、腹からその切っ先を覗かせた。


「ゔぁぅっ……」


 ユウヒにもダメージがあるのか? どうやら人形使いは自らの人形がダメージを受けると、それがフィードバックするようだな。つまり、


「悪いけど、無力化させてもらうぞ。」


 俺はブレードを更に変形させデカラビアの身体を白刃で拘束した。魔神フールには解除されたが、ユウヒにそこまでの力はないだろう。

 案の定、体中にダメージがフィードバックしているようだ。彼女の頭上、HPゲージが徐々に減っていくのがわかる。


「……い、たぃっ……はな、し……」


「……その気になれば、一撃で終わらせることが出来るんだ。わかるか、言ってる事。」


「くっ……ゴッドゲームは……わた、しが……」


「……今の俺は、やると言ったら、やる。」



「……くぅっ……」



 ユウヒはメニューを閉じる。俺はデカラビアを解放した。すると、おっさん声の人形はフラフラと持ち主の元へ飛んでいく。

 ユウヒはデカラビアを抱きしめて俯いた。


「俺はさ、ゴッドゲームなんかどうでもいい。……それより、新しく魔王になったミアを、……君も見た事あるだろう? あの子を俺は助けたい。殺さずに、皆んなが帰れる方法を考えたい。

 ワガママで傲慢なのは承知だ。……ユウヒちゃん、俺は君と敵対したいとは思わない。」


「……相手は……魔王なんですよね……その……その子を倒せば……願いも叶うって事ですよ?」


「確かに願いは魅力的だ。でも、その為に、好きな女の子を手にかけるのは、俺には出来ない。

 今、こうして大口を叩いてはいるが、ミアを目の前にすると、上手に伝えられなかったんだ。……だから俺は会いにいく。そして、俺の気持ちをちゃんと伝えたいんだ。」


「は、恥ずかしいことをそんなにサラッと……」


「恥ずかしいさ。……でも、今はちゃんと言葉にしなかった事を後悔している。」


 ユウヒは俺をじっと見つめて、


「好きなんですね、その、ミアさんの事。……それなら彼にそ……っ……」


 その時だった。ミルクとココアが血相を変えてこちらへ飛んでくる。


「シロさまシロさま! た、大変です!」

「ユウヒ……」


「ど、どうしたんだ!?」




 と、一瞬、ユウヒから目線を外した時だった。ミルクを回収して振り返った時には、ユウヒのガイド妖精、ココアの小さな身体は、水色の閃光に貫かれていた。



 彼女の元へ、事態を伝えるべく飛んだココアは、





 無惨に地面を転がり、両の羽を、失った。




 そこにいたのは、



「……役に立たない女だ。ま、囮くらいにはなったし、もう用済み、か。……残念、

 お前はゲームオーバーだよ。赤いの。」



 

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