#51 人間という生き物


 巨大化させたブレードを異形の魔神めがけ振り下ろした。風を切る音が周囲に衝撃と爆風を巻き起こした。しかし、この手ごたえは……おかしい。


「受け止められた!?」


 無数の魔手が巨大なブレードを受け止めている。ブレードが徐々にこちらへ押し返されるのがわかる。だが、

 俺は更に力を込める。ひとつ、ふたつ、魔手が蒸発していく。いける。このまま押し切ってやる。俺がそう考えていると魔神は魔手の数を増やして直接攻撃を仕掛けてくる。この腕が増やせるってのは計算してなかった。これはマズイな……


 しかしその時、俺を貫かんと迫る魔手を両断する影。ガラントだ。

 光り輝く巨大な槍で華麗に魔手を破壊するガラントの姿は、悔しいが凄く格好良く見えてしまった。


 それにより俺の振りかざしたブレードは更に下へ、異形の魔神を両断せんと刃を進めた。

 すると魔人将の一人ヴィネも強烈な一撃をお見舞いした。そして仲間に号令をかけた。


「セパル! ムルムル! 全力で援護せよ!」


 その声に答えたのはやけに艶っぽいエロスの塊、女魔人セパルさんだ。彼女は龍から華麗に飛び降りると、空中で回転しながらフールの背後へ回った。そしてその勢いのままフールの背を切り裂く。

 怯んだ事によりブレードが更に刃を進めた。


 お次はちびっ子魔人のムルムルちゃんが登場だ。ムルムルちゃんは禿鷲に跨り神速の速さでフールを翻弄する。手数で勝負するタイプだろうか。

 しかしあまりダメージはないか。

 と、思った矢先だった。ムルムルちゃんは禿鷲の背に立ち、歌い始めた!?


 うむ、めちゃくちゃ綺麗な声だ。じゃなくて、こんな時に歌い出すのはどうかと思うが!?


 ……地響き? 何が起きる?


「う、うわっ!?何だアレは!!」


 地面からうようよと亡者が? まさかあの歌、あっち系のやつを呼び出しちゃう系か!?

 呼び出された亡者達が一斉にフールに掴みかかり埋め尽くす。フールはそれを渦巻く紅蓮のオーラで吹き飛ばしたが、俺はその隙をついて更に力を込める。刃は一気に進みアダマスブレードは異形の魔神フールの胴体を両断した。


 筈だった。


「……なっ……」


 あと少しだった。確かに刃は胴体を捉えたが完全に両断出来なかったようだ。フールは驚異の再生能力で元の形を取り戻すと、耳を突くような雄叫びをあげた。そこから発せられた衝撃波で俺達は無様に吹き飛ばされる。


「シロさま! だ、大丈夫ですかっ!?」


「なんとか、な……しかし厄介だな……あれだけの連携攻撃でも倒せないってのは…」


 弱音を吐く時間も与えない、といったところか。魔神フールは視界を埋め尽くすほどの魔手を展開してその全てに魔力を充填する。まさか、あの全部から何かぶっ放すつもりか? そんな事をしたら、ここにいる誰も助からないぞ……


 くそ、身体が痛い……コイツにやられた箇所は何故か治りが悪い……


 ヴィネさん達は……駄目か……立てそうにないくらいのダメージを負ってる。

 騎士達は……数が半分くらいまで減ったか……ガラントさんは何とか立ってるけど……それでも攻撃出来るような状態じゃないか……

 回復のあの子は……くそっ……あの子自体が怪我をしているじゃないか……

 駄目だ……負ける。このままだと……


「……パパ……こわい……」


 体力切れのフリルは俺の肩に倒れ込み小さな身体を震わせる。俺は服を出してやりフリルの前に立った。ミルクは今も必死にフールの攻略法を探る。


「……シロさま……フールのHPが……また全快してしまいました……も、もう……手の打ちようが……」


「これは本気でヤバイな……」



 充填されていく真っ赤な魔力の光が地面にひれ伏した俺達を照らす。異形の魔神は奇怪な雄叫びを上げながら敗者たる俺達を見下している。


 ごめん、ミア……ミルク、フリル……


 また守れそうにない。




 諦めたくはない。そりゃ、諦めたくなんてない。だが、どうにもならない事もあるんだ。そう、俺の力じゃ、この魔神を倒す事は出来ない。

 情けないのは承知だ。だけど……もう……



 瞬間、空が赤く光る。



 大地を揺るがす程の轟音が響いたと同時に燃え盛る巨大な隕石群が俺の目の前に落下、落下、落下、ひたすら落下していき地面を砕き割る。


 やがてそれは空を飛ぶフールを直撃、更に直撃、体勢を崩し落下する魔神に更に追い撃ちをかけるように、次々と直撃する。

 激しく燃え盛って地面に叩きつけられた異形の魔神の姿は、魔人の姿に戻っていた。翼をもがれた道化師は回避する事も出来ず、


 無数のメテオに押し潰されて跡形もなく消え去ってしまった。一瞬の出来事だった。


 メテオストライク……だよな、今の……


 俺が恐る恐る空を見上げると、そこには思った通り、メテオストライクを得意とする魔王の娘の姿があった。しかしそれは俺の知るミアではなく、本来の力を解放したかのようなオッドアイの魔族、

 いや、違う、


 魔王、ミアレア=ザンダリオンの姿だった。



 纏うオーラは他のそれを圧倒している。そして俺のそんな考えを肯定するように、ミルクが声を荒げた。


「シロさま……ミアが……ミアの称号が……魔王の娘から、『魔王』に昇華しました……」



 魔王に……ミアが……



 魔王ミアレアは三人の魔人将達の元へ降り傷を癒した。良かった、魔王になったとはいえ、ミアはいつものミアのままみたいだ。

 俺が立ち上がりミアに声をかけようとした時、一筋の光が横切り、その先にいたムルムルちゃんの小さな身体を撃ち抜いた。


 撃ち抜いた? …………誰が!?


 不意を突かれたムルムルちゃんは力無く身体を半回転させて雪の積もる地面に倒れる。白い雪が赤く染まっていく。ミアは目を見開いて一歩後ずさるがすぐに回復を施す。

「………っ」

 ムルムルちゃんの相棒、禿鷲のアルマゲドンは悲痛の叫びを上げた。


 しかし遅かった。彼女は即死だった。俺が振り返ると、そこにいたのはグラン=カナン王国第一皇子率いる精鋭部隊だった。


「アロン兄様!! 何故!?」


 ガラントが声を荒げると、第一皇子アロンは表情一つ変えずに言った。


「人魔不可侵協定を破った魔族を、国際法にもとづき断罪した。それだけだが?」


 断罪、だと!? ……魔人達は魔神フールを倒す為に協力を要請しただけだ! なのに何故、断罪されなければいけないんだ!?


「酷い……」フリルは目を閉じる。


 騒然とする中、アロンの手には白と金色の短銃が握られている。そして躊躇なく、その引き金を引いた。再び光の筋が撃ち込まれる。俯くミアを貫かんと迫る。それに気付いたヴィネはミアを跳ね飛ばすようにして自らが貫かれた。

 そして鮮血を噴きムルムルちゃんの隣に倒れる。


「魔族でも血は赤いんだな。もう一人。」


 セパルさんも撃たれた。何が起きているのかもはやわからなくなってきた……この人は、いや、コイツは何をしてやがる?

 笑いながら、さっきまで世界の命運の為に共に闘ってくれた仲間を、次々と殺すコイツは何様だ? 第一皇子様? 知るか。コイツが悪魔だろーが。


 何故、この人達が死なないといけないんだよ。



「さて、お仲間は全員死にました。虫のように地に這う姿がお似合いだな。……で、魔王ルシュガルはどうしたのかな? 人魔不可侵を破って我々人間に叛旗を翻す、魔王は?」



「……ゆる……さない……」


「……ガキに用はないのだが。」



「うるさい……黙れ……私が……私が魔王……ルシュガルの娘であり、現魔王の、

 ミアレア=ザンダリオンだし……!」


 ミアは既に息をしないムルムルちゃんを抱きしめながら大きな瞳に涙を浮かべる。しかしその眼光は極めて鋭い。憎しみとか、悲しみとか、そんな言葉で言い表せない、混沌に満ちた瞳だ。


「そうか。つまり、魔王が変わって不可侵を破ったと。確かに中々の力を持っているようだが……今の状況は絶望的ではないかな?」


「……くっ……」


 ミアは言葉に詰まる。俺はそんなミアの前に立った。


「第一皇子! 今回の件は魔神フールを倒す為に絶対必要な協力体制だった! 彼等の力もあって、世界の危機が救われたっていうのに……有無を言わさず殺すのはどうかしている!」


 アロン皇子は首を傾げた。


「君は何者だ?」


 その問いに答えたのはガラント。


「彼はオーロベルディの悪魔を倒した白の勇者様ですよ、兄様。俺様……いや、俺も意見は同じです。こんなところで、兵も皆見ている中でこのような虐殺まがいな行動は……国の威厳にも関わると。」


「ほう、吠えるようになったなガラント。……まぁいいだろう。しかし賽は投げられたぞ。我々は圧倒的火力で魔界に侵攻する事をここに明言する。魔王ミアレア、お前はそれまで、せいぜい魔王を堪能しておけばいい。滅びゆく国のお山の大将を演じていろ。……全軍、一時撤退。」


 アロンは精鋭部隊に命令を下す。そしてその場から姿を消した。ガラントは自らの軍を王都へ帰らせて数人の護衛のみをその場に残す。


 ミアは死んだ仲間をじっと見つめている。俺は声をかける事が出来なかった。俺だけではなく、ミルクも、フリルも……誰も彼女に、声なんてかけられる訳がなかった。



「……さよなら……」



 ミアは立ち上がり背を向ける。


「……ミア……?」



「……私は……人間みたいに醜い事はしない。……でも……降りかかる火の粉は、はらう……!

 シロ、今までありがとう……楽しかった。



 もう、二度と会わない事を……願うし……



 ……さよなら……」




 真っ赤な翼を広げた魔王を止める術は俺にはなかった。手が……伸びなかった。


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